第二十五話「本丸御殿で束の間の休息」
☆ ☆ ☆
「……ふむふむ。なるほどねぇ。魔王や魔族っていうのはそこまで好戦的なんだねぇ……それなのにヤマブキちゃんに魔王を説得をさようとしたのは完全にボクの失態だった。すまない。ずいぶんと酷い目に遭ったみたいだね……まさか、拷問までするなんて……本当に申し訳なかった」
道也たちとヤマブキから事情を聞いたアラタは、ヤマブキに向かって頭を下げた。
「う、ううん、もう大丈夫なのっ……! 確かに拷問は怖かったし暗示もかけられちゃったけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんたちのおかげで正気に戻ることができたのっ、本当に助かったのっ……!」
ヤマブキは湯飲みを手にとると、茶菓の淹れたお茶を啜る。
「……ふぅ♪ 本当に美味しいの。ホッとするの♪ やっぱり、血で血を洗う戦いをするよりもみんなでお茶を飲んでお菓子を食べて平和に暮らせるのが一番なのっ♪」
湯飲みを手にして、ヤマブキは優しい笑みを浮かべる。
その横で芋子は楊枝を使って芋羊羹をひょいっと口に運ぶとモグモグと味わってから呑みこんで、満足そうに笑った。
「そうそう! やっぱり平和が一番! うん、芋羊羹最高!」
その隣の茶菓もお茶を啜りながら頷く。
「……茶菓も和菓子作りをもっとしたい……そのためにも戦いを終わらせる……」
そして、最後に初音は――。
「……わたしも、戦うためでなく修行のために剣の道を究めたいです。それと、その……み、道也くんと一緒の時間も過ごしたい、です……」
そう言って初音はチラリとこちらを見てくる。
だが、視線が合うと恥ずかしそうに視線を逸らした。
みるみるうちに、耳まで赤くなっていく。
(……霧城、かわいいな……)
こちらまで顔が熱を帯びていくのがわかった。
初音は真面目だが、だからこそ感情表現が不器用だ。
それが、たまらなく愛おしい。
「そ、そうだな……! お、俺も、戦いが終わったら、霧城との時間を大切にしたい! あ、あとは漫画も描きたいしな……!」
戦いが終わらない限り愛を育むことも趣味に没頭することもできない。
そして、平和は待っているだけでは訪れない。
「ふふ、道也くんの漫画、楽しみに待ってますね♪」
「……茶菓も楽しみ……」
「あたしのこともっと格好よく描いてよね!」
「お兄ちゃんの漫画にヤマブキも登場させてほしいの♪」
みんなが漫画を待ち望んでくれていることで戦いで荒みかけた心が和らいだ。
戦いの先に楽しみが待っていることで、心の平衡を保てるような気がする。
「ああ。必ずいい作品にしてみせる!」
描き続けている漫画はノンフィクションだ。ハッピーエンドにするためには、必ず戦いに勝ってみんなを守りきらねばならない。
(ちょっと前までは無力だったが、今は勇者の力があるからな)
どうして自分が『勇者』の力に目覚めたのかはわからないが、そのおかげで大事な人を、そして、大事な町を守ることができる。
(とにかくまずは魔王を倒さないとな)
話し合いがは通じない上にヤマブキのような年端もいかない子どもを拷問して戦わせるなんて許しがたい。もはや交渉の余地はない。
「……ヤマブキ、お兄ちゃんとお姉ちゃんの妹になりたいの……もう魔王城に戻りたくないの……」
「大丈夫です、ヤマブキちゃん。この町で、小江戸川越で一緒に暮らしましょう。ずっとわたしたちと一緒です」
「……で、でも、ヤマブキは魔王の娘なの……川越を襲った魔族の仲間なの……」
戸惑うヤマブキに、芋子がニカッと笑う。
「そんなの関係ないって! もうあたしたち友達だよ!」
「……ん。茶菓も歓迎する……茶菓が芋羊羹を作ったときは、ぜひ味見をしてほしい……友達だから……」
いつもの無表情をわずかに綻(ほころ)ばせて、茶菓も同意する。
「……お姉ちゃんたち、本当に優しいの……こんなに優しくしてもらったこと、ないの…………あ、あれっ? 嬉しいのに、涙が出てきちゃうの……こんなの、おかしいのっ……」
ヤマブキの瞳から、涙がポロポロこぼれていく。
「ヤマブキちゃん、もう大丈夫ですから、安心してください。これからは、ずっとわたしたちと一緒ですから」
隣に座っていた初音が、ヤマブキの肩を抱いて引き寄せた。
「ありがとう、ありがとうなの、お姉ちゃんたち……うぅ、ひくっ、えぐっ」
(……ヤマブキのためにも、なんとしても勝たないとな……この勇者の力を使うと心が異様に冷たい感じになるのは気になるが……)
魔王がどれほど強いのか未知数だが、絶対に負けられない。
しかし、勇者の力をこの先制御しきれるのかどうかも不明ではある。
(でも、絶対にみんなを守る!)
道也は茶を一気に飲み干すと、決意を新たにした。
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