第二十七話「想いと温もり」


「……う……あ……?」


 目覚めると、天井が視界に入った。


(ここは、どこだ……? 俺の家、じゃないよな……)


「お兄ちゃん? 目が覚めたのっ?」

「――っ!?」


 すぐ横に座っていたのかヤマブキが心配そうにこちらを覗きこんでくる。

 その顔を見た瞬間、ドス黒い殺意が湧き上がってきた。


(……なんだ、これは……ありえない、俺がヤマブキに対して殺意を抱くなんて絶対に、ありえない……おさまれ、俺の心)


 謎の声は聞こえなくなったが、魔族への憎悪だけは心にしっかりと植えつけられてしまったようだ。


「……だ、大丈夫だ。や、ヤマブキ、心配しなくて大丈夫だ、ぞ……?」


 道也は無理に笑って、応えた。


「雁田くん? 気がつきましたか?」


 襖が開いて、初音が部屋に入ってくる。どうやら初音の家に運び込まれたようだ。続いて、茶菓と芋子も部屋に入ってくる。


「……大丈夫……?」

「気がついた!? もう突然倒れるからびっくりしちゃったよ!」


 それぞれ心配そうな表情で、声をかけてくれた。


「あ、ああ。心配かけて、すまん。もう大丈夫だ」


 再びヤマブキが訊ねる。


「お兄ちゃん、本当に大丈夫なの? なんだか無理をしているような気がするの……」

「だっ、大丈夫だ……!」


 どうにか殺意を押さえ込んで、道也は応えた。


 ☆ ☆ ☆


 あのあと新や医者も来たが現時点で頭痛などの身体的症状はないということで、経過観察ということになった。


 そして、初音に送られて家に帰る途中――。


「……雁田くん、本当に大丈夫ですか? やっぱり無理をしているように見えます。なにか異常があるのなら、わたしに話してください……。その、わ、わたしたちは……つきあっているんですから。ひとりで抱えこまないでください」


 そこまで言われると、道也としても隠すことはできない。

 ヤマブキもいたので本当のことは医者の前で言えなかったのだ。


(そうだな。俺たち、つきあってるんだから……)


 道也は自分に起こっている異変について初音に伝えることにした。


「霧城……実は、頭痛で倒れたとき心に声が響いたんだ。この力は魔族を討つためのものだって。そして、ヤマブキも殺せって命じられた。拒絶したら、気絶した。起きたときはその声は聞こえなくなっていたんだが……魔族への憎悪……いや、尋常じゃない殺意が植えつけられていた」


「……そう、だったんですか……雁田くんがヤマブキちゃんを見たときの様子がおかしかったので、もしかすると……と思ってました」


 やはり初音には、すべてお見通しのようだ。


「ありがとう。話したら、少し楽になった」


 初音の顔を見てると、心が落ち着く。


(そうだよな……初音は俺の彼女なんだから)


 想いを伝えあったことで、以前よりもしっかりと支えあうことができる。

 ふたりきりで会える時間はほとんど増やせていないが、絆は確実に深まっていた。


「大丈夫。俺は魔王から川越を守るし霧城のことも絶対に守る。みんなのこともな」


 勇者の力が暴走する怖さはあるが、初音がいてくれればきっと大丈夫な気がした。


「ありがとう、霧城。霧城がいてくれるだけで、すごい安心できる」

「雁田くん、わたしもです。雁田くんがいてくれるだけで、わたしも安らぐことができます」


 そう言うと、初音はジッとこちらを見つめてきた。

 そして、少し戸惑うような、恥じらうような見たことのない表情を浮かべた。


「ん、どうした?」

「……戦いが本格的になると、ふたりきりになれる時間、そう多くとれないと思うんです……で、ですから、そのっ……き、キスしませんか?」

「…………えっ?」


 思いもよらぬ提案に、驚いてしまった。まさか品行方正そのものの初音から、そんな大胆なことを言われるとは思わなかったのだ。


「……あっ、わたし、はしたないことを……! 今のは忘れてくださいっ……!」


 初音は顔を赤くして、慌てる。


(霧城って、真面目だけどたまに突拍子もないこと言うよな)


 だが、そんな不器用さが愛おしい。


「いや、キスしよう。俺も霧城と……初音としたい」


 想いをしっかりと伝えるべく、あえて下の名前で呼ぶ。


「これからは下の名前で呼んでいいか?」

「は、はいっ……もちろんです!」


 初音は顔を真っ赤にしながら頷く。


「それじゃ、えっと……ほ、本当にキスしていいのか?」

「は、はいっ、雁田くん……いえ、道也くん……そ、それでは、キスしましょう」


 カチコチに固まった初音はそう言うと、道也に顔を向けた。


(霧城、いや、初音……かわいいな、本当に)


 頬を赤らめ、瞳を潤ませ、緊張のためかキュッと唇を締めている。

 そんな初音を安心させるために、優しく抱き寄せた。


「初音、好きだ」

「……わたしもです、道也くん」


 初音からも両手を回して抱きしめ返してくれる。

 その温もりを感じながら、道也は唇を重ねた。


(柔らかいな、初音の唇)


 唇を合わせただけなのに、心が熱くなっていく。

 不安に押し潰されそうだった心が徐々に穏やかなものになっていった。


(……不思議だな、あれだけ不安だった心が急速に柔らかいでいく……)


 もう少し長くキスをしたい気持ちもあったが――いきなりそれはどうかと思い唇を離した。


「……わたし、ずっと道也くんと一緒ですから。辛くなったら、わたしのことを思い出してください。離れて戦っているときも、ずっと一緒です」


 瞳を潤ませた初音から愛情と信頼に満ちた真っすぐな想いを伝えられて、温かい心は熱くなった。


「ありがとう、初音」


 もう一度、初音を抱きしめる。

 勇者の力や神の存在という人知を超えたものに精神を侵食される恐怖は、ほとんど抑えることができた。


「お礼を言うのは、わたしのほうです。道也くんは、いつもわたしのことを支えてくれてくれました。ありがとうございます。これからはもっと一緒ですから」


 幼い頃から一緒に小江戸川越で過ごし、モンスターが出現してからはマネージャーとしてサポートしてきた。これからはお互いに愛し、支え合う関係だ。


「ああ、ずっと一緒だ。俺だって、ずっと初音に支えられてきたから。ありがとう」


 再び自然に腕を伸ばしてお互いの身体を引き寄せて、キスをする。

 今度はより強く唇を押しつけて、さらに温もりを求めあった――。

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