第十八話「不器用な告白」
「一緒にがんばりましょう、雁田くん♪」
目が合った初音が、優しく微笑んでくれる。
その凛とした美しさと可憐さの同居する表情にドキッとしてしまい、道也は「え、あ、ああっ! が、が、がんばろうな、霧城!」と声を上擦らせながら返事をしてしまった。
そんな様子を見て芋子はニヤニヤと笑い、茶菓は「……なるほど……」とつぶやき新は「青春だねぇ~」と言いながら道也の背中をバンバン叩いてきた。
(って、俺、なにテンパってるんだ!)
しかし、初音の笑顔は本当に魅力的で見惚れてしまいそうになるのだ。
特に、今日は変に意識してしまっている。
「雁田くん、どうしたんですか? わたしの顔になにかついてますか?」
「い、いやっ、な、なんでもないっ!」
といいつつ、つい見つめてしまっていた。キョトンとしながら訊ねてくる初音の無防備な表情に、ますます挙動不審になってしまう。
そんな状況なのに芋子も茶菓も新もニヤニヤしながら見てくるのだからいたたまれない。初音は、かなりの天然だ。というか、恋愛とかそういうものには無頓着だ。
(ほんと、今は愛とか恋とかそんな場合じゃないんだから……しっかりしないと)
そう感情を逸らそうとする道也だったが、初音はマイペースだった。
「ヤマブキちゃん、本当にかわいい子ですよね♪ ……わたし、結婚したら子だくさんの家庭がいいなって思ってます♪ 雁田くんは、もし、わたしと家庭を築くとしたら、子どもは多いほうがいいですか?」
「うぇっ!? い、いや、それは、どういうっ!?」
ニコニコしながら無邪気にそんなことを訊いてくる初音に、道也はタジタジだ。
(まさか天然を装って、俺をおちょくっているのか……?)
疑心暗鬼になりかけるが、初音がそういうタイプでないことは長年の付き合いでわかっている。
「初音っち、大胆すぎぃ!?」
「……初音、おそろしい娘……」
「いやぁ、ボクもあと五歳ぐらい若ければ雁田くんにアタックしてるんだけどねぇ~!」
芋子は驚愕し、茶菓は畏敬の念で初音を見つめ、新は冗談なのかかそうでないのかわからないような表情で道也を見上げてきた。
(ちょ、なんだこの展開は……!)
「?」
混乱する一方の道也だが、初音はなぜみんながそういう反応をするのかわからないとばかりに首を傾げていた。その姿が、またかわいらしい。
(ええい! なにを変に意識しているんだ! これは一般的な家庭観を訊ねられているだけだ!)
「……そ、そうだな。ま、まぁ、俺も子ども好きだし、多いほうがいいかもな……」
「そうですかっ♪ わたしと一緒の考えですねっ♪ 雁田くんとなら、素敵な家庭が築けるかもしれません♪」
こちらに向かって嬉しそうに微笑む初音に、どう対応すればいいのかわからない。
「……あはは、これ、あたしたちも、どう反応すればいいかわからないんだけど……」
「……末永く、お幸せに……」
「雁田くん、しっかり初音ちゃんを幸せにするんだぞ! 仲人はボクが務めてやろう! そうすれば川越娘親衛隊のみんなや市民たちも暴動を起こさずに済むだろう! なんてったって初音ちゃんは小江戸川越の至宝だからね! この果報者!」
もうなんか完全に逃げ場がなくなっているかのようだ。
(……いや、まぁ、逃げも隠れもしないというか……霧城と結婚できるなら、本当に幸せなことだと思うけど……)
でも、あまりにも気が早い。
だが……戦いになれば、お互いに命を落とす可能性だってある。
「……あ、ああ、霧城となら……いい家庭が築けるかもしれないな。だから、これから先に戦いがあるとしたら、絶対に生き残ろう。俺も、全力で守るから」
「はいっ♪ 私も、雁田くんのことを全力で守ります♪」
『好き』とか『愛してる』というストレートな言葉こそないが、心は確かに通じあった気がした。
まさか、こんな展開になるとは思わなかったが……。
「うん、まぁ、ふたりって結構お似合いかもね!」
「……ん。祝福する……」
「よし! 若人たちのためにもいつか盛大な式を開いてやろうっ! アラタちゃん、がんばっちゃうぞ~!」
さすがにこのままふたりだけの世界に入ってしまうわけにはいかない。
「も、もちろん、みんなのこともしっかり守るから! 戦いの最中に私情は挟まないし!」
「もちろん、わたしもです! すみません、なんか、わたし、先走ってしまって!……この先の戦いでどうなるかわからないと思うと、やっぱり雁田くんに思いを伝えておきたくて……」
急に恥ずかしくなったのか、初音はみるみるうちに顔を赤くしていった。
やはり、さっきの台詞は半ば本気だったようだ。
(やっぱり、そういう意味だったのか……)
釣られて、道也も顔が熱くなるのを感じた。本来、思いはふたりっきりのときに伝えあうものだと思うのだが……成り行きとはいえみんなの前になってしまった。
(……防衛上、なるべく四人での行動が義務づけられてるから、なかなかふたりっきりになれないんだよな……)
まさか夜に逢引きするわけにもいかない。そもそも、初音は夜は蓮馨寺の境内で居合の稽古をしていることが多く、道也も道場に通って武術の稽古をするか(初音から剣術を教わることもあるが、そのときは私語をしている暇はない)、あるいは絵を描くか、『ヲタ会』の会合に参加してるので、なかなか時間が取れないのだ。
もっとも、これから戦いが激しくなれば絵だの会合に時間をとるわけにもいかなくなるが。となると、思いをしっかりと伝えられるチャンスはそう多くない。
「……やっぱり、しっかりと思いを伝えておく。本当に、これからどうなるかわからないからな。……。……お、俺、霧城のことが好きだ!」
みんなが周りにいる状況だが、道也は思いきって思いを伝えた。
「――っ!? あ、ありがとうございます、雁田くん! ……わ、わたしも、雁田くんのことが……好きですっ!」
初音は、完熟トマトのように顔を真っ赤にしている。
道也も、もう顔から火でも出ているかと思うぐらい熱くなっていた。
「ちょ、ちょっと! こっちのほうが恥ずかしいぐらいだよ!」
「……御馳走様……とても良いものを見た……眼福……」
「やめて~! アラタちゃんのライフはもう0だよ!? 青春カムバーック!」
突然の公開告白ショーに、周りはさらに盛り上がるばかりだ。
(……まぁ、初音と正式につきあうとしたら、みんなには真っ先に報告しないといけないしな……というか俺たち一応幼なじみなんだし……新さんも上司だし……)
だが、いくらなんでも恥ずかしすぎた。
もうこの場から逃走したい。狭い町なので、逃げる場所もないのだが。
新は、こほんっと咳払いをしてから、年長者らしく場を収拾にかかった。
「ん、まぁ……青春を謳歌していて目出度いけれど、ともかく今は力をあわせてがんばっていこうじゃないか! とにかくこの小江戸川越をしっかりと守る! イチャコラするのは、そのあとだよ! ……ああ、親衛隊とかの熱烈なファンから闇討ちされかねないから、このことはこの場の五人だけの秘密にしておこう。特に初音ちゃんのファンは過激だからねぇ~」
ちなみに、川越娘の中で一番人気は初音、二番が茶菓、三番が芋子である。
それぞれのファンは初音応援隊、茶菓応援隊、芋子応援隊を組織している。
その中で初音隊は、なぜか学ランを着て応援団員のような姿で統一されていて自作した応援歌を熱唱したり、ヲタ芸と呼ばれる前時代のアイドル応援方式を採り入れたりして最も活発……というよりも過激な応援活動をしている。なお、その学ランは前時代に存在した川越高校の制服をイメージしたデザインらしい。
川越高校の名誉のために言っておくと川越高校は旧制中学時代から続く伝統校であり、公立高校トップクラスの偏差値を誇る名門の男子校であった。
校舎は道也が見張りのときに陣取る富士見櫓のすぐ横にあった。異世界に転移してこなかったので、そのあたりは草地であり、今もそのままになっている。
ともあれ。
色々な意味で激動となった小江戸川越の一日は終わったのであった――。
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