第八話「オーバーテクノロジーな秘密兵器」

☆ ☆ ☆


 道也は、市役所の四階にある市長室兼司令室へとやってきた(なお、市役所は七階建てである)。然、エレベーターなんてものは稼働していないので、自力で上がった。


 芋子が空からこちらに近づいてきて「あたしがおんぶしていってあげよっか?」と言ってくれたが、さすがに女子に背負われて移動するのはどうかと思うので断った。


(柔道で鍛えてるんだから、それぐらい楽勝なのかもしれないけど)


 でも、いつまた敵の襲撃が来るかわからないので余計な疲労は与えたくない。


 あとは、そんな運ばれ方をしたら市民に目撃されまくることになる。彼女たちの存在はアイドルと同等なので、もしその言葉に甘えていたら芋子のファンから嫉妬されまくるだろう。


 ちなみに、これまで熱烈なファンから不幸の手紙やらなんやら送られてきたりことがあった。マネージャーも、楽ではないのだ。


 ……ともあれ。

 今は、目の前のことに集中せねばならない。


 市長室兼司令室――その最奥の市長専用席には、小柄な少女(?)が座っていた。

 メガネと白衣が印象的で、見た目は完全に小学生。


 川越娘たちとは別のベクトルで人気のある小江戸川越市長三富新である。

 すでに、初音と茶菓と芋子は部屋の中央に整列していた。


「雁田くん、ご苦労さん。どうせなら川越娘のみんなに運んでもらえばよかったのに」

「あたし運ぼっかって訊いたんですけど、雁田っちが遠慮したんですよー!」

「いや、さすがに、目立ちすぎるから……」


「あ、雁田くん、すみません。わたしたち三人で協力して運べばよかったですよね」

「……ん……三人で運べば楽勝……今度から、そうしよう……」


 三人は性格がよいので、そんなふうに気づかってくれる。


 だが、熱烈なファンたちがそんな場面を目撃したら道也がどういうふうに思われるかまでは想像が及ばないようだった。


(……まぁ、三人には戦いに集中してもらうために、熱狂的なファンたちのことについては教えてないからなぁ……)


 三人宛てのファンレター、というよりはラブレターは毎日のように送られてくる。

 それらの処理は、マネージャーである道也の仕事であった。


 とても三人に見せられない内容の手紙もザラだ。

 その中から、純粋な応援の手紙などだけ道也は渡している。


(余計なことにわずらわされないようにして目の前の戦いに集中できるようにするのが俺の仕事だからな……)


 人知れず苦労をしつつも、それを出さない道也であった。

 そんな中、新はやや表情を引き締めて、今後のことについて話し始めた。


「んじゃ、そろそろ本題に入るよ? ついに異世界人……というか魔族だか魔王軍だかに遭遇したわけだけど……どうやらかなり好戦的なようだ。これからの戦い、ますます厳しくなるかもしれない。そこで、戦力を増強しようと思う。具体的には、雁田くん。君に、武器を渡す」


「えっ? 俺にですか?」


「うん。キミには銃を使えるようになってもらう。実はボクは十年前から秘密裏に銃の開発をしていたんだ。そして、後装式ライフル銃を作ることに成功した。それをキミに持たせる。で、同じ型の空気銃もあげるから、練習して精度を上げてほしい。弾薬も実はずっと貯蓄してたのさ」


 道也も銃の存在は過去から伝わった漫画に出ていたので知っている。そもそも博物館に幕末期に輸入された銃が秘密裏に保管されているらしいという話は聞いていた。 政治家であり科学者でもある新は、それらを参考にしたのかもしれない。

 さすが川越一の頭脳である。


「この武器を使うということは、かなり危険な任務が増えるということでもある。だけど、キミにしか川越娘たちは守れないとも思う」


 そう言って新はポケットの中から鍵を取りだして施錠してあった市長室のロッカーを開き、中からライフル銃を取りだした。

 そして、銃を抱えるようにして、こちらへやってくる。


「……受け取ってくれるかい?」


 目の前の銃は、かなりの存在感があった。


 刀や槍、弓矢はどこか風情があるが――無機質な黒い銃は、それが人を殺傷するためだけの道具であると如実に感じられる。


 これを手にすることは、確かに覚悟が必要だろう。

 しかし、これまで幼なじみたちの力になれていなかったという悔しい思いがずっとあった。


 危険な最前線で戦わせておいて、自分はいつも安全地帯にいるだけだ。

 だから、道也にとってその銃を受け取ることは容易いことであったが――、


「待ってください! そんな、雁田くんまで戦いに巻きこむなんてっ……」


 初音が、慌てて止めてきた。


「そうだよ! 雁田っちは、あたしたちみたいに異能力に目覚めてないんだから危険だよ! あたしたちなら大丈夫な攻撃も致命傷になっちゃうよ!?」

「……茶菓たちだけで、十分……」


 続いて、芋子と茶菓も止めてくる。


 確かに、異能力による『守護武装』や身体強化によって川越娘たちは常人とは比べものにならないほどの防御力があり、たとえ怪我をしても回復力が高かった。


 対する道也は、いまだ異能の力に目覚めていない。

 当然、モンスターたちから攻撃を受けたら常人と同程度の怪我を負うことになる。


「どうする? ボクも無理にとは言わない。本当に危険な任務になるからね。強力な武器を持つキミが敵から真っ先に狙われる可能性だってある」


 いつもはおちゃらけている新が、真剣な眼差しで見つめてくる。

 だが、道也の心は揺るがなかった。


「もちろん、受け取りますよ。ずっと、一緒に戦いたいって思ってたんですから」


 異能力が目覚める可能性のある誕生日は、かなり先のことだ。


 それに、その日に絶対に異能力が目覚めるとは保証できないし、そもそも道也は武道面で三人と比べて劣っている。それなりの時間を費やして稽古もしてもらったが、やはり才能というものがある。


(……俺に絵じゃなくて武道の才能があれば、それが一番よかったのかもしれないけど……)


 しかし、ここで銃という選択肢が現れたことで彼女たちの力になれることができる。だから、ここで断るなどという選択肢はない。


 道也は、新の手から黒光りする武骨なライフル銃をしっかりと両手で受け取った。


「うん、いい顔だ。これならキミに小江戸川越の未来を任せられる。新しい時代は常に若者によって作られていく。僕はキミを、そして、キミたちを信じるだけさ」


 新は道也と川越娘たちを見ながら、わずかに口元を歪めた。

 だが、すぐに引き締まったものに変わる。


「……これから厳しい戦いになっていくだろうけど、一緒にこの小江戸川越を守っていこう。ボクも全力を尽くすよ」


 こうして、モンスターは出現するもののとりあえずの平和が保たれていた小江戸川越は、新たな局面を迎えたのであった――。

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