第七話「対峙~心、刀の如く~」

☆ ☆ ☆


 霧城初音にとって、この小江戸川越を――そして、小江戸川越で暮らす人々を守ることがなによりも大事なことであった。


 だから、イヅナの発言を聞いてジッとしていることなど到底できはずがなかった。

 市民が犠牲になるぐらいなら自分が死んだほうがマシだ。


 異能力によって空へと舞い上がり、イヅナとの距離五メートルほどの位置に立ち塞がる。抜刀こそしていないが、居合の修練を積んでいる初音は一瞬で斬撃を繰り出すことができる。


「ほう、おまえがこの町を守る剣士か」

「そうです! 私は霧城初音! 大好きな小江戸川越を守る者です! 絶対にあなたたちのような侵略者には屈しません! 市民の皆さんを傷つけるというのなら、あなたたちには痛い目にあってもらいます!」


 目の前のイヅナという魔族は、初音から見ても只者ではないということがすぐにわかった。武道の修練を積むことで一目見て相手の力量がわかるようになるのだ。


(この人、かなりの手練れですっ……)


 対峙しているだけで、心に汗をかくかのようだ。

 それなのに、背すじには寒気が走る。


「ふん……どうやら、それなりの技量の持ち主らしいな。修練を積んできた者の目だ」


 対するイヅナは面白くなさそうに鼻を鳴らしてこちらを見つめてくる。

 そこへ――。


「初音っち!」

「……初音……」


 芋子と茶菓が駆けつけてくれた。

 芋子は初音からやや右後ろに下がった位置に、そして、茶菓はさらに右後方に。


 刀で戦う初音が前衛、攻撃に参加しながら茶菓を守る役目もこなす芋子が中衛、弓矢を使って遠距離攻撃をする茶菓が後衛といういつもの陣形だ。


「茶菓ちゃん、芋子ちゃん、すみません、いきなり飛び出してしまって……」

「ううん、むしろあたしたちの行動が遅れちゃった。市民のみんなに被害が出ないようにしないと!」

「……ん、ここで戦わないで、なんのための川越娘って話になる……」


 会話をかわしながらも、初音は油断なくイヅナや騎鳥兵たちの動きを注視する。


「ほう、ほかにも飛行型の能力者が二人か。あとのふたりも、それなりの技量のようだな。くく、これは、久しぶりに楽しめそうだ」


 そう言うとイヅナは手綱から手を離し、そのまま浮き上がっていき――鳥の前まで移動したところで宙空に停止した。


「私も自立飛行できる能力者だ。騎鳥兵を率いる関係で、いつもは騎乗しているがね……しかし、全力で戦うときは我が身ひとつがいい」


 こちらを見据えながら、イヅナは剣を横に寝かせるように構えた。


(姿勢が、いい……)


 まったく隙がない。小江戸川越の青空道場で習ってきた剣道とは型が違うが、対峙するだけでその技量がわかった。


 そもそもイヅナが手にしているのは日本刀とは異なる幅広の剣だ。

 道也の持っている漫画に出てきたようなファンタジー世界の西洋剣を連想させる。


「……負けませんから」


 対峙するだけでも伝わってくる、恐ろしい気迫。

 それでも、負けるわけにはいかない。


 初音は視線の圧を押し返すように睨み返しながら、わずかに重心を落とした。

 相手が仕掛けてきた途端に、抜刀して斬り捨てる。


 できれば、相手の命を奪うようなことはしたくないが――力量差がない状態では難しい。


 これまでは見るからに醜悪なモンスター相手だったから、気負うことなく刀を振るうことができた。それでも、心が痛むことはあったが……納得はできた。

 しかし、相手が人の形をして言葉を喋ると、自分たちと変わらない存在に思える。


「雑念が生じているな」

「――っ!?」


 イヅナから発せられた心を見透かす言葉に、初音はわずかに動揺する。


「剣に迷いが見えるぞ。そんなことでは私は倒せない」


 正確に、こちらの心が読まれてしまっている。

 己の未熟っぷりが情けなくなり、心の乱れが大きくなりかけた。


 それでも、自分を支えてくれるみんなのために、そして、自分が守りたい者たちのために心を落ち着けていく。


(……そう。たとえ目の前の人を斬ることになっても、この町を、みんなを守れるのならば……殺人者になろうとも後悔はありません……!)


 覚悟を決めた初音は、再び心を研ぎ澄ましていった。

 日本刀のように冷たく、そして、鋭利に――。


「ほう……。ただの小娘ではないらしい」


 先ほどまでどこか余裕ありげだったイヅナの表情が、引き締まったものに変わる。

 見えざる気と気がぶつかりあい、一触即発の状態となった。

 次に動いたときが、どちらかが屍となる瞬間であろう――。


 と、そこで――。

 予想外の事態が起こった。


 ――ヒュウゥウウウウ……!


 市役所の屋上や周囲の敷地から空気を切り裂くような音を立てながら細長い棒状のものが騎鳥隊へ向けて飛翔したのだ。そして――、


 ー―パン! パパン! パン!


 それらはけたたましいい音を立てて、破裂してゆく。


「うおわっ!?」

「な、なんだっ!」

「ピギー――!?」


 騎鳥兵も怪鳥自身も驚き、パニック状態になった。

 殺傷能力はないようだが、音は十分に響く。


(……これは、アラタさんが作っていた『ロケット花火』でしょうか……?)


 実は、アラタはモンスターとの戦いをするようになってから火薬を使った兵器を開発していた。そのことは前線で戦う初音には知らされていたが、実用段階にまで至っていることは知らなかった。


 必要以上に文明を発展させなという方針のもとに小江戸川越の運営はなされてきたが、もともと戦国時代や江戸時代にも火縄銃や大筒、花火があったのだから、それは不可能なことではない。


「ぬっ!? なんだ、この面妖なものは! ええい、落ち着け! たいして殺傷力はないようだ!」


 混乱する部隊を収拾するためにイヅナは声を張り上げる。

 それでも、初音の手元から目を離さずに隙を作らないところはさすがだ。


『ほらほらぁ! どんどん放てぇ~!』


 防災無線のアラタの声とともに、第二波のロケット花火が射出されていく。


 ー―パン! パン! パンパン!


「ひぃい!?」

「ピギー―! ピギィイ―――!」


 兵士たちもそうだが怪鳥たちにとって未知の兵器はパニックになるに十分なものだった。騎鳥兵たちは、イヅナの声を無視して勝手に回避運動をとり始める。


 そこを見計らったように――シュバッッ! とこれまでとは異なる鋭い音がして、空中で炸裂。ドドン! という音ともに火の花が咲いた。


「うあぁ、あちちっ!」

「なんだ、なんなんだ、これは!?」

「ピギャ――――!?」


(……今度は『打ち上げ花火』ですか……)


 これも計画については知らされていたものだ。追い打ちをかけるような一撃に、かろうじて踏みとどまっていた騎鳥兵も含めて撤退し始めた。


「ええいっ、次々と面妖なものを! くっ……今日のところは引くが、必ず戻ってくる! 首を洗って待っていろ!」


 イヅナは忌々しげに舌打ちすると、こちらを向いたまま追撃を警戒する殿(しんがり)の体勢を維持しながら、徐々に後退していった。


 対する初音も、そのまま油断なく警戒し続け――空からすべての騎鳥兵が南西方面に離脱したのを見届けてから緊張を解いた。


「…………ふぅ」


 初音は、ようやくのことで大きく息を吐いた。


 イヅナと少しの間だけ対峙しただけなのに全身がビッショリになるぐらい汗をかいてしまっている。それなのに、心は冷え冷えとしていた。


「……初音っち、だいじょぶ? というか、離れたところにいたあたしも、すごいプレッシャーだったよ」

「……茶菓も、あれだけ離れていたのに……寒気がしていた……」


 芋子と茶菓の顔も、だいぶ強張っている。

 強者と対峙するだけで、心身の消耗は激しい。こんなことは初めてだった。


(本当にすごい人でした……)


 もしあのまま斬り結んでいたら無事では済まなかった。

 こらえていた死の恐怖がよみがえり、身体が震えそうになる。


 でも、友人である芋子と茶菓と――そして、こちらを見上げて心配そうに見上げている道也の姿を見て、心を落ち着けていった。


『みんな、お疲れ様~。さっそくで悪いけど川越娘とマネージャーの雁田くんは市長室兼司令室まで来てくれないかな~? これからのこと話しあわないといけないし~。あ、小江戸見廻組のみんなは交代で上空警戒よろしく~。富士見櫓も監視しっかりしといてね~』


 そんな中、新のマイペースな声が響く。秘密兵器で敵を追い払ったばかりにもかかわらず高揚した様子を微塵も見せない姿には頼もしさを覚えた。


「みなさん、いきましょう」

「うん!」

「……了解……」


 地上を見れば、道也も小走りで市役所へ向かっていた。


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