第六話「アラタちゃんの弁舌!」


(直接、新さんに訊ねにいくか……?)


 菓子屋横丁からは、市役所までは走ればすぐだ。

 しかし、派手に動けばすぐに気がつかれるだろう。


 今は菓子屋横丁の軒先なので、幸いなことにこちらの存在は認識されていない。

 茶菓も、目立つ弓は隠すように下げていた。


「……俺、市役所まで行ってくる」


 と、道也が川越娘に告げて移動しようとしたタイミングで――。


『えー、こほん、こほん、マイクテスト、マイクテスト! うん、オッケーだな! ったく、こんなことで貴重な太陽光発電の電力使うとは……。あー、ともかく! 異議あーり! キミたち人の町の領空を侵犯したと思ったら、いきなり支配下に置くとか穏やかじゃないな~? まずは、腹を割って話し合おうじゃないか! 話せば、わかる! あっ、ボクは小江戸川越の市長の三富新! 通称、アラタちゃん!』


 市役所の屋上に設置してある拡声器から、新の声が聞こえてきた。


 モンスター襲来時や大火事などの非常時には貴重な電力を使って、こうして市長自ら呼びかけることはあったのだが、いきなりフリーダムな放送だった。


「わぁ、市長っ!?」

「……緊張感がない……」

「新さん……」


 突然のマイペースすぎる放送に、三人も呆気にとられていた。


(……本当に相変わらず我が道が行ってるな、新さんは……)


 市役所に向かおうとしていた道也は、そのままコケそうになっていた。

 威厳もなにもあったもんじゃない。


 ややあって、先ほどイヅナと名乗った女戦士が宝石を介してしゃべり始めた。


「……貴様が、この町の領主か! こちらに話すことなどない。我々の支配下に入るか入らずに滅亡するか。答えはこのふたつだけだ!」


『まったくも~頑(かたく)なだな~。人生はイエスかノーかだけの杓子定規でやってたら解決できるものもできないよ~? それにいきなりやって来たと思ったら考える時間もなくどちらか決めろだなんて横暴じゃないか~。急いてはことを仕損じるって言葉がうちの国の古い諺(ことわざ)にあってねぇ~。そろそろ世界はスローライフで生きるべき時代が来てるんじゃないかなぁ~? もうちょっと頭がよくて丁寧な連中なら支配下に入ることも考えないでもないんだけどなぁ~? これじゃあ決裂かなぁ~? まぁ、それならそれでいいんだけど~?』


 放送越しでもわかるぐらい、ヘラヘラしながらしゃべっているのが伝わってきた。


 のんきというか、どこか人を食ったような物言い――というよりはバカにしたような態度に、騎鳥兵の一部が騒ぎ始める。


「無礼なっ!」

「なんだこの子どもの声は! いたずらではないのか!?」

「イヅナ様、こんな声は無視して、やってしまいましょう! 我々魔王軍の力を思い知らせてやりましょう!」


 宝石を通して、部下たちの怒声まで伝わってくる。


(新さん……めっちゃ煽ってるけど……大丈夫なのか……?)


 『小江戸川越で最も傑出した頭脳』という評判なのだが――頭の良すぎる人間の考えることは、よくわからない。

 部隊が落ち着いたところで、宝石を手にしたイヅナが再び話し始めた。


「たいした自信だな。モンスターたちがこのエリアでずいぶんと減っているという報告を受けていたが、やはり強力な戦力があるということだろう。それが余裕の理由か?」


『お~、キミは隊長っぽいだけあって、多少は思慮があるね~。そうそう。だから、支配だなんていう横暴な上下関係を求めないで、同盟とか不戦協定とか友好的な横の繋がりでいいじゃないか~。争ったって、いいことないよ~? 怪我するよ~?』


「ふん、私は軍人だ。軍人にとって、上からの命令は絶対なものである。ゆえに我が魔王軍の支配下に入らぬというのなら、戦の一字あるのみ!」


『うーん、やっぱりそうなっちゃうか~。頭が固~い。そういう武骨で一途な人は嫌いじゃないけど~、特に部下にはほしいけど~……でも、一度帰って考えてもらえないかな~? ボクとしては市民を危険な目に遭わせるのは本意じゃないからね~』


「……時間稼ぎには付き合えぬな。武装を解除して降伏しろ。こちらに向かって矢を番(つが)えている連中がいることは、わかっているぞ?」


『あちゃ~~、バレてたか~。あー、伝令。というか、アラタちゃんから直接命令。小江戸見廻組のみんな、攻撃準備停止~』


 どうやら、市長はただ会話をしていただけでなく、小江戸見廻組を密かに動かして相手の隙を狙っていたようだった。

 なお、小江戸見廻組には、弓矢部隊と刀槍部隊の二部隊があある。


 戦闘回避の可能性を探りつつも、いざというときは戦いに移行できるように準備していたようだ。しかし、敵も然(さ)るもの。見破られてしまった。


『ふん、食えぬ奴だ。そういうくだらぬ策を弄するものには目にもの見せてやるのが一番か。後悔するがいい。何人か血祭に上げてくれる』


 宝石をしまうと、イヅナは代わりに腰に佩いていた剣を抜き放った。


「っ! 待ってください! わたしが相手になります!」


 初音は空に向けて叫ぶと、地を蹴って飛翔した。


「霧城っ!?」


 こうとなっては道也としては、なにもできることはない。

 そのまま初音が空へ上がるのを見届けるしかなかった。


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