第五話「小江戸川越の危機~魔王軍襲来~」

 通常、空中に赤い光が発生するとともに飛行型のモンスターは直接、歩行型のモンスターはそのまま地面に着地してから、街に襲いかかってくる。


 道也も遅れて空を見たが、どうやら今回のモンスターは出現というより遠くから飛んできているらしい。

 そして、これまでと違うのは――。


「人が乗っているだと?」


 今回現れたのは鳥型モンスターに乗っていており、絵画に描かれているような鬼に似た姿をした存在だった。


 手には剣や槍を持っていて、軽装備ながら防具もつけている。

 肌の色は緑や青や赤などで、鱗に近いものに見える。


 その数、三十騎ほど。ちなみに、道也や川越娘、小江戸川越の人々は、これまで異世界人と遭遇したことはない。


「雁田くんの言うとおり人が乗っているようですね……異世界に住む方々なのでしょうか?」

「……武装している……もしかすると、人型のモンスター……?」

「えぇえー!? 人型の魔物? なんかこれまでよりも強そうなんだけど!?」


 現れたのがこれまでと同じ獣型モンスターならば、ただちに迎撃を開始するところだが、こうなると迂闊に攻撃できない。


 今までは、ただ襲いかかってくるモンスターを倒せばよかった。

 しかし、軍隊然とした統率のとれた姿は、これまでとは異質だ。


 周りの市民たちも今回現れたのが特別な存在だと気がついて、ザワザワし始めた。


「なんだありゃあー!」

「新しいモンスター!?」

「いや、人間みたいに見えないか!?」


 市民たちが空を見上げる中、騎鳥兵たちは五騎をひとつの編成として六つの部隊に散開。各部隊が∧を作るような陣形を組んで、偵察するように小江戸川越の上空を飛行し始める。

 一糸乱れぬ動きは、よほど鍛練を積んできたものと思えた。


「……これは、どういうことなのでしょうか……」

「……一応、戦いに備えておく……」

「あー、もうっ! 上空を飛び回られるの気味悪い! なんなのよー!」


 迂闊に動くことができず川越娘たちも状況の推移を見守るしかなかった。 

 それでも、すぐに戦闘に入れる準備は整えている。


 初音は、少し腰を落としていつでも抜刀できるように――。

 茶菓は、弓を取りだしていつでも矢を放てるように――。

 芋子は、拳を軽く握りって、いつでも殴りかかれるように――。


 この三か月の戦いの日々によって、瞬時に彼女たちは己を戦闘モードへと切り替えられるようになっているのだ。


 道也も前時代から伝わっている双眼鏡を鞄から取りだして、上空を監視する。先頭の指揮官らしき魔族(?)は青色の肌で短い銀髪。頭には一対の金色の角があった。

 

 兜はかぶっていないが胴を守るような装備をつけている。

 そして、空中でも踏ん張れるように鳥に鐙(あぶみ)がつけられていた。


 川越市立博物館には武具が数多く飾られているので、道也も、ある程度、武器や防具、馬具についての知識はある。


 なお、室町時代に太田道灌(おおたどうかん)らによって築城された川越城は重要な戦略拠点だった。


 戦国時代には川越城を巡って日本三大夜戦(日本三大奇襲)のひとつである川越夜戦といもあったほどだ(夜戦ではかったという説もあるが)。


 ともあれ。現有戦力は、川越娘たちの三人と小江戸見廻組の百人ほど。しかも、空を翔べるのは三人しかいない。モンスターを乗り回すような練度の高い魔族と戦うことになったら厳しい戦いを強いられるだろう。


 みんなが固唾を飲んでみ回る中、空中に現れた三十騎の騎鳥兵は悠然と空を駆け巡る。あたかも、小江戸川越の街並みを調査をするかのように――。


「あーもう、ジッとしてられない! やっつけちゃおうよ!」

「……でも、相手の力量もわからず迂闊に動くのは危険……」

「相手が町や市民に対して危害を加える構えを見せたらら逆に攻めましょう。もしかすると戦いが目的ではないかもしれませんし」


 やがて、散開していた六つの部隊が再び一か所に集まった。


 そして、そのうちの一騎――おそらく隊長と思われる凛々しい中世的な男、いや、女だろうか――が、腰に提げていた袋から青色の宝石のようなものを取りだし、それに向かってしゃべり始めた。


『我々は魔王軍である! これより、この町は我が軍の支配下とする! 異議のある者はかかってくるがいい! 私、雷撃の魔将イヅナ自ら、相手になってやろう!』


 小江戸川越の隅々まで聞こえるほどの大音声(だいおんじょう)。

 歴戦の女戦士といった凛々しい声が響き渡る。


 おそらく、あの宝石が拡声しているのだろう。言語がそのまま通じているのか、あるいは翻訳的な機能があるのか――道也たちにもハッキリと言葉が聞き取れた。


「やっぱりろくでもない相手だったー!」

「……残念……」

「くっ……こうとなっては仕方ありません」


 三人は表情を引き締めて、臨戦態勢をとる。いつでも空へ翔け上がれる状態だ。

 だが、道也は慌てて三人を押しとどめた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。まずは市長の判断を待ったほうがいい!」


 話の通じない獣のモンスターなら戦うしかないいが――言語が通じるなら戦いを回避できる可能性がある。


 ちなみに、小江戸川越の最高権力者は市長である(現在の規模は市というよりは町だが元いた世界の流れを汲んで市長・市民と呼び慣らされている)。


 三十六歳の女性であり、名は三富新(さんとめあらた)。丸眼鏡がトレードマークであり、身長が135センチほどしかなく、見た目は小学生にしか見えない。


 そのミニマムな容姿から全市民から愛されており、先の市長選でトップ当選した。

 川越娘たちに負けず劣らず人気がある。

 川越娘がアイドルなら、三富新はマスコット的存在だった。


 それでいて、新は容姿に似合わず頭脳明晰で決断力と実行力もあり、小江戸川越で最も傑出した人物でもある。


「って、雁田っち、あんなのと交渉する気なの!?」

「……正気……?」

「か、雁田くん……?」


 三人は戸惑っているが、練度の高そうな軍隊と戦うと無傷で済むかどうかわからない。それに、これが偵察隊だとすると本隊の兵力はとんでもない数になるだろう。


「これまでのモンスターと違って言語が通じるんだから話し合いで解決する可能性も模索したほうがいい。あとは、相手の軍事力もわからないしな……。もちろん、相手が無差別にこちらに攻撃してくるようなら、反撃すべきだが……やはり、新さんの判断を仰がないと」


 あくまでも川越娘たちは前線部隊であって、政治的な判断はできない。

 一歩間違えば、小江戸川越は滅亡しかねないのだ。

 ここは慎重な判断が求められる。

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