第四話「菓子屋横丁でお買い物!~市民との触れあい~」

 放課後は完全に自由時間である。ただし、緊急時に即応できるように基本的には四人行動での帰宅が義務づけられている。


 初音の家は蓮馨(れんけい)寺付近、茶菓は蔵造りの街並み(一番街)の和菓子屋兼住宅、芋子は喜多院から少しあるいたところ、道也は大正浪漫夢通り近くだ。


 本丸御殿を出た四人は、市役所方面へ向かって歩き始めた。


 通常の帰宅ルートは、スカラ座(レトロな映画館。今は集会所として使われている)と太陽軒(老舗の洋食屋。異世界転移前はテレビドラマや映画のロケで使われることもあったそうだ)の間の小道を通り『時の鐘』へ向かう。


 寄り道するときは、スカラ座から稲荷小路を通り蔵造りの街並みに出る。

 そして、蔵造りの街並みのお店で買い食いをするのだ。


 異世界転移後は営業どころじゃなかったお店も、今は異世界で手に入る食材を使ってそれぞれの名物を提供している。元々あった名物を復活させた例もあるし、新たに作りだしたものもある。


 スマホもパソコンもない生活なので、かなり素朴なスローライフになるのだ。

 だから、この年齢になっても駄菓子を買って食べるのが娯楽だった。

 あとは寺社を巡るのも市民にとっては娯楽だ。


 そういう意味では、江戸時代的とも言える。ただ『小江戸川越』といっても川越は江戸時代以前から続いている古い城下町なので、寺社が多いのだ。


 そもそも川越のシンボルとも言える時の鐘は薬師神社の境内に建てられている。

 だから、信仰とかそういうものを抜きにして寺や神社に寄ることも多かった。

 それはそれとして――。


「わー、川越娘のおねーちゃんたちだー!」

「今日も川越を守ってくれてありがとー!」


 川越娘たちが帰り道を歩いているだけで、市民のみんなから感謝の言葉をかけられる。特に、子どもたちにとってはアイドルのような存在だ。


「ふふっ♪ ありがとうございます♪ みなさん、ちゃんとお勉強がんばってますか?」

「……少年少女たち……あなたたちに川越の未来がかかっている……」

「早く大きくなって、あたしたちが楽できるよう強くなれよー!」


 そんな子どもたちに対しても、三人は優しく接する。なお、下校時はそれぞれ制服姿だが、緊急時に即応できるように武器は装備していた。


(本島に完璧なアイドルだよな)


 ただ強いだけでなく、ファンサービスもバッチリだ。


(というよりも、三人とも性格がいいからなぁ……)


 そんな三人の姿を間近で見ていると、早く自分も戦力になりたいという思いは強まるばかりだ。


 子どもたちと会話をかわして別れを告げ(子どもたちも疲れている川越娘たちを長時間引き留めないように親から言われているのだろう)、四人は再び歩き始める。

 そして、市役所前の交差点に来たところで、初音が遠慮がちに切り出した。


「その、今日は……菓子屋横丁に寄って駄菓子を買って帰ろうと思うのですが……」


 有事に備えて四人行動が基本だが、厳格というほどではない。

 ただ、それぞれがどこにいるかが戦闘になると重要になるので(誰がどのモンスターに対応するかなど)、行き先は常に明かしている。


「……茶菓も行く……」

「あたしもー!」

「俺も行くぞ」


 道也たちはそれぞれ同行の意を示した。


「皆さん、お疲れのところ、すみません……」

「……茶菓は特に疲れていない……ふたりに比べて弓矢は運動量が少なくて済むし……」

「あたしも余裕余裕! 体力には自信があるからね!」

「気にすることないぞ。俺も暇だし」


 初音は遠慮がちというか周りに常に気をつかうタイプなので、少々堅苦しいところがある。だが、そんなところが美点でもあった。


 ともあれ、四人は市役所前の交差点をそのまま真っすぐ進み、『札の辻』交差点を過ぎ、元町(もとまち)休憩所の前を過ぎてから左折して、石畳の小道へ入る。

 その石畳の道を少し進んで右の通りへ入れば『菓子屋横丁』である。


 この『菓子屋横丁』はその名の通り様々な菓子が売られている。さすがに元いた世界ほどの種類は揃えられていないが、種類は豊富だ。


 元いた世界ではほとんど観光客のお土産を買うためのエリアだったが、今では川越市民たちのための買い物の場所だ。もともと横丁近くのお寺・養寿院(ようじゅいん)の門前で菓子を売り始めたのが始めらしいので、元に戻ったとも言える。


「あら、初音ちゃん、茶菓ちゃん、芋子ちゃん、道也くん! いらっしゃい!」

「今日もお疲れ様! いっぱいサービスするわよ~!」


 子どもの頃から菓子屋横丁には通っているので、みんなすっかり顔なじみだ。

 そもそも、狭い町なのでほとんどが知りあいといってもよい。


 特に、モンスターたちと戦うようになってからは川越娘たちの認知度は百パーセントになった。裏方の道也も川越娘たちのサポート役として活動しているので、かなり顔を知られている。


 そのことに対して窮屈だと感じる道也でもあるが、川越娘たちはそんな生活に対して愚痴をこぼすこともない。自然体で市民と接し、日々、好感度が上がっていた。


(俺にはここまで自然に市民と触れあえないよなぁ……)


 初音たちは菓子屋横丁のおばちゃんたちとも和気藹々と会話し、買い物を楽しんでいた。


 町を守るためにはただ戦うだけではいけないと川越娘たちを見ていると痛感させられる。差し入れが絶えないのも、彼女たちが市民たちから愛されている証拠だとも言えるだろう。


(俺も、もっと町の人たちとコミュニケーションをとらないとな……)


 絵を描くのが好きで内向的な道也は彼女たちと比べて、対人スキルに大きな開きがある。マネージャーとしても、もっと頑張らねばという気持ちになった。


 そんなことを考えながら買い物をし始め、十分ほど経った頃―ー。


 ――カンカンカンカンカン!


 富士見櫓から急を知らせる半鐘がけたたましく打ち鳴らされた。道也がいないときは、小江戸見廻組が櫓に詰めてモンスターの出現を監視しているのだ。


「敵襲ですか!?」

「……水をさされた……」

「ぎゃーっ! 連続出撃ぃ!?」


 会計をしようとしていた初音たちが、一斉に空を見上げた。

 モンスターたちは、基本的に空から現れるのだ。


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