第三話「川越娘コミカライズ⁉~誕生日に目覚めた異能~」
「ほら、これだ。ちょうど三人が揃って戦った日まで描き終わったんだ」
ノートにペンで描いた簡単な漫画だが、それなりのクオリティを保っている。
内容は完全にノンフィクションである。
道也としては、これは後世に残す記録――大仰に言えば歴史書(というか歴史漫画)――としての意味合いも兼ねているつもりだ。
「わー! あたしたち、すっごくかわいく描かれてるー!」
「……ん……これは、素晴らしい出来……でも、ちょっと、恥ずかしい……」
「漫画で読むと新鮮ですね! わたしたちが異能力に目覚めた日、モンスターたちが出現した日……どちらも本当に衝撃的な日でした……もう戦いが始まってから三か月も経つんですね……」
道也の漫画を見て、初音たちは歓声を上げる。
幼なじみに自分の描いた漫画を見られることはちょっと気恥ずしい気持ちもあるのだが――特に本人たちに見せるとなると、なおさらなのだが――こうして喜んでもらえると嬉しい。
やはり、創作というものは読者あってのものである。
初音たちは身体を寄せ合って、ノートに描かれた漫画を読んでいった。
「うー、続きが気になるー!」
「……とはいっても、これノンフィクションだから……続きはわかるけど……でも……」
「漫画で読むと新鮮ですね! わたしたちが異能力に目覚めた日、モンスターたちが出現した日……どちらも本当に衝撃的な日でした……もう戦いが始まってから三か月も経つんですね……」
道也ですら、もう一年以上戦っているように錯覚するのだ。
川越娘たちの体感時間は、もっと濃密だろう。
(あの日を境に、平穏な日常がなくなったわけだしな……)
モンスターが襲来した五月五日は、文字通り歴史が変わった日である。
それまでの平和が崩れ、なにもかもが変わった。
四月時点で三人が異能力に目覚めていなかったら、どうなっていたか――おそらく川越市民全員がモンスターによって殺されていたことだろう。
なお、初音の誕生日は四月十日。茶菓が十五日、芋子が二十一日である。
三人は誕生日の自分が産まれた時間になった瞬間に、それぞれ異能力に目覚めた。
尋常ではない膂力を発揮できるようになり、空を自由自在に翔けられるようになったのだ。最初に初音が空を翔んだときは、すごい騒ぎだった。
四月十日。いつものように教室代わりの本丸御殿で授業を受けたあと初音は目と鼻の先にある初雁(はつかり)球場(武道の稽古場となっていた)で竹刀で素振りをしていた。そのときに、俄かに身体に青白いオーラを纏い始めたのだ。
同じく球場で弓道の稽古をしていた茶菓と空手の型をしていた芋子、そして、野草のスケッチをしていた道也はすぐに異変に気がついた。
そして、初音が「なんか空を翔べるような気がします……」という言葉とともに実際に飛翔したのを見て度肝を抜かれたのだ。
(ほんと、衝撃的だったよなぁ……)
そのあと、誕生日を迎えるたびに茶菓も芋子も異能力に目覚めていった。
結果として三人の誕生日が四月に集中していたおかげで、小江戸川越の防衛をすることができたと言える。
もし、四月の誕生日が初音だけだったら、モンスターたちとの戦いは至難だっただろう。現に、最初の一週間一番被害が大きかった。幸い、死者は出なかったが。
「……もっとわたしがうまく戦えていれば怪我する方や建物への被害を防げたのですが……」
「……初音は、よくやったと思う……」
「そうだよ! あたしなんか、わーきゃー騒ぎながら暴れてるだけだったし!」
責任感の強い初音は、最初の戦闘を思い出して悔恨の表情を浮かべる。
そんな生真面目な初音を、道也は励ました。
「その日の記録を読んで『小江戸見廻組』の人たちの話も聞いただけど、霧城の動きはすごく適確だったと思うぞ。自分を責めることなんてまったくない」
戦闘調査をもとに、道也は正確に漫画を描いていった。
モンスターが襲来してきたときに初雁球場にいた初音は、すぐさま目の前の川越市立博物館から日本刀を借りて、防戦する小江戸見廻組を助けたのだ。
そのあとも手傷を負いながらもモンスターの侵入を防いで、市民たちを文字どおり命がけで守っていった。あの日、最も多くモンスターを倒したのは初音だったのだ。
もし、初音が八面六臂の活躍をしていなかったら、おそらく死者も出ていたことだろう。見た目は清楚で大人しい優等生なのだが、その刀捌きは激しかった。
異世界転移後から毎年12月に開催されている剣道大会で、6年前の初出場から連覇しているほどの腕前なのだ。なお、剣道だけでなく居合の腕も一流である。
小江戸川越の南西に位置する蓮馨寺(れんけいじ)には居合の始祖と言われる林崎甚助(はやしざきじんすけ)の「居合抜刀始祖鎮魂之碑」があるのだが、それが縁で異世界転移後に居合と剣道を教える青空道場がそこで開かれるようになっており、近くに住んでいた初音は幼い頃から鍛錬してきたのだ。
「……優しい幼なじみに恵まれて私は本当に幸福者です……もしわたしひとりだけだったら、とっくに心が折れていたと思います……これからもご迷惑をおかけするかもしれませんが……。どうか、よろしくお願いいたします」
初音はずっと武道をやってきただけあって、生真面目すぎるところがあった。
この中で最も強いのは初音なのだが、驕ることなく謙虚そのものである。
そんなところが、川越市民たちからも人気であった。
町で買い物をしていれば、川越娘たちというだけでサービスをしてくれる。
そういう意味では、街から愛されるご当地アイドル的な存在とも言えた。
(ほんと、みんなで支えあっていかなきゃな……)
この漫画を描いたのも、三人の心が少しでも和(なご)めばいいと思ったからだ。
幼なじみとして、マネージャーとして、できることをやる。
今は、それだけだ。
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