第二話「漫画の描けるマネージャーと失われたオタク文化(ロスト・カルチャー)」

 異世界は娯楽が少ない。なので、食べることは楽しみなのだ。そして、娯楽といえば――毎年秋に行われる異世界転移後も『川越祭』は最大のものだ。

 異世界にも山車(だし)が転移していたので、毎年、各町を練り歩いている。


「今年も無事、川越祭を開催できればいいですよね。お祭りの日だけモンスターが現れなければいいのですが……」


「……ん……そう願いたいところだけど……モンスターが発生するようになってから……モンスターが現れなかった日はない……」


「ほんと、よくこれだけの数のモンスターが毎日湧いて出てくるよねぇ~! しかも食べられないんだから嫌になっちゃう!」


 この異世界のモンスターたちは倒した瞬間、光の粒子のようになって霧消してしまう。なので、獣型のモンスターを仕留めたからといって、食肉になることはない。

 ゆえに、これまでに数えきれないほどのモンスターを倒しても処分に困らないという面はあるが……。


 しかし、毎日平均百体ほどのモンスターを倒さねばならないのだから大変だ。

 それだけ動き回って戦えばお腹も減るし、おやつが楽しみになるというものだ。

 消費したカロリーを補うべく、彼女たちはかなり大食いだった。


 幸い、この異世界は気候が元の埼玉県と似てるので、作物はよく育つ。

 おかげで、食糧難は今のところ防げている。


「富士見櫓で見てたけど、今日もすごい戦いだったな。あれだけの数を相手に圧倒的だったじゃないか」


「雁田くんが作成してくれたモンスターイラストのおかげです! 弱点をまとめていただいたおかげで、適確に対応策を練ることができましたから」


 川越で一番高い富士見櫓にいることで、道也はモンスターたちをじっくり観察することができた。なので、戦いのたびにモンスターのイラストを描いて、種類をまとめ弱点なども記録しているのだ。


「……ん……あのイラストは、もはや芸術の域……川越市立美術館で展覧会を開けるレベル……」

「そうそう! 雁田っちは、昔から、絵ほんとにうまいよなぁ~! 将来、画家になれるんじゃない!?」


 道也には、幼い頃から画才があった。


 どちらかというと武道よりも絵の勉強をしたいぐらいだったが、この異世界で生きてゆくためには、まずは心身を鍛える方向にならざるをえないので納得はしている。


「まぁ、絵は趣味みたいなものだから。……それよりも俺も早く異能力に目覚めて闘いたいよ。そうすれば、みんな休みをとれるようになると思うし」


「ふふっ♪ 雁田くん、優しいんですね♪」


「……ん。お茶を淹れるのも上手いし、うちの和菓子屋の婿にきてほしいぐらい……手先が器用だから、和菓子作りにも向いてると思う……」


「あたしの家に来て、毎日ご飯を作ってくれー!」


 男が道也だけだからか、妙に彼女たちからの好感度が高かった。


(俺しか同年代の男がいないからなぁ……)


 しかし、そんなことで浮かれるような性格ではない。

 むしろ、そんなことで浮かれるようではマネージャーのような役割は果たせない。


 昔は幼なじみ同士ということで下の名前を気軽に呼びあっていた頃もあったが、今はマネージャーという立場もあるので公私混同せずに上の名前で呼び合っている。


(ま、俺はリアルの恋愛よりも絵を描くほうが楽しいからな……)


 幼い頃の道也はひとりで地面に枝を使って絵を描くことが趣味であった。和紙と筆が普及し始めると水墨画を、絵具が普及すると本格的な絵も描くようになった。


 中学時代には、転移前の世界から伝わっている漫画やアニメキャラの絵なども参考にしてイラストを描いたりもした。


 それらのオタク文化は『ロスト・カルチャー』と呼ばれていて、老若男女問わず好事家たちの集まる『ヲタ会』によって共有され、楽しまれている。道也も、その会員である。


 元の世界の川越にはアニ●イトなどのオタク系ショップもあったそうで川越の若者にもオタク文化は浸透していたらしい。残念ながら、観光エリア外なのでオタク系ショップは転移しなかったのだが……。


(やはり、二次元こそ至高だな)


 漫画やアニメキャラの美少女は、描いていて実に楽しい。これまでに初音たちから頼まれて、それぞれの似顔絵やアニメキャラ化したイラストも描いてきたが、かなり好評だった。


(……元の世界じゃ、このイラストが映像として動いたりするっていうんだからなぁ……)


 転移前の世界を知る中年のオタクたちは、いかにアニメが素晴らしく感動的であるかを語っている。監督、演出、脚本、音響、アニメーター、声優たちが一体となって作り上げるアニメは、実に感動的なクオリティらしい。


(……元の世界に行って、一度、アニメを見てみたいなぁ……)


 この先、そんなことが叶うかどうかは未知数だった。

 それに今はモンスターたちと戦って街を守る川越娘たちを支援せねばならない。


 いずれ文明レベルが上がって潤沢に電気が自由に使えるようになれば、あるいはそっち方面の投資もされていくだろうか。


(……まぁ、まずは毎日の交戦状態がどうにかならないことにはな……)


 そんなふうに考えこんでいると、川越娘たちはムッとしたような表情を浮かべる。


「まーた、雁田っちが遠い目をして、ここではないどこかに想いを馳せてるー!」


「……これだけの美少女が目の前に三人もいるのに物思いに耽けっていられるだなんて……ある意味で大物……」


「……道也くん、わたしたちとお話するの、つまらないでしょうか……?」



 芋子はジト目で、茶菓はいつもの無表情で――そして、初音は悲しそうだ。


「す、すまん! いや、つまらないとかじゃなくて、俺、物思いに耽るのが癖というか……ともかく悪気はないんだ!」


 実際問題、本当に三人はとてつもない美少女なので意識をしたら、まずいことになる。川越娘ファンクラブ会長(二十八歳・女性)からは「小江戸川越の至宝である川越娘のみんなにちょっかい出したら、わかってるでしょうね!?」とことあるごとに言い聞かされていた、もとい、脅されていた。


(……まぁ、俺たち幼なじみだから、あんまりそんな雰囲気にならないんだよな……)


 同年代が四人だけということもあって、兄妹のように育ってきた。

 だから、逆に距離が近すぎて恋愛感情は芽生えない。


(そもそも俺には二次元がある。だから、三次元は必要ないんだよな)


 むしろ、道也は暗示のように自分の心に言い聞かせていた。

 そうでもしないとマネージャーの役は務まらない。

 色恋沙汰のゴタゴタで連携が崩れるわけにもいかないのだ。


「ああ、そうだ。三人の活躍を漫画にして、書き出してみたんだ。見てみるか?」


 話題を逸らすべく、道也は鞄から制作途中の漫画原稿を取りだした。


「ええっ!? あたしたちのこと漫画にしてくれてるの!?」

「……それは素晴らしい……ぜひ、見てみたい……」

「本当ですか!? ぜひ見たいです! 雁田くんの描いてくれた漫画!」


 すごい食いつき具合だ。娯楽の少ない世界なので、絵は特に喜ばれる。

 テレビもパソコンもなく、電気を使うあらゆる娯楽がないので当然とも言える。


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