【第一章「戦う川越娘と漫画の描けるマネージャー」】

第一話「狭山茶&芋ようかんタイム~戦う川越娘と世話するマネージャー~」

「やれやれ、今日の襲撃も終わったようだな……」


 雁田道也(かりたみちや)は、小江戸川越で最も高い『富士見櫓』から戦場となった北方上空を見守っていた。


 川越娘の三人は、押し寄せてくる百を超えるモンスターたちを抜群の連繋で倒していき、本日も市民への被害を防ぐことができた。


 この戦いが始まって、すでに三か月――。


 最初は上手く連携がとれずにモンスターの市街地への侵入を許してしまったり彼女たち自身も負傷することもあったが、今日もノーダメージだ。


 とはいっても、三時間ほど戦い続けた彼女たちに疲労がないわけがない。

 モンスターの襲撃が始まってから、彼女たちに一日として休息はないのだから。


 なお、小江戸川越防衛隊『川越娘』の詰所は『富士見櫓』の近くにある『本丸御殿』に置かれている。そして、付近にある『川越市立博物館』が後方支援施設兼武器庫になっていた。


「さて、茶を淹れるか」


 異世界に転移したばかりの時は緑茶を飲めなくなると大人たちは嘆いていたらしいが、すぐに自生している茶の木が発見されて、郊外で栽培されるようになった。

 しかも、元の世界で、川越市民にも飲まれていた狭山茶と同じ品質らしい。

 

 茶のほかにも様々な作物が発見されており食料の安定供給が達成できてからは和菓子などの嗜好品も作られるようになっている。サツマイモも自生していたおかげで、川越名物の芋ようかんも復活することができたのだ。


「今日は芋ようかんが差し入れで来てるし喜ぶだろうな」


 道也は富士見櫓から石段を下りていき、「とおりゃんせの唄」発祥の地とも言われている三芳野(みよしの)神社の横の小道をとおり、本丸御殿へと到着。


 近くに掘られた井戸から水を汲み、傍に設置されている竈でお湯を沸かす。


 電気がないので炊事も洗濯も江戸時代並なのだ。(わずかながら太陽光発電と非常用の発電機はあるが、市役所のみ使っている状況だ)。


 なので、火を起こして使うことが当たりまえとなっている。おかげで、転移この方、ボヤ騒ぎが何度があったが――どうにか大事に至らずに済んできた。


(……そもそも『蔵造りの街並み』って、明治時代の大火をきっかけにして防火対策の面から作られたらしいしな……)


 明治26年3月17日に起こった『川越大火』。このときに焼けずに済んだものが蔵造りの建築物だったことから、その後の復興で蔵造りの建築物が普及したのだ。


 ともかくも、道也はお湯を沸かし、お茶を入れる準備を続ける。


 川越娘たちは戦闘のあとは川で水浴びをして汗を流してジャージ姿になってから本丸御殿に来るのが常であった。


 戦闘用の服は着慣れた格好ということで、剣道・弓道・柔道の稽古着だ。

 その上に異能の力で守護武装をまとうことになる。いずれも、それぞれの稽古着を発展させたような装備になっているので、イメージが装備に影響するらしい。


「俺も早く戦えるようになればなぁ……」


 異能力がなければ彼女たちのように自由自在に空を翔んで戦うことができない。

 戦うことはもちろんだが、早く空を自由に翔けてみたい。


「ああ、早く誕生日にならないかな」


 なんでほかの三人は四月産まれなのに、自分だけ三月生まれなのか。


 そのことに不満を覚えつつも、こればかりはどうしようもない。そもそも誕生日になったら彼女たち同様に異能が発現するのか未知数ではあるのだが――。


 やがて、空中に三人の姿が現れ、本丸御殿前に着地した。

 それぞれ、ジャージ姿だ。


「お疲れ様! 今、お茶を淹れるから。今日のおやつは芋羊羹だぞ」


「それは素晴らしいですね!今日のおやつが芋羊羹だったらいいなと思っていました」


 まずはリーダーである剣の達人・霧城初音が、笑みを弾けさせた。

 戦闘中は後ろで結わえていた髪を解いており、水浴び後で濡れた黒髪が艶やかだ。


「……茶菓も今日は芋羊羹の気分だった……」


 続いて、日本人形を連想させる背の低い弓道少女――蔵宮茶菓(くらみやさか)が、ぼそりとつぶやく。表情が乏しくしゃべるときも抑揚がないので、ますます人形っぽい。


「やったー! あたしも今日は芋ようかんって気分だったんだよねぇ~!」


 最後に、ショートカットの明朗快活を絵に描いたような鰻川芋子(うなかわいもこ)が笑顔を弾けさせた。この中で一番のムードメーカーで、いつも感情のままに生きているフリーダム少女だ。


 いずれも、アイドルが務まりそうなほどの美少女たちである。

 ルックスもスタイルも性格も抜群で、なおかつ戦闘力も高い。


 彼女たちは小江戸川越防衛のために欠かせない存在であり、この町の精神的支柱であった。ほぼ毎日モンスターに襲撃されても市民が恐慌状態に陥らないのは、ひとえに彼女たちのおかげである。


 というよりも町全体が彼女たちのファンみたいなものだ。


 ゆえに、もっとも彼女たちと接する機会の多いマネージャーの道也は市民たちから嫉妬されたりもしていたが……。


(……まぁ、これだけ美人だとなぁ……)


 全員と幼なじみで長いつきあいとはいえ道也も年頃の男なのでドキッとしてしまうことはある。だが、極力、恋愛感情を持たないように気をつけていた。


 彼女たちは、ただの女子高生ではない。

 文字どおり三人に小江戸川越の命運がかかっているのだ。


 道也は沸かした湯の入った薬缶を手に、靴を脱ぎ、一緒に本丸御殿へと移動する。


 正面にある畳敷きの広間が休憩室兼作戦会議室兼教室だ。ほかにも奥のほうに小さな部屋がいくつもあるが、そこは倉庫や食糧庫代わりとなっている。


 三人は、広間の畳に腰を下ろすと、足を延ばしてリラックスした姿勢になった。

 さすがに三時間もぶっ通しで戦ったのだ、疲労はあるだろう。


(……今の俺にできるのは、三人にお茶を淹れることぐらいだからなぁ……)


 女子たちを戦わせて安全地帯にいることに引け目を感じるが、今できることをやるしかない。


 道也は急須に茶葉を入れて、それぞれの湯飲みにお茶を注ぐ 

 続いて、棚から芋ようかんを取りだして、包丁で均等に切っていった。


 毎日、お茶と茶菓子ばかり出しているので、お茶の淹れ方もだいぶ向上していた。

 どれぐらいの熱さが好みなのかも把握できている。


 初音は熱めが好きで、芋子はぬるめ、茶菓はその中間といったところだ。

 なので、お茶も初音、茶菓、芋子の順番で少し時間を空けてから注いでゆく。


「どうぞ」


 道也が促すと三人は「いただきます!」と声を合わせて、それぞれお茶を飲み、芋ようかんを口に運んでいった。


「はふぅ……♪ 雁田くんの淹れてくれたお茶、やっぱりおいしいです♪」

「……ん。……また一段と、お茶を淹れる技術に磨きがかかった……」

「芋ようかんうまい! 汗かいたあとに飲む緑茶最高ー!」


 三人は表情をほころばせて、緑茶と芋ようかんを堪能していた。

 すっかり三人のマネージャーとして働くことが道也の仕事になっていた。

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