カワゴエファンタジー~小江戸川越異世界転移記~
秋月一歩@埼玉大好き埼玉県民作家
ぷろろーぐ
序「小江戸川越異世界転移と『川越娘』」
2030年、3月30日午後5時55分55秒――。
埼玉県川越市に隕石が飛来した。
それも、小江戸川越のシンボル的存在――『時の鐘』に。
隕石直撃の瞬間――時空が歪んだのか、なんなのか未だに謎であるが――時の鐘を中心とする小江戸川越エリアは異世界の荒野へ転移してしまったのである。
転移した川越の主な施設を列挙すると、川越市役所、川越城本丸御殿、川越まつり会館、川越市立博物館・美術館、初雁球場、時の鐘、菓子屋横丁、一番街(蔵造りの街並みがあるメインストリート)、大正浪漫夢通り(大正の雰囲気を感じられる石畳が敷かれたエリア)などである。
ほかには川越大師喜多院や川越氷川神社などの観光エリアの中心からやや離れた寺社仏閣も離れた位置に転移していた。
一方、転移してきた人間は――観光客、店員、公務員、元からの住人たちである。
当然、転移したことに気がついた人々は驚き、パニックになったが――行政機関が転移してきたことは幸いであった。
川越市役所の公務員たちや商工会のメンバーが中心となって混乱を治め、行き場のない観光客たちは旅館や寺社、博物館に分散収容することになった。
ただ、電気も水も使えなくなったことは問題だった。
あとは、なによりも食糧の問題が大きい。
観光客のためにかなりの量の食材が用意されていたとはいえ、冷蔵庫が使えないのではすぐに傷んでしまう(なお、異世界の気温は二十三℃ほどであった)。
市役所には太陽光発電や災害用の発動機はあったが、燃料には限りがある。
このままではいずれ飢えと衛生状態が悪化すると判断した川越市役所は迅速に全方角の地形情報を集めた。
その調査結果により、川越市役所から東方の歩いて行ける位置に沼があることがわかった。それは、元の世界にあった埼玉県最大(関東では二番目の大きさ)の伊佐沼(いさぬま)と酷似していた。
さらに付近に川が流れていることも確認できた。
これも、元の世界の入間川・荒川・新河岸川と酷似していた。
ほかの方角に関しては、ひたすら荒地が続くのみであった。
ただ、地質は関東ローム層と似ているので作物を植えることは可能と思われた。
なお、沼や川に棲息する魚もコイやフナなどであり、転移した場所がまったくの未知の星ではなく、さらには元の川越に近い場所であることに人々は安堵した。
水の問題が解決できたことは大きい。あとは、文明レベルさえ落としていけば――それこそ江戸時代は電気などなかったのだ――自活していくことは可能となった。
そして、小江戸川越は――文字どおり江戸の暮らしに戻っていくことになった。
畑を耕し、田んぼを作り、水路を設け、食糧生産を安定させていく。
井戸も堀って、街中での飲用水も確保。
トイレは、昔ながらの汲み取り式へと変わっていった。
最初はその方針に反対したり混乱していた人々もいたが、数十度にも及ぶ話し合いの末にこの地で生活していく決意を固め、それぞれが土地を開墾していった。
こうして転移してきた人々が異世界で生きてゆくようになってから、十七年が経過した。その間、市役所の職員や転移した人の中にいた教育関係者によって教育機関も整備されていった。具体的には、本丸御殿を利用した学校である。
そこで教育を受けた元の世界を知らない少年少女たちが、いよいよ高校生となる年齢となった。
といっても、もともと転移した人数がそこまで多くなかった上に異世界転移の影響によるものなのか市民は子宝に恵まれることが極端に少なく、異世界転移の年に生まれたのは四人だけである。
そして、そのうちの三人が誕生日を迎えたときに、事態は急変した。
四人のうちの三人の女子高生が十六歳の誕生日を迎えるとともに(たまたま三人は四月生まれだった)――異能力としか言いようが不思議な力が芽生えたのだ。
三人は異常なほどに身体能力が高くなっただけでなく空中を自由に飛ぶという魔法としか言いようのない能力まで使えるようになった。
その混乱の中、事態は翌月にさらなる展開を迎える。
五月五日午後五時。
川越周囲にモンスターとしか言いようがない異形の存在が現れたのだ。
これまでこの世界にいた獣とはまったく異なる種である。
しかも、好戦的であった。
狼や虎を擬人化したような化物や蜂を巨大化したような怪物たちは柵と堀で囲われた街へ侵入し、川越の人々を襲い始めたのだ。
治安維持のために組織されていた『小江戸見廻組(こえどみまわりぐみ)』の面々は川越博物館の保管していた日本刀や槍で応戦したが、重傷者が出るほどの被害を受けてしまう。
そこで、異能力に目覚めていた三人の女子高生は川越を助けるべく戦った。
居合と剣道の達人である霧城初音(きりしろはつね)は、川越市立博物館に伝わっていた日本刀でモンスターたちに立ち向かい、次々と斬り捨てた。
和菓子屋の娘である蔵宮茶菓(くらみやさか)も、これまで研鑽してきた弓道の腕を発揮して次々とモンスターを射殺し、被害を最小限に食い止めた。
農家の娘である鰻川芋子(うなかわいもこ)も、鍛錬してきた柔道と空手と異能の力をあわせてモンスターを倒した。
一時は五十匹にも及ぶモンスターたちによって危機に陥った小江戸川越であったが三人の『川越娘』たちのおかげで救われたのである。
なお、彼女たちは強く念じるとともに自らを守る鎧のような武装を纏うことができた。それらは仮に『守護武装』と呼ばれることになったが――その防御力は川越博物館に展示されている鎧兜以上の強度を誇っている。
ともあれ。その後もモンスターの出没は続いたため『川越娘』たちは毎日のように守護武装を纏って戦う日々を送っていた。
残りの同級生――唯一の男子である雁田道也(かりたみちや)は、そんな三人の支援に回った。道也は、彼女たちのような異能力を発揮できなかったのだ。
いずれ十六歳になれば彼女たちのように能力が発現するのかもしれないが、道也は3月生まれなので、それを待たねばならなかった。
一方で、小江戸川越の大人たちも『川越娘』たちを支援するべく防衛施設を拡充。
かつての川越城のように水堀が巡らされ、城門が再建され、見張りのための櫓(富士見櫓)までも再建された。
これは、異世界に転移した小江戸川越で青春を送る四人の高校生たちを中心としたカワゴエファンタジーである――。
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