第1章 5話 君は、僕のもの
あれから何度かやり取りして、彼が失恋したことを突き止めた私は、それを利用した。それまではただの友達だった相手。好意を引き出すには、私の好意を示すしかない。
私から『好き』とは伝えなかったが、多くの時間を彼のために注いだ。次第に、打ち解けて彼自身も会いたいとさえ言ってくれるようになった。
「たつ兄、仕上げができた。大和さんに連絡とってもらえる?」
パソコンから視線を上げ、隣で本を読んでる達也に声をかけた。
「うん、いいよ。それで?何て誘ったの?」
「……親と喧嘩した。涙が止まらない。私なんて居なければ良かったんだ……って。そうしたら、今から会いに行くから○△公園で待っててって」
私は、パソコンの画面が見えるように正面から退きソファへと腰掛けた。達也は私の言葉を聞きつつも、メッセージを読んでは声に出して笑っていた。
「君も大概だね。相手は二時間かけてわざわざ来てくれるんだ?面白いね、傑作だ。ふふふ、よく、嘘で塗り固められてる。僕が期待した通りだよ、君は呼吸するかのように嘘をつける」
「そんなことない……」
心が痛まない訳じゃない。でも……。
「謙遜はいいよ。本当に良くできたね。偉いよ。さ、大和を呼ぼうかな」
そうやって、上手くできると人一倍褒めてくれるから。達也に褒められたいから、痛みに蓋をして見て見ぬふりをしているんだ。
彼は大和さんに連絡を入れると、あきらさんにも電話し始めた。私がうまく出来たことをすごく嬉しそうに報告していて、なんだかくすぐったい気持ちになった。
数十分して、達也の家のインターホンが鳴る。達也から迎えに出るよう言われて、玄関のドアを開けた。
「やあ、嬢ちゃん。上手くやったんだってな。偉い偉い、ちゃんと達也さんの役に立ってんな」
大和さんは、ニカッと笑うと私の頭をポンポンと撫でた。
「大和。ご苦労さん」
玄関で立話していると、リビングから達也が顔を覗かせた。
「達也さん!すみませんね、つい。嬢ちゃんも成長したもんですね。おめでとうございます」
達也に向かっていい大人が深々と頭を下げた。達也もそれを満更でもない笑みで見ている。ここの人たちにとっては、これは普通なことなんだろうけど、私からしたら変な光景である。
「たつ兄……そろそろ時間」
「そうだね。準備しなきゃいけないね。大和、分かってるよね?」
「任せておけって。嬢ちゃんを守ればいいんだな」
大和さんは車で来てるそうで、待ち合わせ場所の公園まで送ると言ってくれたため車へ移動するが、達也は、私達が車に乗り込む前に玄関の扉を閉めた。
「見送ってはくれないのかな……」
「それだけ、嬢ちゃんを信頼してるってことだ。不安に思う必要はねぇ。俺も何かあれば動く、安心して力を尽くしてきな」
「うん……」
達也が何故見送らずに、扉を閉めたのか分からない。すごく不安に思う。会いになんか行かずに、今すぐ達也の元へ行きたい……。そこまで考えて、何故彼が見送らないのか察した。
私も達也に依存しているということを。
なんとなくだが、わざわざ会いに行かせる理由は、私が依存していると自覚させるためなのだろうと分かる。
大和さんに送ってもらい、彼と会った。気の優しそうな男性で、話もメッセージと変わらずとても面白かった。
「元気出た、ありがとう。遠いのにごめんね?」
「いいんだよ。君の役に立てたなら、これくらいの距離どうってことないよ。いつでも辛くなったら連絡してきてね?僕は君の味方だから」
ああ、なるほど。達也はこうやって人を集めたのかと唐突に理解する。役に立ちたいと思わせるには、好意を利用するのが何よりも手っ取り早いんだ。
私は、彼が見えなくなるまで手を振って別れた。
「私の味方……ね。そんなこと言っても他人だから、本当に困ったときは助けてくれない。……偽善者」
私は、達也やその仲間以外は皆偽善者に見えてしまう。味方だから、ずっとそばにいるから……そんな言葉がまやかしだと学んでいるから。
パチパチパチパチと何処からともなく、拍手が鳴り響いた。私は彼が去った方から視線をずらす。
「おいで」
そこには、数時間前に会っていた達也がいて、私は弾かれたように彼に走り寄った。
「たつ兄……」
「僕の必要性は、理解できた?」
ほら、やっぱり。狙いはそこじゃないか。私は彼に対する恐怖だけでなく、依存によっても縛られる。仕方ないよ、彼の隣は心地いいんだから……そういって自分自身に言い訳をした。
「君はどんどん僕にハマっていくね。もう抜け出せないんじゃないかな」
「知る前には戻れない。そんなこと、どんな経験にも言えることだよ」
「正解。いい子だね、さあ帰ろう?大和も待ってるから」
達也は私の手をしっかり繋ぐ。そして、引き寄せるように引っ張るから、私は彼に抱きつくような姿勢になってしまった。
「わお、大胆」
「え、これはたつ兄が引っ張るからで」
慌てて離れようとするが、それは許されない。達也がぎゅっと抱き締めるから私は、身動きがとれなくなった。私の耳に唇を寄せると囁くように呟く。
「君は、僕のもの」
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