第1章 3話 心理を動かす、その方法
あれから達也は、あきらという人を紹介してくれた。物腰は柔らかく、笑顔が素敵な男性……のように見えるけど。何故だろうか。私には、それが貼り付けられた笑みにしか見えないし、胡散臭い。達也のような底知れない感覚はないが、どこか人を見下している……そう思えてならなかった。
「やあ、おかえり。達也が待ってるよ」
こうやって、毎日私の学校が終わるとバイクで迎えに来るあきらさん。
この人が来ると、校門にやたら女子が集まってきて鬱陶しいからやめてと伝えたのに……。「これは君のためじゃないよ、達也がそうしようって決めたことだから」と言われてしまう。達也にもお願いしたけど、聞き流すだけだ。
あきらさんのバイクに乗ると、他の生徒には目もくれず私を連れて走り去る。私達が向かうのは、決まって達也の家だった。
達也の両親は海外で仕事をしているらしく、一人で一軒家に住んでいる。そのためか、あきらさんもほぼ同居状態だった。
私も共に住むよう誘われはしたが、家族に心配をかけるからと断った。
「ただいまー、達也」
「ご苦労さん」
達也は、リビングのソファーにふんぞり返りながらひらひらと手を振った。
「あれ?あきらの『ただいま』は聞いたけど……君は?僕はなんて教えたかな?」
達也宅に来始めたときに言われたことがある。必ず挨拶をすること、勝手に家にあるものに触らないこと、許可なくリビング以外の部屋に立ち入らないこと、達也のことは兄と思うこと、呼ぶこと……等々ルールがあると教わった。
だいぶ慣れてきたこの頃は、たまに挨拶を省略するときも出てくるってものじゃないか?って思うけど、達也はそこは断固許さない。
「お邪魔します」
「そこは、ただいまでいいよ。君は、家族だ。僕らにとって他人ではないからね」
家族。彼は、この言葉をとても気に入っている。ルールのなかにもあるくらいだ。
「……ただいま」
正解をいうまで、許してくれないのは分かっているから大人しく従う。そうすれば、彼は、とてもご機嫌そうに笑顔を向けてくれる。
「おかえり。学校はどうだった?」
同じことを毎日聞いて、飽きないのだろうか。返ってくる答えなんて変わらないのに。
「変わらない」
「それは、何より」
私は、先に達也の向かいに座りに行ったあきらさんを目で追っていた。達也のこのあとの言葉は予想できる。「座らないの?」だ。毎日そう促されて、私は達也の右隣の小さめの椅子に腰かける。
「君は僕の言葉を予想しようとしてるの?」
いつもと違う聞き返しに、少し戸惑った。
「随分偉くなったね。僕に言葉遊びを仕掛けようだなんて」
何が彼を不機嫌にさせたのだろう。私が彼の言葉を予想したのは1秒程度の沈黙の間だけなのに。
「何故、僕が毎日君に学校のことを聞くか分かる?」
「分かる」
達也からは毎日これでもかってくらい、心理学について叩き込まれた。そのなかで、日課なのは彼との言葉遊び。自分から仕掛けることは許されず、彼から仕掛けられたものを受け流す……という訓練だったが。
「言ってみ?」
「……悪趣味」
私の言葉に、黙って会話を聞いていたあきらさんが吹き出した。達也はそれには目を止めず「答えが違う」と目で訴えてくる。
「達也は、学校の様子が知りたい訳じゃない。私が死のうとしないか見張っているだけ。だから毎日同じことを聞く。お前は誰のものか、分かっているか?って私に再確認させるために」
「ふふ、正解。よくできました」
無駄なことが嫌いな達也が、毎日同じことを繰り返す理由なんてこの一択だろう。所謂脅しだ。勝手に死ぬことは、許されないと毎日確認させられる。死んではならないと植え付けて、相手の心理を誘導する。こんなことをかれこれ半年近く繰り返すうちに、私の中では死ぬことは、達也の機嫌を損ねる=悪いことみたいな認識に変わっていた。
「でも、君は1個だけ不正解をしたね」
「……ごめんなさい。言い直す、たつ兄」
兄として呼ばないとペナルティーー
なんとも怖い人なのか。私をルールで雁字搦めに捕らえて、離さない。
「仕方ないなぁ。今回は見逃してあげる」
「良かったね。達也の機嫌がそこそこ良くて。そうだ、達也!コーヒー飲む?入れてくるよ」
そう言ってあきらさんは席を立った。私の横を通りすぎるときにフッと笑みを浮かべて、流し目をする。良かった、なんて思ってない。達也からのペナルティが見れると思ったのに残念、そういう目だった。
「おいで。僕の隣へ」
その言葉に、あきらさんは一瞬歩みを止めたがすぐに歩を進め台所へと姿を消した。
おいで……なんて、是非とも遠慮したい。でも、達也に逆らえるわけもなく私は彼の隣に腰を下ろした。すると、すぐに肩を引き寄せてくる。
「いい子。さあ、今日もお勉強しよう。君のお披露目までにもう少し力をつけようね」
達也の笑みに欲望がギラギラと溶け込んでいる。ゾクリと背中に汗が伝うのを誤魔化しながら、達也の声に耳を傾けるのだった。
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