第38話「深夜・午前2時前」
ベクターフィールドは、こう読んだ。
――
悪魔や霊の調査を指揮した事はあるだろうが、互いの存在を知った上で調査した経験は薄いはずだ、と。
だから今、ベクターフィールドは土師が
――来たぜ?
土師の部屋を遠目に見るベクターフィールドは、自分がここまで接近しても霊が現れる気配がない理由を考える。
――あいつが取れる手は、あの拘置支所から俺や
霊を総動員して圧殺するなら、非正規の死神よりも魔王の方に手を取られるぞはず。だからベクターフィールドも慎重に周囲を探っているが、霊はいない。
――空振りか、それとも当たりか?
周囲に視線を巡らせつつ片手で操るスマートフォンには、表情に苦いものを走らせてしまう。ベクターフィールドは、やはりスマートフォンやPCといった通信機器には信用が置けない。悪魔にとってセキュリティなどないに等しいし、また人間も傍受する事が可能なのだ。傍受不可能な軍用や警察用のシステムもあるが、
しかし見張っていなければ逃してしまう可能性もあるのだから、ベクターフィールドは高を括ってグループ通話に設定する。
「色々な因縁があったぜ」
眠れぬ夜を過ごしている二人に、ベクターフィールドは見えないと分かっていても薄笑いを浮かべてしまう。
「あの薬物の元締めがコイツだった。手広くやってるみたいだな」
霊を使った復讐代行、死神を撃退する事での延命が一般的に主として行う活動であるが、土師は悪魔との協力体制を敷いている。魂に興味を持たない悪魔が増えた今、体液を凝固させて
「意外と悪魔は
無限に等しい寿命を持ち、また地獄での責め苦に晒され、責める側に回って悪魔に転じた者は揃って
ベクターフィールドも、悪魔の体液から薬を作るのは昔からよくある事件だとはいったが、悪魔が自発的に思いつき、動くことは稀だ。
「だから
ベクターフィールドが告げた言葉は、今まで八頭と亜紀が経験してきた事を全て繋げる。
老婆の延命のため死神を撃退した事件。
悪魔の体液を使い、
クリスを標的にし、霊を差し向けた事件。
鳥飼裕美を使い美人局をしていた事件。
繋げられるとすれば、八頭のように非正規の死神をやっているか、亜紀のようにベクターフィールドと契約しているか、そういったイレギュラーな存在だけだが。
そこでベクターフィールドは「で、だ」と一度、話を切った。
そして挑発するような口調で、
「俺が一人で行くのがいいと思うぜ」
ただし声と言葉へ含めた挑発は、八頭を足手まといだといいたいのではない。
「どうせ冥府からの援軍なんて、もらえないんだろう?」
八頭が足手まといかどうか、試そうというのだ。土師の分かりやすい言動から考えれば、大軍団で行けないならば、単独で潜入する事が最も成功率が高い。
「あぁ、その通りだ」
八頭は独力で動くしかない。しかも非正規の死神である八頭には、武器や防具は支給されず、支給されるのは精々、
ただし八頭が
――単独か、それに近い少人数、だ。
しかし、それを付け加えようとした八頭の横で、亜紀が口を挟む。
「ちょっと考えを纏めさせて」
亜紀は小首を傾げ、
「多分、この人はアジトみたいなものを持っていたり、侵入者を排除できるシェルターを持っていたりはしない」
亜紀の思考を巡らせ始めると、ベクターフィールドはククッと喉を鳴らして笑う。
「なんで、そう思う? 金なら持ってるぜ。あの
問題にはなっていても取り締まれない薬の元締めをしているんだ、というベクターフィールドに対して、亜紀は否定する。
「お金があっても、建てられないわ。釣り天井とか落とし穴とか、そういう命に関わる罠を作ってくれる大工さんなんている訳がない。仮にいたとしたら――」
亜紀は声を
「
潜めた声にある嫌悪感は、そんな仕掛けを作るような人間を育てようとするならば、見下げ果てた事だと感じているからだ。同時に公務員が築いてきたシステムを
「……」
横目で見ながら、八頭は苦笑いしてしまう。昨今の公務員の非正規化は、そういったシステムを破壊しかねないし、冥府が八頭のような非正規の死神を派遣するようになった事も同様だ。
――この世で起こった事は、この世に生きている者が解決しなければならないなんて
呪術師を雇って死期を延ばそうとする事も、霊を操って復讐しようとする事も、呪術師という存在が背後にある限り人間が解決しなければならない事に含まれる。
含まれるはずだ、と冥府が解釈した結果であるからこそ、現役の警察官である亜紀が人材育成について語るのは皮肉に聞こえる。
そして皮肉に聞こえるのは、ベクターフィールドも同じだ。
「悪魔に作らせればいい。空き家を改造してもいいはずだぜ」
口調に若干の意地悪さを滲ませたベクターフィールドへ、亜紀が返す言葉は短い。
「無理」
亜紀は即答できるロジックを組み立て終えている。
「今さっき、ベクターフィールドは悪魔は創作活動はできないっていったわ。なら、呪術師が一から十まで指示しなきゃダメ。でも効果的な罠の配置を勉強している人じゃないんでしょう?」
ニュアンスは若干、違うが、土木や建築の知識を持っている訳でもなく、また軍隊で教えるような築陣など
「ただし、冥府? 死神から隠れられる、また死神を撃退する術は知っているから、何らかの手段は講じてる」
それらから亜紀が出す結論は、ベクターフィールドとは逆になる。
「私と八頭さんもついて行く方がいいって結論になる」
その理由は――、
「だって、私と八頭さんは
亜紀の答えこそ、ベクターフィールドが望んでいたも。
「悪魔や死神に対する防御や対処から、少しズレてしまうんでしょう?」
ここまで聞ければ、ベクターフィールドも満足だ。
「あァ、だろうな」
そこに気付くならば、亜紀は足手まといではない。
八頭もそれを証明できる。
「もし――」
口を開いた八頭も、ロジックがあるのだから。
「もしベクターフィールドと呪術師が戦えば、形としては生者と死者が戦っている事になる。冥府はベクターフィールドの排除に動く。けど俺なら人と人。呪術師が霊を召喚して対抗すれば、今度は呪術師が冥府を動かす引き金を引く事になる」
二人からは見えないが、電話口でベクターフィールドは満足そうに頷いていた。
「足手まといじゃねェようだぜ」
冥府の助けはなく、ベクターフィールドに眷属がいない以上、立ち向かえるのはこの場にいる4名のみ。
それでもこの瞬間、勝機を見出した。
「GPSを起動させるから、ここに来い」
しかし合流しようとスマートフォンを耳元から離すベクターフィールドは、そこで突然の衝撃に襲われる。
ガラスを粉砕して突き入れられた鈍色の閃光があったのだ。
突き入れられたのはナイフ、それを手にしていたのはクリスだが、ベクターフィールドは驚かない。
「だろうな!」
土師が取れる調査手段は、霊でなければクリスだけなのだから読める。
――ここに停めてるのも、お前が来るだろうからなんだぜ?
クリスを差し向けるしかない土師だと読んでいたベクターフィールドは、待ち伏せていた態勢だ。
寧ろ右腕とスマートフォンを掠めさせた事を、ベクターフィールドは不覚と思っている。スマートフォンが故障してしまえば、八頭と亜紀に知らせる方法がなくなるのだから。
電源が入っている事を画面の光で確認できると、ベクターフィールドは助手席にスマートフォンを放り出す。
「憶えててくれたようで、嬉しいぜ!」
そして蹴破るように運転席のドアを開けた。愛車を自ら傷つける行為は、ベクターフィールドには
バックステップするように回避したクリスに対し、ベクターフィールドは魔王の剣を抜き、対峙する。
しかし二人が直接、戦う事は、冥府の介入を招く可能性が……。
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