邪魔です。
「邪魔するわ。文芸部が廃部の危機だって聞いたから、助けに来てあげたわよ」
ちとせは力強く部室の扉を開いて、そう声を響かせる。
「……!」
そんな風にいきなり現れたちとせの姿を見て、紫浜先輩は急いで俺から距離を取る。
「……よう、ちとせ」
だから俺は軽く息を吐いてから、ちとせにそう声をかける。
「お楽しみのところ、邪魔しちゃったかしら? ……でも私、言ったでしょ? もう影からこそこそ覗き見るのは、辞めにするって」
「そうだったな。でも、どこで聞いてきたんだ? 文芸部が、廃部になるかもって話。……いや、もしかしてお前、その話をしてた時からずっと見てたのか?」
「バカね。そんなわけないでしょ? ……ついさっき偶然、生徒会長に会ったのよ。それで偶々、そんな話を聞いたのよ」
「……偶々、ね」
そんな偶然が、果たしてあるのだろうか? ……そう思うけど、追求したりはしない。だって俺も手段を選ばず、紫浜先輩にアプローチを続けてきた。だからちとせが少しくらい無茶をしたとしても、それを咎めようとは思わない。
「そんなことは、どうでもいいです。それより私は、認めませんよ? 貴女が文芸部に入るだなんて」
紫浜先輩はさっきまでの甘えるような表情を完全に消して、いつもの冷たい瞳でちとせを睨む。
「どうしてよ。だって貴女、今週中に5人の部員が必要なんでしょ? ならもう、全然時間がないじゃない。今日はもうほとんどの生徒が下校してるし、土曜と日曜は部活をしている人しか登校して来ない。だから実質、あと4日。それだけの期間で、貴女は3人の部員を集められるの?」
「……それでも、です。だって私は、貴女のような人と毎日のように顔を合わせるのなんて、絶対に御免ですから」
「随分な言われようね……。でもどうしてそこまで、私を嫌うの? ……もしかして、十夜を取られるのが怖いの?」
「違います。私は……私はこの人のことなんて、何とも思ってません」
「じゃあ、何でよ? はっきり言いなさいよ。……って貴女、なんかいい匂いがするわね。……なに? もしかして、香水つけてるの?」
ちとせは呆れたと言うように、白い髪をなびかせる。
「貴女、十夜のことなんて好きじゃないって言った癖に、学校にわざわざ香水なんてつけて来てるのね。……それによく見たら、化粧もしてるじゃない」
「それは……」
「なに? もしかして貴女、十夜のこと誘ってるの? そういえばさっきもこれ見よがしに、その無駄にでかい胸を押しつけてたわよね?」
「ち、違います! 私はそんなこと、考えてません! ……彼も居るのに、そんなはしたないこと言わないでください!」
2人は見てるこっちが身震いするような目で、睨み合う。だから俺はとりあえず、2人を落ち着かせることにする。
「落ち着けよ、2人とも。……ちとせ、あんまり先輩を怒らせるようなこと言うな。それに先輩も、そんなに怒らなくても大丈夫ですよ? 俺は先輩を、ちゃんと見てます。だから、変な勘違いなんてしませんよ」
「……分かってるわよ」
「……分かっています」
2人は俺の言葉を聞いて、身体から熱を抜くように大きく息を吐く。
「それじゃ一旦、話をまとめてみましょうか。……今週中に5人の部員を見つけないと、文芸部は廃部になる。そしてとりあえず、俺と先輩とちとせの3人が部員候補。けど先輩は、ちとせの入部には反対」
「そうです。私はこの人と毎日顔を合わせるのなんて、絶対に嫌です」
「……そ。でも私は、貴女がどれだけ嫌がっても、毎日この部室に来るわよ? ……だって私、十夜のことが好きだもん」
「貴女……!」
紫浜先輩は、驚いたと言うように目を見開く。けれどちとせはそんな先輩なんて気にもせず、当たり前のように言葉を続ける。
「私は貴女みたいに、恥ずかしがったり、見栄を張ったり、逃げたりなんかしない。……十夜。私はあんたに、抱いて欲しい。あんたが望むなら、何だってしてあげたい。……ううん。例えあんたが望まないんだとしても、私はあんたに触れて欲しいって思う。……それくらい私は、あんたが好きなの。あんただけを、愛してるの」
好き。愛してる。その言葉を言われると、どうしても心臓が跳ねる。……けど、俺は先輩が好きだ。どんな想いをぶつけられても、その想いが揺らぐことはない。
「ちょっと待ってください。どうして私の目の前で、告白なんてするんですか。……不愉快です」
「知らないわ、貴女の気持ちなんて。私はいくら貴女が嫌がっても、毎日ここにやって来て、毎日十夜に告白する。だって私は貴女と違って、十夜のことが大好きだから」
「……貴女。本当にこの文芸部に、入るつもりなんですか?」
「そうよ。いいでしょ? 別に。どうせ私は、十夜が行くならどこにでも行く。なら私も文芸部に入れた方が、貴女にとっても都合がいいじゃない」
「…………」
先輩はそこで一度、黙り込む。そしてカチカチと秒針が何度か響いてから、今までとは質の違う冷たい瞳でちとせを見る。
「分かりました。貴女が文芸部に入ってくださるのであれば、私も助かります。……けれど、あまり目に余るようなことをするなら……私も、許しませんからね?」
「……怖い目ね。でも、まあいいわ。私も、十夜が嫌がるようなことはしたくないから。……けどだからって私は、貴女に気を遣うつもりもない。私は貴女の目の前で、十夜に好きだって言い続ける。絶対に貴女から、十夜を奪ってみせる……!」
「…………勝手に、してください」
先輩はそう言って、ちとせから視線をそらす。そしてそのまま、ゆっくりといつもの席に腰掛ける。
「…………」
「…………」
「…………」
だからこの場には、重い沈黙が広がる。先輩は本に視線を向けたまま、何かを言う気配はない。そしてちとせも、そんな先輩を冷めた目で見つめたまま、口を開く気配がない。
だから俺が、そんな沈黙を打ち破るように口を開く。
「まあとりあえず、これで部員3人が集まったってことだな。……けどちとせの言う通り、今日はもう時間がない。そして土曜と日曜も、ほとんどの生徒は学校には来ない。だからあと4日で、2人。……一応聞くけど、先輩もちとせも心当たりなんてないよな?」
「……ありません。だって私、友達なんていませんから」
「私もないわよ? 友達なんて、あんたしかいないもん」
2人は俺の問いに、当たり前のようにそう言葉を返す。
「やっぱり、そうか。なら、俺が頑張るしかないか……」
そう言って俺は、1人の少女のことを思い浮かべる。いつも一緒にチェスをして遊ぶ、後輩の少女──
「未鏡 十夜さん」
そんなことを考えていると、先輩がふと俺の名を呼ぶ。
「どうかしましたか? 先輩」
だから俺は、顔を上げて先輩を見る。
「……ありがとう、ございます。その……私の為に、頑張ってくれて。だから……いえ、何でもないです」
先輩は本に視線を向けたまま、顔を真っ赤にしてそんなことを言う。
「これくらい、なんてことないですよ」
だから俺はそう言葉を返して、ニヤリとした笑みを浮かべる。
そんな風にして、波乱の部員集めが幕を開けた。
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