よろしくお願いします!
そして、翌日の火曜日。文芸部の廃部まで今日を入れて残り6日となったその日の昼休みに、俺は後輩の少女、神坂 黒音をボードゲーム部の部室に呼び出していた。
「急に呼び出して悪いな、黒音」
「いえいえ。十夜先輩がお呼びとあらば、黒音はどこへでも駆けつけますよ。……それに、チェスに付き合って頂けるのなら、黒音的には大満足です」
黒音はにへらとした笑みを浮かべて、チェス盤を机の上に置く。だから俺は目の前の椅子に腰掛けて、鞄から買ってきたものを取り出す。
「はいこれ、お土産。お前、好きだったろ?」
「あ! それは、イチゴメロンパンではないですか! しかもこんなに沢山! これ、黒音の為に買ってきてくれたのですか? ……あれ? 今日って、黒音の誕生日でしたっけ?」
「いや、全然ちげーよ。誕生日には、もっといいものをやるよ。じゃなくて今日は、ちょっとお前に頼みたいことがあってな。だからそれは、ただのご機嫌取りだよ」
「なるほど。十夜先輩は、このイチゴメロンパンで黒音を買収するつもりなのですね。……でも、そんなもの貰わなくても、黒音は十夜先輩のお願いなら何だって聞きますよ? いつも遊んでもらってばかりの黒音は、いつかその恩を返したいと思っておりましたので」
黒音はチェスの駒を並べながら、当然ですと言うように胸を張る。……だから無駄にでかい黒音の胸が、たゆんと揺れる。
「……お前がそう言ってくれるのは嬉しいけど、別に俺も嫌々お前と遊んでる訳じゃないからな? だからそんな風に、恩に着る必要はないぞ」
「ふふっ、分かっております。……それで、黒音に頼みたいことというのは、何なのですか? 黒音のおっぱいが触りたいとかなら、恥ずかしいけど……黒音、頑張りますよ?」
「いやちげーよ。……ちょっと、文芸部が廃部の危機でさ。今週中に、5人の部員を集めなきゃならないんだよ。だから悪いんだけどさ、ボードゲーム部との掛け持ちでいいから、文芸部に入ってもらえないか?」
頼む、そう言って俺は頭を下げる。
「…………」
黒音はそんな俺の姿を見て、驚いたように目を見開く。そしてどこか得意そうに、言葉を返す。
「ふふっ。十夜先輩が黒音に頭を下げるなんて……なんだか黒音、偉くなった気分です」
「……いや、黒音。俺は真面目に頼んでるんだけど……」
「黒音だって、真面目ですよ? ……でも文芸部って、先輩の好きな人がいらっしゃる場所ですよね? そんな所に、黒音がお邪魔してもいいんですか?」
「ああ。……いや、邪魔だなんて思わねーよ。俺は心から、お前を歓迎する。だから、頼めるか?」
俺はそこでもう一度、頭を下げる。すると黒音は先程と同じような笑みを浮かべて、元気いっぱいに口を開く。
「分かりました。任せてください! 十夜先輩の為なら、部活の掛け持ちなんてわけないです。だから今日から黒音は、ボードゲーム部兼、文芸部として頑張っていきます!」
「おおっ。ありがとう、黒音!」
俺は黒音が了承してくれたのが本気で嬉しくて、立ち上がって黒音の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
「ふふっ。くすぐったいですよ、先輩。……あ、そうだ。でもじゃあ一つだけ、黒音も先輩にお願いしていいですか?」
「ん? お願い? いいぜ、何でも言えよ」
どうせ黒音の言い出すお願いなんて、毎日チェスをしてくれとか、新しいゲームを買ってくれとか、そんなところだろう。俺は深く考えもせずにそう結論づけて、言葉を返す。
「……くふっ」
しかし黒音はそんな俺の様子を見て、どこか含みのある笑みを浮かべる。そして彼女はそんな笑みを浮かべたまま、とんでもないことを言ってのけた。
「────」
だから俺は、驚いたように黒音の顔を覗き込む。
「……お前、それ本気で言ってるのか?」
「黒音はいつだって、本気です。……ああでも、無理にとは言いません。十夜先輩が嫌だと言うのなら、黒音は無条件で文芸部に入ります。黒音はできる後輩なので、先輩を困らせるようなことはしません」
「…………」
黒音の言葉を聞いて、俺は少し頭を悩ませる。黒音の言い出したことは突飛ではあるが、不可能なことではない。それにこちらがお願いする立場なのに、相手の願いを無下にする訳にもいかない。
ならやはり、返す言葉は決まっている。
「分かった。お前の願いは、聞かせてもらうよ。……でもその代わり、文芸部の件頼むぞ?」
「やったっ! ではこの黒音に、お任せください!」
黒音はそう言って、いつもと同じようににへらとした笑みを浮かべる。
「じゃあ、十夜先輩。イチゴメロンパンを食べながら、チェスをしましょう? 今日は絶対に、黒音が勝ちますから!」
「……そうだな。じゃあ先手は譲ってやるから、頑張ってみろ」
「はいっ!」
そんな風にして、残りの昼休みは黒音とチェスをして過ごした。無論、結果は俺の全勝だった。
◇
そして、放課後。俺はいつものように、文芸部の部室を訪れた。……新しく文芸部の一員になった、後輩の黒音を連れて。
「皆さん、はじめまして。十夜先輩の幼馴染で後輩の、神坂 黒音と言います。文芸部の危機と聞いて、皆さんのお力になれればと思い駆けつけました。どうぞ、よろしくお願いします!」
紫浜先輩とちとせの人を寄せつけない雰囲気をものともせず、黒音はそう元気に挨拶する。
「……神坂 黒音さん、ですか。私は、紫浜 玲奈と言います。文芸部に入って頂き、感謝します。こちらこそ、これからよろしくお願いしますね?」
紫浜先輩は本を置いて立ち上がり、軽い笑みを浮かべる。
「……私の時とは、随分と対応が違うわね。別に、どうでもいいけど。それより貴女、神坂さんって言ったけ? 一応確認したいんだけど、貴女と十夜ってどういう関係なの?」
ちとせは鋭い瞳で、黒音を見る。
「はうっ。……その、黒音は別に十夜先輩とは何もないですよ? 昔から仲良くして頂いてる、ただの幼馴染です」
「……そ。まあ十夜に限って、後輩に手を出すなんてあり得ないものね。でも……」
ちとせはそこで言葉を区切り、黒音の無駄にでかい胸に視線を向ける。
「そんな怖い顔で睨んでやるなよ、ちとせ。こいつは俺が無理言って、文芸部に入ってもらったんだ。だから、脅かさないでやってくれ」
「分かってるわよ、それくらい。別に、脅かすつもりなんてないわ。……でもあり得ないでしょ、その胸。何食べたら、そんなに大きくなるのよ」
「黒音は、イチゴメロンパンが好きです。あと……牛タン」
「別に貴女には、聞いてないわ」
「はうっ。すみません……」
と。なんだか険悪な空気ではあるが、それはこれからどうにかしていけばいいだろう。それより今考えるべきことは、別にある。
「残りあと、1人だな。ここまでとんとん拍子できたけど、俺にももう当てがない。……黒音。いきなりで悪いんだけどさ、誰か文芸部に入ってくれそうな知り合いとかいないか?」
「十夜先輩の為なら、友達に頼んでみてもいいですけど……。でも多分、無理だと思いますよ? 黒音はそういうの気にしませんけど、黒音の友達は内気な子が多いので」
「……だよな」
黒音は、不安そうな瞳で俺を見る。だから俺は、大丈夫だよと言うように、優しく頭を撫でてやる。そして少し、頭を悩ませる。
紫浜先輩とちとせは、元より頼めるような友人がいない。そして俺も、黒音を頼った今、当てにできるような友人は誰もいない。でもだからって、ビラを配ったり張り紙を貼ったりしたとしても、きっと誰も入ってはくれないだろう。
「…………」
ちらりと、いつものように本を読む紫浜先輩に視線を向ける。彼女はとても冷たい瞳をしているが、実は優しいところもいっぱいあるし、甘えたがりなところもある。俺はそんな彼女のことが好きだし、怖いとも思わない。
けれど彼女はとある事件のせいで、冷血吸血鬼なんて呼ばれて皆んなから恐れられている。無論、その事件の詳細を知っている人間は多くはないだろう。けど彼女を怖がっている奴らが流す噂と、彼女の人を寄せつけない雰囲気が合わさって、紫浜先輩は学校中の生徒から避けられている。
「…………」
そしてちとせも、白い髪と赤い瞳という特殊な見た目と、人を拒絶する態度。それに誰もが知る名家の生まれということもあって、多くの生徒に避けられてしまっている。
そしてこの俺も……いや、なんだかんだで俺が1番、この学校で浮いているはずだ。俺が中学の時に起こした、とある事件。それは紫浜先輩の事件と違い、多くの目撃者がいる。そしてこの高校には、同じ中学から進学してきた奴が多い。だからこの高校で、俺と仲良くなりたいなんて思う奴は稀だろう。
そんな奇特な3人が集まった、部活動。普通の奴は、そんな部活に入ろうとは思わない。……だからいくらビラを配ったり張り紙をしたところで、余計に怖がられるだけだ。
「でも絶対に、あと1人見つけなきゃならない。俺ならそれくらい、できるはずだ」
いつもいざって時に役に立たない脳みそだけど、こういう時には役立つはずだ。……いや実際、手段を選ばなくていいのであれば、1人くらいどうとでもなる。
「…………」
でもここは紫浜先輩の居場所で、これからはちとせと黒音の居場所にもなる。ならできればあまり、無茶はしたくない。
「けど、真っ当な手段での部員集めとなると、なかなか難航しそうだな……」
そう呟いて、また頭を悩ませる。けれど妙案は何も思い浮かばい。そして、そのあと皆んなで話し合ったりもしてみたが、結局大した案は出てこなかった。
残り5日で、あと1人。しかしその1人が、どうしても遠かった。
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