三章 部員集めと約束

やっぱり、優しいです。



「文芸部が、廃部になりました」



 月曜日の放課後。いつものように文芸部の部室に顔を出すと、唐突にそんな言葉を投げかけられた。


「いきなりどうしたんですか? 紫浜先輩」


 だから俺は、困惑しながらもそう言葉を返す。


「……先程、生徒会長さんがやって来て言ったんです。『特に活動もしてなくて、部員も1人しか居ないような部活は、廃部にするね?』と」


「あー。そういや全然疑問に思ってなかったですけど、文芸部って紫浜先輩しかいませんでしたね。なら、ここはもう使えなくなるんですか? それとも部費は貰えなくなるとか、そんな感じですかね?」


「その両方です。……でも一応、今週中に部員を5名集められれば、廃部は免れるようです」


 そんなの無理に決まってます、と言うように先輩は大きく息を吐く。……でも思えばいつも、先輩はこの部室で本を読んでいた。だからもしかしたら先輩は、この場所に何か特別な思い入れがあるのかもしれない。



 なら俺がやることは、決まっている。



「じゃあ、部員集めしますか? 今週中っていうのは厳しいですけど、5人くらいなら何とかなると思いますよ?」


「いえ、無理です」


 先輩は何故か、そう言い切る。


「どうしてですか? 部員5人ってことは……つまりあと3人でしょ? それくらいなら、どうとでもなると思いますけど……」


「……だって私、友達なんて居ませんから。……というか、その……残り3人ということは、貴方が文芸部に入ってくれるのですか?」


「当たり前でしょ? だって俺、先輩のこと好きですから」


「……! い、いきなりそういうことを言うのは、やめてください! ……卑怯です」


 先輩は顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまう。やっぱりそんな先輩は、とても可愛い。思わず抱きしめたくなるほど、魅力的だ。……けれど流石に、今はそんな場合ではないだろう。


「ということで、先輩。先輩が望むのであれば、俺が残り3人見つけてみせますよ」


 俺はそう言って、軽い笑みを浮かべてみせる。……正直俺も、友達なんて数えるほどしかいない。しかもそのうちの1人であるちとせには、もう頼ることはできない。だから今週中に3人っていうのは、なかなか厳しい条件だ。



 でも先輩の為なら、それくらいどうにかしてみせる。



「……って、あれ? どうかしましたか? 先輩」


 そんな風に1人で勝手にやる気を出していると、先輩は悩むような表情でこちらを見つめていた。


「……私は、誰のことも好きにはなりません。だからその……私に優しくしても、意味なんてないですよ?」


 そして今更、そんなことを言う。


「いや、分かってますよ、それくらい。先輩はそんな簡単に、振り向いてはくれない。そんなのずっと前から、知ってます。……でもだからこそ、俺は頑張るんです」


「……そういうことじゃ、ないんです。私は……私はたとえどれだけ優しくされようと、人を好きになることはありません」


 だから私の側にいても無駄なんです、と彼女は言う。


「…………」


 けれどやっぱり、それは今更だ。俺は半年間、先輩に振られ続けてきた。だから先輩が簡単に人を好きにならないことなんて、とっくに知っている。そして知っているからこそ、俺は少しでも彼女の隣に居たいと思うんだ。


「知ってますよ、それくらい。俺が今まで、どれだけ振られてきたと思ってるんですか。だからちょっと優しくした程度で、先輩が惚れてくれるなんて思ってませんよ」


「だから、そういうことじゃないんです。私は──」


「分かってますよ、先輩。でも俺は、大好きな先輩の力になりたいだけなんです。だから先輩は余計なことは考えないで、どーんと俺に任せてください」


 優しいから、好きだって言ってくれる。恩があるから、好きだって言ってくれる。俺が欲しいのは、そういう想いじゃない。



 俺はただ、好きだって感じた時に好きだって言って欲しいだけなんだ。



 だからたとえ先輩がどんな事情を抱えていようと、俺が必ず惚れさせてみせる。そして心から、好きだって言わせてみせる。俺はその為なら、なんだってするつもりだ。



「……そうですか。貴方は相変わらず、変な人ですね」


 先輩は呆れたように、息を吐く。そして何故か、抱きしめてと言うように両手を広げる。


「私は、絶対に貴方のことを好きにはなりません。……でもその代わり、少しくらいならいいですよ? ……私の身体に、触れても……」


「…………」


 先を越されたな、と思った。俺は今日、自分から先輩を抱きしめて、告白しようと決めていた。なのに俺の行動はまた遅くて、先輩に先を越されてしまった。


「……どうかしたのですか? そんな風に、急に黙り込んで。……もしかして貴方、もう私の身体には飽きたとか、そんなことを言うつもりですか……?」


「いや、言いませんよ。そんなこと」


「でも、私じゃ──」


「先輩以上に抱きしめたい女の子なんて、どこにも居ません。……ただちょっと、悔しかっただけです」


 俺はそう言って、すぐに先輩の身体を抱きしめる。すると温かで柔らかな感触と、ふわっとした甘い香りが伝わってきて、またドキドキと心臓が跳ねる。


「でもちょっと、寂しいな……」


 そして、しばらく先輩のことを抱きしめていると、ふとそんな言葉がこぼれた。


「どうして貴方が、寂しがるのですか?」


「……いや、部員集めに成功したら、こうやって部室で先輩と抱き合うことなんて、できなくなるでしょ? だからそれが少し、寂しいなって」


「……そう、ですか。でもじゃあその分、今抱きしめればいいでしょ? 私は別に……いいですよ? 貴方が望むのであれば、付き合ってあげます。……その、それで貴方が我慢できなくなると言うのであれば、少しくらい過激なことをしても構いません。……ちゃんと準備、してきましたから……」


「いや、なに言ってるんですか。しませんよ? 過激なことなんて。……そりゃ俺も男ですから、好きな人を抱きしめてると、その先もしたいって思います。でも俺は、付き合ってもいない女性にそんなことをするつもりは、ありません。というか、前にも言いましたよね? 抱きたいなら、素直に正面から口説くって」


「……真面目なのか不真面目なのか、よく分からないことを言いますね、貴方は。でも……いえ、貴方がそう言うのであれば、私は別にそれで構いません」


 先輩はそう言って、俺の胸に顔を埋める。その仕草はどこか子供っぽくて、思わず笑ってしまいそうになる。けどここで笑うと、先輩が俺から離れてしまうかもしれない。だから俺はぎゅっと強く先輩を抱きしめて、その感情を抑える。


「…………」


「…………」


 そしてしばらく、ただ静かな時間が流れる。



 ……本当なら、こうやって抱きしめ合う暇があるなら、少しでも部員集めに力を入れるべきなのだろう。



 けど今は、離したくなかった。こんなに温かで、柔らかで、可愛らしい先輩を、俺はどうしても離したくなかった。だから俺はその事実に気がつかないふりをして、ただ先輩を抱きしめ続ける。




「…………これくらいなら、許してくれるよね……?」




 そして、部室が茜色に染まる頃。先輩はぽつりと、そんな言葉をこぼす。だから俺は、その言葉の意味を尋ねようと口を開く。




 ……けれど、まるでそれを遮るように部室の扉が開いて、彼女が姿を現した。






「邪魔するわ。文芸部が廃部の危機だって聞いたから、助けに来てあげたわよ」



 彼女──御彩芽みあやめ ちとせはそう言って、心の底から楽しそうな笑みを浮かべた。


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