私に作戦があるわ!



十夜とうや。あんたまた、振られたのね」



 紫浜先輩に振られたあと、俺はいつも通り3階の空き教室に顔を出す。すると開口一番に、そんな言葉を投げかけられる。


「まあな。でも、手応えはあったぜ?」


 だから俺はその少女──御彩芽みあやめ ちとせに適当な言葉を返して、手近な椅子に腰掛ける。


「つまらない嘘はやめなさい。あんたのやり方じゃ、百回やっても無理よ」


「百回で無理なら、千回やればいいんだよ」


「それで千回で無理なら、一万回? あんたはそれでいいのかもしれないけど、彼女がそこまで付き合ってくれると思う? あんたほんと、バカよね」


 ちとせは雪のように白い髪を揺らして、紅い瞳で呆れたように俺を見る。


「なら、お前に何か案はあるのかよ」


「あるに決まってるわ。というか、いつも言ってるじゃない。告白なんてものは、関係性を固めた後でやるものなの。よく知りもしない相手に突然告白なんて、モテない男のすることよ?」


「でもじゃあ、どうすればあの人と仲良くなれるんだよ?」


「胸を、揉むのよ」


 ちとせは真面目な顔で、そう言い切る。こいつとは腐れ縁で、いつもこの空き教室で恋愛相談に乗ってもらっている。けどこいつは、何を考えているのか分からないことが多くて、偶に突拍子もないことを言ったりする。


「……バカじゃねぇの? いきなり胸なんて揉んだら、変態だろ」


「なら断りを入れればいいじゃない」


「んなもん、了承してもらえるわけねーよ」


「そんなことないわ。……ほら、あんたが頼むのなら、私の胸……揉ませてあげるわよ?」


 ちとせは真顔で、俺の方に胸を突き出す。……しかし悲しいことに、彼女の胸は揉めるほど大きくはない。


「……さて、どうするかな。お前とバカ話してたら何かいいアイディアが出るかと思ったけど、どうやらそう簡単にはいかないらしい」


「ちょっと、無視するんじゃないわよ。ほら、ちゃんと揉みなさい? 私だって、揉むくらいの胸はあるんだから」


 そこで無理やり頭を掴まれ、顔を思い切り小さな胸に押しつけられる。


「…………」


 俺はそんないきなりの事態に、頭が真っ白に……なったりしない。こうやってこいつとじゃれ合うのはいつものことなので、今更そういう感情は湧いてこない。


「分かったよ。もう十分、お前の虚乳は堪能した。だから離せ」


「なら、いいのよ。……じゃあこれで傷心のあんたの慰めも終わったことだし、新しい作戦でも考えましょうか」


「……初めからそのつもりだったんだけど、まあいいや。じゃあ改めて訊くけど、何か案はあるか?」


「そうね……」


 ちとせはそこで一度黙り込み、真面目な顔で綺麗な髪を弄ぶ。そして不意に、あ、と声をこぼして口を開く。


「一度、私と付き合ってみましょうか。そうすれば彼女も、貴方の大切さに気がつくはずよ」


「……いや、お前は一体なにを言ってるんだよ。俺とお前が付き合っても、何の意味もないだろ?」


「あんたやっぱり、バカね。いつもそばにいた幼馴染に、恋人ができる。そしてそこで初めて、自分の恋心に気がつく。そんなの、よくあることじゃない」


「俺とあの人、別に幼馴染でも何でもないぞ? いやそれどころか、たぶん俺……嫌われてるぜ? それなのに恋人ができたなんて言っても、嫉妬してもらえるわけねーよ」


 俺は呆れたように、息を吐く。しかしちとせは気にした風もなく、言葉を続ける。


「じゃあ仲良くなってから、付き合いましょうか」


「そんな簡単に仲良くなれたら、苦労はしねーんだよ。それに仲良くなれたら、お前と付き合う必要はないだろ?」


「……あんたほんと、乙女心が分かってないわね。……まあ、いいわ。じゃあ、まずは仲良くなるところから、始めましょうか。どうせあんたのプランは全部、どうやって告白するか、でしょ?」


「そうだけど、ダメか?」


 俺は軽い頷きと共に、そう返す。


「ダメに決まってるじゃない。そんな結果だけ求めるようなやり方じゃ、女の子は振り向いてくれないわよ?」


「それはまあ、そうかもな。でもじゃあ、どうやったらあの人と仲良くなれるんだよ」


 あの身も凍るような冷たい目をした先輩と仲良くなる方法なんて、俺には分からない。だから俺は今まで、ダメ元で告白を繰り返してきた。



 けどちとせには、あの人と仲良くなる方法が分かるのだろうか?



 俺は少しだけ期待を込めて、ちとせの方に視線を向ける。


「…………」


 するとちとせはぱっと目を輝かせて、自信満々にその言葉を口にする。


「ねえ、あんた。私に告白されたことにしなさい!」


「……いや、それさっき聞いた」


「違うわ。付き合うんじゃなくて、告白されたことにするの。それでどうすればいいのかって、彼女に恋愛相談を持ちかけるのよ」


「そんなことしても、『勝手にすればいいじゃない』って、一刀両断されるだけだと思うぞ?」


「いやきっと、そうはならないわ。だって彼女は相当、あんたのことを鬱陶しがってるはずよ」


「……だから?」


 嫌われているのは分かっているが、第三者に改めて言われると少し傷つくな。そんなことを考えながら、先を促す。


「だから彼女は、あんたに恋人ができた方が都合がいいのよ。それならもう、つきまとわれる心配もないしね」


「……その理屈は分かるけど、けど結局それじゃ俺があの人と付き合えないだろ?」


 俺は呆れたように、息を吐く。


「分かってないわね。恋愛相談に乗っていたら、いつの間にかその人のことが好きになってる。そんなの、よくあることじゃない」


「……そうなの?」


「そうなの。それに言葉を交わせば、少しは仲良くなれるはずでしょ?」


「…………」


 そう言われると、そうかもしれない。誰をも拒絶する紫浜先輩と付き合うには、無理にでも間合いに入って告白するのが1番だと思っていた。


 しかしその結果は、言うまでもない。


 そうやって告白し続けるのが無駄なのは分かっていたことだし、ならここはちとせの案に乗るのも悪くないかもしれない。


「分かった。今まで俺のやり方でやってきてダメだったんだし、今回はお前の言葉を信じるよ」


「えっ! ほんと? ほんとに私と、付き合ってくれるの?」


「いや、何でだよ。お前に告白されたって体で、先輩に恋愛相談するんだろ? そうすれば先輩と仲良くなれるかもしれないし、もしかしたら少しは俺のことを意識してくれるかもしれない。……うん。改めて考えてみると、お前にしちゃいいアイディアだな」


 なんだか少し、いけるような気がしてきた。少なくとも俺の考えていたプランZより、ずっといいアイディアだ。


「ふふっ、でしょ? だからあんたも初めから、私の言うことを聞いていればよかったのよ。……ふふっ」


 ちとせはそこで、何か企むように薄く口元を歪める。……けど、そういう意味深な態度もいつものことなので、俺は別に気にしない。


「じゃあ今度は屋上に呼び出すのは辞めて、あの人の住処の文芸部を訪ねてみるか」


 あの人は基本的に、いつも1人で文芸部の部室で本を読んでいる。……まあ、話しかけても無視されるし、口を開いたと思えば、毒舌しか出てこないんだが……。


 でも会おうと思えば、いつでも会える。


「……ねぇ、十夜。彼女がね、あんたが呼び出すといつも屋上に来てくれるのは、何でだと思う?」


 そこでふと少しだけ真面目な雰囲気で、ちとせが言葉を響かせる。


「なんだよ、急に」


「いいから、答えて」


「なに怒ってんだよ。……まあいいや。あの人が、屋上に来てくれる理由、ね。そんなの、あの人が律儀だからだろ? それか、行かなかったら俺が何をするか分からないから。……あの人の考えてることなんて分からないけど、たぶんそのどちらかだろ?」


 何で今更、そんなどうでもいいこと訊くんだよ、と俺は言う。するとちとせは、そうね、とそれだけの言葉を返して、そこでその話は終わる。


「じゃあ頑張りなさい、十夜。私の作戦で失敗したら、許さないからね!」


 ちとせはいつもの高飛車な雰囲気に戻って、真っ直ぐに俺を見る。


「任せろ。今回こそ、決めてみせる」


 だから俺もいつも通り、そう言葉を返す。




 そうしてここから、新たな作戦が始まった。












「……ふふっ。頑張ってね? 十夜」



 1人の少女の思惑に、気がつくことなく。

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