ぼっちで毒舌なクーデレ先輩に構いまくったあとで、他の子と付き合った振りをするとどうなるか検証してみた。

式崎識也

一章 作戦と思惑

貴方が、嫌いです。



「何度も言わせないでください。私は貴方が、嫌いです」



 彼女──紫浜しのはま 玲奈れな先輩は、濡れたように艶やかな黒髪を風になびかせ、氷のように冷たい瞳で俺を睨む。


 しかし俺──未鏡みかがみ 十夜とうやは、そんな視線なんて気にしない。寧ろ計算通りだと言うように、不敵な笑みを浮かべてみせる。


「……ふっ」


 まるで絵の具でもこぼしたみたいに、同じ茜色に染まった街並み。そしてそんな街並みと夕焼けを一望できる、とある高校の屋上。俺はそんな場所で、彼女に想いを伝えた。



 好きです、と。



 けれど結果は最悪。付き合えないどころか、嫌いだと言われてしまった。しかし俺は、諦めない。この未鏡 十夜は、そんなやわなメンタルをしていない。


「……何を笑っているのか知りませんが、私は貴方のようにしつこい人間が嫌いです。……だからもう、私の前に現れないでください。何度も何度も、いい加減……不愉快です」


「その程度の言葉じゃ、俺の心は折れませんよ? 紫浜先輩。だからもう一度、言います。好きです。俺と、付き合ってください」


「嫌です。死んでください」


「死ぬのは嫌です。でも俺と、付き合ってください」


「嫌です。死んでください」


「いや、死にたくはないです。だから代わりに俺と──」


「嫌です。死んでください」


「せめて最後まで言わせ──」


「嫌です。死んでください」


 先輩は心底から軽蔑するように、大きい胸の前で腕を組む。


「…………」


 その姿は一見して、俺のことを嫌っているように見える。しかしその実……本当に嫌っているのだろう。


 そのくらいのことは知っているし、分かっている。だっていくら振ってもめげずに告白してくる男なんて、恐怖の対象でしかない。……しかしそれでも、俺は告白を繰り返す。例え付き合えなくても、そうすることで彼女との繋がりを維持できるから。


「プランAでは、ダメみたいですね。なら……」


 俺はこれみよがしにそう呟いて、全然諦めてませんよ、とアピールする。


「プランAでもプランZでも、結果は変わりませんよ? というかもう、いい加減帰ってくれませんか。いつまでも貴方の顔を見ていると、気分が悪くなります」


「じゃあまずは、気分が悪くならないよう好きになってもらうところから、始めましょうか?」


「始めません。というか、もういい加減……諦めてください」


「嫌です」


 俺はキッパリと、そう言い切る。そしてそのまま、言葉を続ける。


「じゃあ、先輩。取引しませんか? 先輩は俺に何でも命令していいので、代わりに30分だけ俺と付き合ってください。ほんと、まずは30分だけでいいんです。……ダメですか?」


「…………」


 俺の言葉を聞いて、何故だか先輩は本気で軽蔑するようにこちらを睨む。……おかしい。俺の予想ならYESは貰えなくても、考える素振りくらいは見せてくれるはずなんだが……。


「……その30分で、私に何をするつもりですか。……不潔です。最低です。貴方のような男は、皆んな考えることが一緒です。不愉快です。死んでください」


「いや、何でそんなに怒って……って、あー。もしかしてその30分で、何かエロいことするとか思いました? しませんよ、そんなこと。……つーか、抱きたいなら正面から口説きますよ」


「…………不潔です」


 先輩は真っ赤になった顔で、俺から一歩距離をとる。


「…………」


 なんだか酷く、警戒されている気がする。いや、嫌われているし、怖がられているのは分かっている。けどここまで露骨に警戒されるほど、俺は変なことを言っただろうか?


 ……分からない。


「……とにかく、私はもう行きますから。その……エッチなことがしたいのなら、他の女の人でも口説けばいいでしょ? ……貴方、顔だけはいいんですから」


「いや、それじゃダメなんですよ。……というかそもそも、そういうことがしたい訳じゃないです」


「知りません、そんなのこと。それよりもう、私に構わないでください。……不愉快です」


 先輩はまくし立てるようにそう言って、逃げるように俺に背を向ける。


 ……できれば俺は、その背を引き留めたいと思う。けど今ここで何を言っても、先輩は止まってはくれないだろう。


「……先輩!」


 でも一応ダメ元で、そう声をかけてみる。


「…………」


 すると先輩は、律儀に足を止めてくれた。だから俺は、何を言うべきかと必死に頭を悩ます。……しかし口をついたのは、1番意味のない言葉だった。



「紫浜先輩。先輩は夕焼け、好きですか?」



 そこで一度、先輩から視線をそらし赤い夕焼けを眺める。


 燃えるような、赤い夕焼け。それはとても綺麗だけど、同時に寂しさも感じさせる。でも、だからこそ俺は、そんな夕焼けが嫌いではない。


 でも先輩は、どうなのだろう?


 ふとそんなことが頭をよぎって、気づけばつまらないことを尋ねていた。


「……大嫌いです。貴方と、同じくらいね」


 先輩は身も凍るような声でそう言って、今度こそこの場から立ち去る。



 だからこの茜色の屋上には、俺1人取り残される。



「やっぱ、ダメかぁ」


 そう呟き、息を吐く。もう何度、振られたのだろう? 数えるのもバカらしいほど、俺はあの先輩に振られてきた。……けど俺は、絶対に諦めない。



 だって俺は──



 そこでふと、風が吹く。冷たい冷たい、まるで紫浜先輩の言葉のように冷たい風が吹きつけて、俺は思考を止める。


「……ここで考え込んでいても、仕方ないか。それよりまたあいつと、作戦会議でもするかな」



 最後にチラリと夕焼けを眺めてから、俺も屋上を後にする。



 冷血吸血鬼なんてあだ名される、難攻不落の少女──紫浜 玲奈。そんな彼女と付き合う為には、一体なにをすればいいのか。



 その答えを、俺はまだ知らない。


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