モルモットの散歩日記

黒辺あゆみ

モルモットの散歩日記

吾輩はモルモットである、名前はまだない。

 ……いや、あるぞ。最近の我は「モッくん」なる名で呼ばれておる。

 世話になってやっている男は我のことを、「オイ」とか「オマエ」とかテキトーに呼びおったのだが、最近散歩に誘ってやるようになった小娘が、我を「モッくん」と呼び始めたのだ。

 我的には、ちょっと安易な名ではないかとか、もっとカッコいい名前を所望したとか、色々と思うところはあるのだが。

 男の「オイ、オマエ」よりはマシだということで、落ち着いている。

 我は白と茶のブチ柄がチャームポイントな、由緒正しきモルモット(オス)である故に、常の食事は高級で栄養価の高い「フード」とやらを食しておるのだが。

 たまにはジャンクフード的なものも、口にしたくなるものである。

 モシャモシャモシャ


「モッくん、食べ過ぎたらお腹壊すよ」


我がジャンクフードである公園の端にある草を食しておるのに、横からなにやら言ってくるのが、散歩に誘ってやっている小娘こと、朝香咲あさか さきである。

 女子高生とかいうお年頃の女子だが、他の同じ年頃の娘に比べて、少々上にもボリューム的にも足りないところがあって、本人は今後に期待をかけているらしい。

 そしてこの咲という小娘は、世話になってやっている男が我の付き添いを願い出る際に、身に纏うように差し出すリードとやらを預けられている。

 ゆえに咲も我の付き添いをしたいということだな。

 けれどこの付き添い人は、手癖が悪い。

 というのも、我が食している草を横から摘んで奪っていくのだ。

 まあ、我とてコレはおやつであると認識しておるので、とられた程度で怒りはしない。

 だが、最近の人間はこのような雑草を食さないと思うのだが、何故咲が草を摘んでいるのか?

 それは咲が非常に貧乏だからだ。

 詳しい理由は定かではないが、咲はいつも「お金がない」とぼやき、自動販売機の前を通る時は落ちている小銭を探し、公園に来てはこうして草の中から食べられるものを探す。

 そう、草は食べるために摘んでいくのだ。

 このような公園の草は、犬猫の糞尿や除草剤などに汚染されている場合があるというのに、無知にむ気軽に手を出すのだぞ?

 危なっかしくて見ておれず、我はついお節介にもマシな草をこうして教えておるというわけだ。

 そう、決しておやつを食すためだけではないのだ。

 ……本当であるからな?

 なので咲は、「コレでたんぽぽコーヒーを作ってみようっと♪」などと言っておるが、作ったあかつきには我にも献上するがよい。

 それにしても、最近暑くなってきたものだからして、草も青々として食べ応えが出てきたものよ。

 もう少し食したい気がするが、これ以上食べてはメインデッシュに支障が出てしまう。

 我がそんな悩ましい問題に直面していると。


「そろそろ帰ろうか、モッくん」


咲が我をまるで荷物のようにヒョイと抱え上げてしまった。

 なんと、我をなんだと心得ておるか!? もっと扱わんか!

 その雑な扱いに怒った我が、制裁を加えんと下半身を振り上げ、体当たりのように咲に「ドゥッ!」としてやると。


「モッくん、まだ食べたかったの?

 駄目だよ、おデブになっちゃう!

 それにきっとお家で出るオーナーさんが用意したのの方が、美味しいから!」


咲がまるで見当違いなことを言って来る始末。

 違うわ!? 確かにもう少し食べたりないと思いはしたが、今怒っておるのはそれではない!

 しかし我のこの繊細な気持ちは、残念なことに咲には伝わらず。

 少々不貞腐れた我が尻アタックを繰り返すのを、咲が「痛い、結構痛いから!?」と文句を言いつつもヨタヨタと歩いていると。


「あ……?」


咲が歩みを止め、とある一本の木に目をやっていた。

 それは桜の木で、もう寿命なのか、ずっと葉も花もつけることないままである。

 先日業者らしい者が調べていたので、おそらく近々伐採されることだろう。

 その桜の枯れ木を見て、咲が首を捻りつつ呟く。


「モッくん、本当にこの木って枯れているのかなぁ?」


どう見ても枯れ木であるこの木を枯れていないというは、少々無理があると思うのだが?

 今の時期は青々とした葉を茂らせている時期であるのに、まるで葉の落ちた冬のように茶色い枝があるばかり。

 うむ、立派な枯れ木だ。

 我が尻アタックに疲れて後ろ足をブランブランとさせつつ、納得の頷きをしていると。


「モッくん、どうしたの?

 やっぱり食べ過ぎてお腹が痛くなった?」


咲がそのようなことを言ってくる。

 失敬だぞ、小娘!

 再び尻アタックを再開すると、咲は「ギブ、ギブ!」と我を抱いた両腕を伸ばして、距離をとる。

 ふん、せっかく我が散歩に誘ってやっているというのに、調子に乗るからだ、馬鹿者が。

 そのような戯れをしたものの、それでも咲はこの枯れ木が気になるようで。


「こないだ、花をつけていたと思うんだけどなぁ……」


そのようにぼやく咲が言うには、先日暗くなってからこの公園前を通った時に、この木が花を付けているのを見た気がしたのだという。

 その日は急いでいたので、立ち止まってマジマジと見なかったのだが、後になって「あの木って枯れてなかった?」と記憶を掘り起こしたそうである。

 しかしな、咲よ。

 今はもう夏に向かっている季節なのだぞ?

 この木は、そのような時期に花をつける種類ではない。

 きっと腹が減り過ぎて、白昼夢でも見たのだろう。

 いや、暗くなってからであるなら、夜夢か?

 夜に夢を見るのは普通のことであるゆえ、つまり咲は歩きながら寝ていたというわけだな。器用な奴め。

 そのような咲が寝ぼけた話はともかくとして、今花などつけていないのが事実である。


「やっぱり気のせいかぁ、変なの」


咲がようやく現実を受け入れ、さあ帰ろうと我を地面に降ろしてリードを握り直した時。


「そこでなにをしている?」


我がよく知った声が聞こえて、咲が声を聴いて振り返ると。


「あ、オーナー!」


咲は枯れ木のことからすっぱりと意識を離して、歩道から講演を眺めていた者に駆け寄る。

 すると当然、リードを握られた我もそれに付き合わなければならなくなるのであり。

 これ咲! 我を引っ張るとは何事か!?

 そんな我の苦情に咲は構いもせずに、歩道へ出ると立ち止まり。


「こんにちはオーナー、お仕事かえりですかっ!」


そう話しかける相手は、眉をギュッと寄せたしかめっ面に見える表情な、我が世話になってやっている男で、咲が今住んでいるアパートのオーナである。

 三階建てのアパートの三階部分ワンフロアをまるっと一部屋にして住んでいる、独り身の寂しいやつだ。


「……そうだが」


ニッコニコな笑顔で話しかける咲に、あやつはニコリともせずにそうとだけ答える。

 仮にも若いおなごから話しかけられたのだかして、もうすこしマシな顔ができんのか、この男は?

 そんなのだから他の連中から「表情筋が死んでいる」だの、「ヤクザっぽい」だのと言われるのだぞ?

 事実咲も、お主のことをヤクザの関係者だと疑って取るふしがあるし。

 我がそのような心配をしておると、あやつは気付いておるのか、おらぬのか。


「わたしはモッくんのお散歩ですっ!」


「そうか、いつも世話をかける」


咲にそう言われ、あやつが軽く頭を下げる。

 これ、世話をしてやっておるのは我の方であるゆえに、その言い方は訂正を要求する。

 それにしても、咲が我のリードを持ってブンブン振り回すものだから、そのたびに身体が持っていかれる。

 これ小娘、いい加減にせんとそろそろ温厚な我も怒るぞ?

 我がそのように一匹、耐え忍んでいると。


「今、そこの木を見ていたようだが?」


あやつにそう指摘され、咲が「ああ」と振り返る。


「アレですか?

 枯れているんだから花なんか咲かないよねって、モッくんに言っていたんです!」


咲よ、その言い方であると、他人からはモルモットと会話する輩であると思われるぞ?

 もちろん我は会話を理解できておるが、大多数のモルモットはおバカさんゆえにそのようなことはできぬので、「不思議ちゃん」だと思われるのがオチである。

 かような心配を当のモルモットからされるとは、まことに残念な小娘である。

 そんな我の気持ちも気づかないらしい咲とあやつは、話題の枯れ木を見つめている。


「この木の、花を見たのか?」


あやつにそう問われ、咲もさすがに寝言を真剣に聞かれるのが恥ずかしいと思ったらしく、「ええっとぉ」と口をモゴモゴさせて。


「こないだの夜にそう思ったんですけど、きっと気のせいだったんですよね、しっかり枯れちゃってますし!」


そう言って、誤魔化すように頭を掻いた。

 これを聞いたあやつが、「ふむ」と顎を撫でる。


「花が咲いたら綺麗だろうと考えていたから、そんな幻を見たような気持になったのではないか?」


「……そう言われたら、そんな気がしてきたような気がするような」


あやつの言い分に、咲がややこしい言い方をして首を捻る。


「それにこの桜の木は、だいぶ年老いているらしいからな。

 もう休ませてあげてもいいだろう」


さらに続けてあやつに言われたことに、咲が目をパチクリとさせる。


「そうですよね、木にも寿命があるんですもんね。

 つい、いつまでも変わらずに咲くものだって思っちゃいますけど。

 って、そうだ!」


咲がそうしみじみと言ってから、何故かまた枯れ木の方へと駆けていく。

 だから、走る前にリードを離すのだ!

 我まで巻き添えにするな!

 そのうちにモルモット虐待で捕まるぞ! と恨めしく思いながら付いていくと。


「桜の木さん、これまでずぅ~っと長い間綺麗な花をみせてくれて、ありがとうございました!」


咲が桜の木に向かってペコリと頭を下げてから、そんなことを言うのは、傍から見ていてどう思われるのか……ぬっ?

 そこの根元、なにやら気になるぞ。

 こういう場合、大抵が――

 我が下を向いて、地面を掘り掘りしていると。


 サアァッ!


 唐突に風が吹き、それに薄桃色が混じり舞い上がる。


「うひゃっ!? なにぃ!?」


咲は風が強すぎて目が明けられないようで、混じった薄桃色には気付いていない。

 そしてあやつが慌ててこちらに駆け寄ってきている。

 ふむ、これはこれは……。

 我が目を細めてその舞い上がるピンク色の風を見ていると。


 パンッ!


 唐突に、あやつが手を叩いた。

 すると、ふいに風が止む。


「ふひ?」


急に止んだ風に、咲は髪の毛をぐちゃぐちゃにさせてから目を開き、辺りを見回す。


「なんだったの?

 竜巻?

 って、え、花びら……?」


咲は自身の服や髪に大量についている、薄桃色の花びらを不思議そうに摘まむ。


「これ、桜っぽいけど、そんなわけないよね?」


「どこかの山で巻き上げてきた花びらが、たまたま風と一緒に降って来たんじゃないか?」


咲の疑問に、あやつがそんな答えを提示する。


「そっか、そいういうこともあるかもですね!

 山桜とかなら咲いているかもだし!」


そしてあっさり納得する咲は、少々思考能力に不安があるのではないかと思ってしまう。

 そんなに簡単に人のいう事を信じていいものなのか?


「それにこの花びらたちも、枯れた桜の木にお疲れ様を言いに来たのかもですね!」


ニパッと笑う咲に、あやつはまぶしそうにして。


「そうかもしれない……だったらいいな」


そう呟くと。


「ああそうだ、咲ちゃん。

 アイスを買ってきたから、帰ってから食べようか」


手に下げていた袋を、咲に見せた。


「わぁ、いいんですかっ!?」


「いつもコイツの散歩をしてくれるお礼だ」


咲の意識は、もう花びらよりもアイスに向いている。

 やれやれ単純なことだと思いながら、我は口の中に入れたとあるモノを舌で転がしていた。



アパートへ戻る道すがら。

 あやつが咲にアイスの袋を持たせ、代わりに我のリードを受け取り、しばし歩いて

から。

「オイ」


ジロリと見下ろしてくるが、なんだ強面ヤクザ顔よ。


「オマエ、さっき掘り返していただろう?

 こっちへよこせ」


ムッ! 貴様見ておったのか? 覗き見とは趣味が悪い奴め!

 しかも我が労力を割いて掘り起こしたものを奪い取ろうとは、盗人猛々しいにもほどがある……これ、抱き上げるとは卑怯なり!

 あやつに抱えられた我は頭をペシペシとされ、仕方なく口の中でモゴモゴさせていたモノを、あ奴の手にペッと吐き出す。

 そしてコロンと出てきたのは、少々色の悪い薄桃色のどんぐりに似た、木の実っぽいシロモノである。

 我の唾液でベショベショしているソレを、あやつは嫌そうに摘まんで目の前に掲げる。


「桜の精の結晶か。

 身の程知らずにも咲ちゃんを襲うとは」


本当に身の程知らずだったな、咲の奴に気付かれもしなかったぞ。

 あの桜の花びらは、先ほど言ったようなロマンチックな代物ではない。

 あの枯れ木に宿っていた桜の精が、最後の力を振り絞って精気を得ようと襲い掛かって来たのだ。

 桜の精が生まれるくらいには長生きなあの枯れ木の、生存本能のようなものであったのだろう。

 まあだが、あの咲は悪霊の類を寄せ付けない体質であるからな。

 相手にもされず、こやつにあっさりと退治され、このような結晶になり果てたというのが、本当のところだ。

 そしておそらくは咲が夜中に見たという花も、咲を呼び寄せようとしたのだろうが、本人は急いでいたため立ち止まりもせず、空振りに終わったというわけだ。

 やれやれ、もっと普通に最後を真っ当すれば、この結晶とてもっと美しい色合いになっていただろうに。

 余計な欲を出すからこうなる。

 かような結晶では休眠したところで、再び桜の精として復活できまいて。

 せいぜい他のあやかしどもの糧となるがオチよ。


「街中にあるのは妙な騒動を起こしそうで拙いだろうから、山へ持って行ってやるか。

 なにかしらが食ってしまうだろうし」


そのあたりは好きにすれがいいのだけれども、ソレはちょっと美味しかったので、もう少し口の中を転がしていたいのだが。


「ダメだ、オマエはそのまま飲み込むだろうが。

 最近食いすぎだ」


ふん! ケチ臭い男め。

 そんなであるから、使い魔を断られるのだぞ!


「それにしても、弱い相手だったからよかったものの、咲ちゃんもヒヤヒヤさせてくれる」


そのようなことを言うこやつだが、咲にはあの程度、どうということはなかろうに。

 そういう存在であるゆえな。

 それにお主はそれを利用して、「あの部屋」に住まわせておるのだろうが。


「利用しているみたいな言い方はよしてくれ。

 これはwin‐winな関係なんだからな」


それについてを咲にもちゃんと説明できていれば、win‐winとやらも認めてやろうぞ。


「……うるさいな、まだいいじゃないか」


全くヘタレめ、己が陰陽師の端くれだと言って笑われるのが怖いとか。

 何故に我はこのようなヘタレの使い魔をしておるのだろうな?

 このようにこやつが後ろでグズグズといているのを、先を行く咲が振り返る。


「オーナー、モッくんも早く!

 アイス溶けちゃいますよぅ!」


「悪い」


咲を慌てて追いかけるこやつの手から、あの薄桃色のどんぐりもどきが転がり落ちる。

 しれっとそれを口でキャッチし、しまいにはごっくんをしてしまった我にこやつが気付くのは、さていつのことやら。

 まっこと、散歩に付き合ってやるのも楽ではないのである。


Fin

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