君のノゾム未来

 携帯電話の連絡先からも、メッセージアプリからも、彼女の存在は消えていた。もはや彼女に連絡を取る手段は残されていない。そして彼女が自分から俺の目の前に姿を表すことはないだろう。だからシイナノゾミと俺の関係もこれで終わり。世界もクラスメイトも、そして俺も彼女のことを忘れてしまうだろう。


「そんなの、認められるかよ……!」


 彼女は何のために俺の『幼馴染』を自称したのだろう。なんのために現実を歪めたのだろう。……きっと、きっと居場所を作りたかったのだ。欲しかったのだ。彼女が何者なのかは俺にはわからない。でも彼女の表情を見て、悲しげな声を聞いて、その心だけはわかるような気がする。


「だから……!都合の良いことを言ってるつもりだってわかってるけど……頼む……もう一度、俺の目の前に現れてくれ!もう一度、お前と話がしたいんだ!」


 叫んだところで彼女が現れるはずもなく、声は空へと消えていく。そして、俺は学校に舞い戻った。


 学校には部活帰りの生徒がチラホラ見受けられた。その生徒達の間を通り、俺は


「頼む……消えててくれるなよ……!」


 そして俺は自分が濡れるのも厭わず、噴水に入り投げ捨てた方の携帯を探し始めた。帰る途中の生徒が驚きの顔で俺をみるが知ったことではない。その時、手が何が硬いものに触れた。


「あった!」


 急いで噴水から上がり、校門の外へ駆け出した。学校から離れたのち、水没した携帯の電源をつける。案の定、携帯はフリーズしており、最後に写していた画面で止まっていた。しかし、それでいい、その画面にはシイナノゾミからの着信、


 *


『プルルルルル!!』


 俺は複製された方の携帯で電話をかける。これで彼女が出なければ、は絶たれる。その時、電話に出る音が聞こえた。


「もしもし!」


 だが、その電話に出た声は。


『おかけになった電話番号は現在使われておりません』


 血の気が引く、絶望が俺の心を覆った。それでも、神にすがるかのように俺は電話口に話しかける。


「ノゾミ……聞こえているか?聞こえているなら、聞いてくれ」

『おかけになった電話番号は現在使われておりません』

「俺がお前から逃げ出したのは、俺がお前のことを知ろうとしなかったからだ」

『おかけになった電話番号は現在使われておりません』

「何故を知ろうとせず、ただ目の前の事象ばかりを見て、お前と向き合おうとしなかったからだ」

『おかけになった電話番号は現在使われておりません』

「自分勝手でワガママなことを言ってるってわかってる。だけどそれでも……お前と話したい、お前のことをもっと知りたいんだ……!」

『おかけになった電話ば……』


 突如、音声が途切れたかと思うと、少しして聞き慣れた少女の声が聞こえた。


『……ツカサ?』

「……ああ、ノゾミ、俺だ」

『ごめん、私……』

「いや、謝るのは俺の方だ。お前にも事情があるだろうに、一方的にお前との関係を打ち切ろうとした」

『私だって……!ツカサを騙すような真似をした!私は嘘つきなんだ!嫌われたって……しょうがないよ……』

「違う!」


 腹の底から声を出し、否定する。弁当を持ってきてくれた時の真心、俺に向けた笑顔の優しさは、決して嘘なんかじゃない。


「……ノゾミ、明日また合わないか?……昨日お前が話しかけてきたあの通学路で。そこでちゃんと話そう、電話越しじゃなく、な」

『私……ツカサとあっていいの……?』

「そんなの……当たり前だろ?だから、また明日、な?」

『うん、また明日』


 そして電話を切る。約束をした俺はしっかりとした足取りで家へ帰っていった。


 *


 次の日の朝、通学時間、俺は昨日ノゾミが話しかけてきた場所に立っていた。背後に気配を感じる。


「ツカサ……」


 声をかけられた俺は後ろに振り向く。そしてノゾミの姿を見て驚いた。その彼女の姿は銀色の雨ガッパを被ったような姿だったのだ。


「それは……」

「……これはね、私がこれ以上他の人に迷惑をかけないためのものだよ」


 雨ガッパに遮られ、彼女の表情を窺い知ることができない。


「ツカサも察しがついてるように、私には私の通りに現実を歪めてしまう力があるの。みんなが私のことをクラスメイトだと思っていたのも、ツカサの携帯に私の連絡先が入っていたのも、そのせい」

「……でも、昨日お前と会った時、『幼馴染』だっていう言葉に嘘は感じられなかった」

「それはね、この現実改変が私自身にも作用するから。私がツカサの『幼馴染』になりたいと望めば、私の脳内にその記憶が作られるの。そして記憶が書き変わったことに私自身も気づかない」

「……でも、世界も、周りの人間も、自分自身すら改変しながら、どうして俺自身の記憶は変わらなかったんだ?」

「……それは、私が無意識下にツカサの心までも変えてしまうことを拒否したからだと思う。私は世界まで変えておきながら、変わらないツカサに受け入れてもらうことを望んだの……本当バカだよね」

「……ノゾミ、なぜ俺の『幼馴染』になることを望んだんだ?」

「なんで……だろうね。……もしかしたら、『幼馴染』じゃなくちゃ君の隣にいられないって思ってしまったからなのかな」


 俺は、彼女の態度から彼女が何か言い淀んでいるように感じた。俺はそっと彼女の顔に手を伸ばし、そしてそのフードを取り払った。

 そこには、目を少し腫らした彼女の可愛らしい姿があった。


「なっ……!ちょっ、ツカサ、やめ……!」

「俺が聞きたかったのは、『幼馴染』にっていう理由だ」

「そ、それは……」


 ……どうやら俺は彼女に、ハッキリと示しておかなくちゃいけないようだ。


「ノゾミ、俺は別に『幼馴染』だからってその女の子を好きになったりしない」

「え!?……いやっ、あのっ、そのっ」

「俺が好きになるのは、その子の肩書きや関係性じゃなく、俺にお弁当を作ってくれたりする真心だったり、不意に見せる笑顔だったりとかなんだよ」

「……ツカサ」

「……ノゾミ。はっきり言う、俺は君のことが──好きだ」


 彼女は目を大きく見開き、みるみる内に顔を紅潮させ始めた。


「まっ、待ってよ!その、その思いすらも、私が望んでツカサに思わせてるだけかもしれないんだよ!?」

「ということは、ノゾミも俺に自分のことを好きになって欲しいと思ってたってことか?それなら嬉しいな」

「ち、違……!いや、違わないけど!ツカサの本当の心はそう思ってないかもしれないんだよ!」

「ノゾミ」


 俺はノゾミの両方に手を置き、彼女をまっすぐに見つめて言う。


「嘘だと思うなら、昨日、今日の君との記憶を全て消し、まっさらな状態で、君のありのままの姿で俺と接してみてくれ、……俺は間違いなく、君のことを好きになるよ」

「……うん、私、必ずツカサを振り向かせてみせるよ」


 彼女は自分の頭を、俺の頭にそっと近づけた。脳内が、スパークのようなもので埋め尽くされる。


 ……薄れゆく記憶の中で、とある記憶を思い出した。小さい頃、病院でちょっとの時間だけど、雨ガッパを着た彼女と一緒に遊んだ思い出。……なるほど、彼女は確かに俺の『』だった。


 *



「おっはよー!ツカサ!元気ですかー!私は元気でーす!」


 朝の通学路、今日ものシイナノゾミが朝っぱらから絡んできた。


「いやーツカサくん。朝からこんな美少女と一緒に通学できる感想は?」

「自分で美少女っていうなよ……前々から思ってたんだけど、腕に付けてるその銀色のリングは何?腕時計じゃないよな」

「これは私の大いなる力を封印するためのもので、外すと世界がヤバい」

「まーだ厨二病が治ってなかったのか……」


 毎日毎日これだ、うんざりする。……しかし、もっとうんざりしていることは、こんな彼女に自分が段々、そして確実に惹かれていっているということだ。


「お?ツカサ、さては私のことが好きになってきたな?」

「はあー?そんなことあるわけねえだろ!」

「いや、なるね。約束したもん。振り向かせてみせるって」

「いや、誰とだよ、何でだよ」

「さあて、誰とでしょうね」


 ウキウキで通学路を歩く彼女の背中を見ながら、俺も朗らかな気持ちで学校へと向かっていったのだった。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まったく面識のない美少女が俺の『幼馴染』を自称しています ヒトデマン @Gazermen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ