3

 あの日以降、彼女の姿を見なくなった。

 大学は勿論、近所でもだ。

 俺は自分を恨んだ。

 あの時、あんな事を言い出さなければ、彼女が消える事はなかったのかもしれない。

 遮られはしたが、俺が何を言おうとしていたのか、彼女は完全に分かっていた。

 だからこそ、遮ったのだ。

 彼女はそれを望んでいなかった。

 俺にはいつまでもでいて欲しかったという事だ。

 情けない。

 情けないが、それも何となく分かっていた筈だった。

 それ以上を望んでしまった。

 臨んだだけでなく、それを口にしようとしてしまった。

 その結果、彼女は消えた。

 まるで、元から全てが幻覚か何かだったのではないかと疑いたくなるくらい、跡形もなく消えてしまった。

 俺が見る世界はモノクロになった。


「黒瀬!いるか?」


 彼女が消えて、既に3日が過ぎようとしていたある日。

 必修科目の授業開始直前、授業を担当する教授が俺を呼んだ。

 同じ学科の同期が全員集まる必修科目だ、講義室には百人ちょっとの生徒がいた。

 単位を落とした上の学年も含まれるので、百五十人近くはいるのだろう。

 割と後方の席に座っていた俺は、教授の呼び出しが聞こえなかった。

 放心状態だったのも原因だ。

 全く反応しない俺を見かねて、隣に座っていた友人が肩を叩いた。

 おずおずと教授の元へ歩く。

 普通ならば呼び出された原因を必死に考えるのだろうが、俺にはそんな余裕はなかった。

 彼女を失った俺は、既に抜け殻と化していた。


「大丈夫か?」


 教授が心配そうに俺の顔を覗き込む。

 白髪交じりの五十代のオッサンの顔など間近では見たくない。

 俺は少し仰け反りながら大丈夫だと答えた。

 疑う様な目をしながら、耳打ちする様な小声で教授が話始めた。


「警察の方から、君に用事があるらしい。宇和島君に関する事だとか。今日の授業は出席扱いにしておくから、荷物を持って行きなさい。警察の方は教室の外で待たせてる」


 彼女の事で警察?

 全く意味が分からなかった。

 とにかく急いで席に戻り荷物をまとめ、俺は教室を出た。

 そこにはスーツを着た男性が二人立っていた。


「黒瀬 春輝君だね。先生から聞いているだろうが、私達はこういう者だ。少し話を聞かせてもらいたいんだ」


 そう言って、二人は同時に警察手帳を見せてくれた。

 どういう事だ?

 全く意味が分からないまま俺は二人の後を付いて行った。


「突然で申し訳ない。宇和島 亜美さんがここ数日行方不明だった事は知っているね?」

「はい……。え?ちょっと待って下さい」


 俺はその言葉に違和感があった。


って何ですか?亜美は見付かったんですか!?」


 二人は一度顔を見合わせて頷く。


「捜査上、申し訳ないが君達の関係は既に知っている。だからこそ、気をしっかり持って聞いてくれ」


 嫌だ、聞きたくない。

 この人が何を言おうとしているのかはもう分かる。

 頼む、辞めてくれ。

 これは現実ではないと、素人へのドッキリ番組か何かであってくれ。

 俺の願いは虚しくも叶わずに、非情な文章が紡がれた。


「昨日、自宅の浴室で彼女の遺体が発見された。死因は手首を切って水を張った浴槽に浸けた事による失血性ショック死。部屋からは遺書の様なものも発見されている」

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