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「貴方、ストーカー?」


 これが彼女と最初に交わしたまともな会話の始まりだった。

 お互いの自宅をまだ知らない頃、家の近所でよく顔を合わせる俺をストーカーだと思ったらしい。

 失礼な話だが、まぁ彼女にはそういう経験もあったのだろう。

 だとしても、直接聞いてくるのも問題だ。


「あの時、俺が本当にストーカーだったら襲われてたかもしれないんだぞ?」

「うーん……」


 彼女は少し考えた後、首を傾げながら言った。


「黒瀬は強姦するタイプじゃないって分かってたから」


 どうも、襲ってくるタイプの男は何となく分かるらしい。

 そして、いつもは感情のない真顔ポーカーフェイスを愛らしい笑顔に変えてこう続けた。


「だからこそ、になってるんだけどね」


 彼女には勝てない。

 何故か分からないが、俺はそう感じたのだった。

 いや、何一つ彼女より優るものを、俺は持ち合わせていないのだが。

 彼女はいわゆる優等生であり、秀才だった。

 実験レポートの評価は常にAかA+で、クラスどころか同期で常に一位だったし、試験も全科目で上位十位以内だ。


「私、一浪なのよね」


 セフレ関係になって2ヶ月くらいの時、彼女は突然そう告白した。

 反応に困る告白なのだろうが、何を隠そう俺自身も一浪だ。

 つまり、結局は同い年。

 しかし、何故突然そんな告白をしたのかは分からない。

 俺の方は割りと何でも話していたので、自分だけ黙っているのも気が引けたのかもしれない。

 彼女はそういう、ちょっとよく分からない所で律儀だった。

 やはり、根は生真面目な性格なのだろう。

 でなければ大学の成績も悪い筈だ。

 俺などは、先輩や友人から過去問を流してもらい、何とか単位が貰える点数を取れているが、彼女はそんな事をやっていないようだった。

 過去問なしであの成績は、正直化物だ。


「亜美、過去問は見ないの?」


 一度だけ、彼女に聞いた事があった。

 その時の回答があまりに衝撃的過ぎて、今でも生々しく思い出せる。


「見てどうするの?答えが分かるなら、見ても見なくても同じでしょ?」


 何言ってんだコイツ。

 過去問を見るって事は、覚える量を極力減らす為だ。

 テスト対策の為の時間を節約するのが目的だ。

 この時、俺は彼女が生きている次元が自分とは異なっている事を痛感した。

 人ではないのかもしれない。

 そう思ったのも確かだ。

 しかし、肌を重ねている時の彼女は、紛れもなく血の通った人間だった。

 その差異ギャップは、俺の心を掴んで離してくれない。

 唯一、性行為の間だけが彼女の人間味を、文字通り全身で感じられる瞬間だった。

 愛らしい声を上げながら、俺の身体にしがみ付き、絶頂を必死に我慢する姿は、彼女が自分と同じ次元に生きていると証明してくれる。

 裏を返せば、いつもの彼女は何処か浮いた存在に感じられ、まるで幽霊の様だった。

 俺は、そんな幽霊に憑りつかれていたのだろう。


「なぁ、亜美……」


 そんな関係が長くなってきたある日。

 例の如く、俺の自宅で逢瀬の時だ。

 三度程の激しい交わりの後、思考能力が極端に低下した状態のまま、俺は彼女を抱き寄せた。


「何?黒瀬」


 肩の細い彼女は、俺の片腕の中にスッポリと納まってしまう。

 唾液や汗など、お互いの体液でドロドロになっていようと、彼女は美しく、儚げだった。

 今にも消えてしまいそうなくらいに。

 俺はそれが怖かったのだろう。

 熱病に侵された様に朦朧とした俺は口走ってしまった。


「亜美、俺達……」


 そこまで言ったところで、亜美は察したのだろう。

 無理矢理唇を重ねてきた。

 その濃厚なキスによって、俺は思い知ってしまった。

 何て事を言おうとしたのだろうか、と。

 言ってしまったら、今の関係が全て破綻するではないか。

 今まで、必要以上に踏み込むまいとしていた筈だった。

 彼女が嫌がれば、それで終わりだ。

 俺は蟀谷コメカミに突き立てた銃の引き金トリガーを自分で引いてしまったのだ。

 終わった。

 このキスの終わりが、この関係の終わりに違いない。

 彼女は唇を離すと、困ったような笑顔を見せた。


「それはダメだよ、黒瀬」

「ゴメン……、どうかしてた……」

「とにかく、今日はもう寝よ。もう遅いから……」


 彼女はそう言って、俺の腕の中で眠りついた。

 終わったのだろうか。

 彼女の反応では判断できなかった。

 俺は悶々と思考を巡らせていた。

 彼女を失いたくない。

 考えている内に、俺はいつの間にか眠っていた。

 翌日、目が覚めると彼女はいなかった。

 それ以降、俺は二度と彼女に会えなくなった。

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