2
「貴方、ストーカー?」
これが彼女と最初に交わしたまともな会話の始まりだった。
お互いの自宅をまだ知らない頃、家の近所でよく顔を合わせる俺をストーカーだと思ったらしい。
失礼な話だが、まぁ彼女にはそういう経験もあったのだろう。
だとしても、直接聞いてくるのも問題だ。
「あの時、俺が本当にストーカーだったら襲われてたかもしれないんだぞ?」
「うーん……」
彼女は少し考えた後、首を傾げながら言った。
「黒瀬は強姦するタイプじゃないって分かってたから」
どうも、襲ってくるタイプの男は何となく分かるらしい。
そして、いつもは感情のない
「だからこそ、こういう関係になってるんだけどね」
彼女には勝てない。
何故か分からないが、俺はそう感じたのだった。
いや、何一つ彼女より優るものを、俺は持ち合わせていないのだが。
彼女はいわゆる優等生であり、秀才だった。
実験レポートの評価は常にAかA+で、クラスどころか同期で常に一位だったし、試験も全科目で上位十位以内だ。
「私、一浪なのよね」
セフレ関係になって2ヶ月くらいの時、彼女は突然そう告白した。
反応に困る告白なのだろうが、何を隠そう俺自身も一浪だ。
つまり、結局は同い年。
しかし、何故突然そんな告白をしたのかは分からない。
俺の方は割りと何でも話していたので、自分だけ黙っているのも気が引けたのかもしれない。
彼女はそういう、ちょっとよく分からない所で律儀だった。
やはり、根は生真面目な性格なのだろう。
でなければ大学の成績も悪い筈だ。
俺などは、先輩や友人から過去問を流してもらい、何とか単位が貰える点数を取れているが、彼女はそんな事をやっていないようだった。
過去問なしであの成績は、正直化物だ。
「亜美、過去問は見ないの?」
一度だけ、彼女に聞いた事があった。
その時の回答があまりに衝撃的過ぎて、今でも生々しく思い出せる。
「見てどうするの?答えが分かるなら、見ても見なくても同じでしょ?」
何言ってんだコイツ。
過去問を見るって事は、覚える量を極力減らす為だ。
テスト対策の為の時間を節約するのが目的だ。
この時、俺は彼女が生きている次元が自分とは異なっている事を痛感した。
人ではないのかもしれない。
そう思ったのも確かだ。
しかし、肌を重ねている時の彼女は、紛れもなく血の通った人間だった。
その
唯一、性行為の間だけが彼女の人間味を、文字通り全身で感じられる瞬間だった。
愛らしい声を上げながら、俺の身体にしがみ付き、絶頂を必死に我慢する姿は、彼女が自分と同じ次元に生きていると証明してくれる。
裏を返せば、いつもの彼女は何処か浮いた存在に感じられ、まるで幽霊の様だった。
俺は、そんな幽霊に憑りつかれていたのだろう。
「なぁ、亜美……」
そんな関係が長くなってきたある日。
例の如く、俺の自宅で逢瀬の時だ。
三度程の激しい交わりの後、思考能力が極端に低下した状態のまま、俺は彼女を抱き寄せた。
「何?黒瀬」
肩の細い彼女は、俺の片腕の中にスッポリと納まってしまう。
唾液や汗など、お互いの体液でドロドロになっていようと、彼女は美しく、儚げだった。
今にも消えてしまいそうなくらいに。
俺はそれが怖かったのだろう。
熱病に侵された様に朦朧とした俺は口走ってしまった。
「亜美、俺達……」
そこまで言ったところで、亜美は察したのだろう。
無理矢理唇を重ねてきた。
その濃厚なキスによって、俺は思い知ってしまった。
何て事を言おうとしたのだろうか、と。
言ってしまったら、今の関係が全て破綻するではないか。
今まで、必要以上に踏み込むまいとしていた筈だった。
彼女が嫌がれば、それで終わりだ。
俺は
終わった。
このキスの終わりが、この関係の終わりに違いない。
彼女は唇を離すと、困ったような笑顔を見せた。
「それはダメだよ、黒瀬」
「ゴメン……、どうかしてた……」
「とにかく、今日はもう寝よ。もう遅いから……」
彼女はそう言って、俺の腕の中で眠りついた。
終わったのだろうか。
彼女の反応では判断できなかった。
俺は悶々と思考を巡らせていた。
彼女を失いたくない。
考えている内に、俺はいつの間にか眠っていた。
翌日、目が覚めると彼女はいなかった。
それ以降、俺は二度と彼女に会えなくなった。
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