第13話 長澤 練

四方祇さんのメッセージが気になっては居たが、僕は現地人と遭遇することもなく、平穏な収穫ライフを送ることが出来ていた。

だが、1週間ほど経った日の朝、突如その平穏は崩される。

その日、僕は寝過ごしてしまっていた。中華鍋ドームで寝るとガラス蓋と違い、日光が入らない。なので自然に起きれなくなったのだ。

「ヤバいな…図鑑にも載っていないモンスターかよ。まるで中華鍋を逆さまにした形状だな…」

まさにそれ!な事を言う人物が、気づけば僕の寝床の周りを歩いている。

「邪竜のオーラってのは確かに…オレの武器も反応してるな。でも…こいつ寝てんのか?ピクリともしねえ」

((今起きました、あなたに起こされました‼︎))

心の中で抗議してみるが、全く無駄な抵抗である。

僕は声の主の男性から逃げる方法を寝起きの脳で考える。

よ…よし、巨大中華鍋を相手に向かって蹴りつけて、魔法で飛翔して逃げ、上空から中華鍋を回収する事にしよう。

決まったので、行動を起こす前に寝具や卵焼きフライパンを回収。枕元に置いていたドラゴンヘルム(マスク)はコートのベルト部分に挟んでおいた。

しかし、男性は邪竜がどうとか言っていたな。創世主クエストのドラゴン装備に反応してここに来たみたいな言い方だよね…。


『創世主権限で、道流くんと交流したい存在を増やす事にしました。さて、君は逃げ切れるかな?』


文末に、キャピ♡と擬音が付きそうな、四方祇さんのお茶目なメッセージを僕は思い出す。

僕には軽々な巨大中華鍋だけど、巨大な鉄の塊だ。他の職業の人の場合怪我をさせる事にならないだろうか?

自分が逃げる為に、他人が重症を負うかもしれない…。

僕は人と会いたくなくて焦る気持ちと、良心がせめぎ合い、行動に移せずにいた。

「…もしかするとこれは邪竜の卵か?そう考えると、村の奴らが言っていた、突然邪竜が出現し村付近の獣が居なくなり食糧が得られ無くなった…という話に納得がいくな。

動かない今の内に割ってみるか」

い、今の話は…もしかしなくても僕がドラゴン装備を所有したから出た影響だよね!?

男性に中華鍋をぶつける(予定)より以前に、現地人の人を苦しめていたなんて……というか僕ぶった斬られる…?邪竜は存在しないが、実際僕のせいで悪影響が出ていたのだ。捕まれば罪人として裁かれるかもしれない。

「………す・みません、ちょっと待ってください…話を、聞いて貰えませんか?」

僕は意を決して男性に話しかけた。

「じゃあ一気に行くかー」

だが、僕の声が小さすぎて聞こえなかったのか、二人の間に対話と静止は成り立たなかった。

「ちょっま、待ってくださいってばー‼︎‼︎」

ぶった斬りを恐れた僕は、なりふりを構って居られず、中華鍋を声の方向へ蹴りつけた。

「うわぁ…なんだぁ?」

「うわぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ」

男性よりも慌てる僕だ。

勢いよく蹴った中華鍋は、男性の頭上を通過し、熱帯雨林に地響きを立て地面に落ちた。

どこに潜んでいたのかという位、空を色付けるほ程の鳥が、驚いて飛んで行く。

鳥達の羽音も収まった辺りで僕と男性は向き合った。

僕は目を瞑っていたのを開いて、男性は一旦周りを見回した後、僕を観察していたのだった。

「お前、日本人…?」

「………ごっ…ごめん…なさい」

ええ。とりあえず謝るタイプの日本人です僕は。



「オレは日本から来た長澤 練(ながさわ れん)よろしくな。

少年はなんでこんな所に一人でいるんだ?仲間とはぐれたのか?オレと同じ討伐クエストでこっちに来た…って風には見えねえけど」

男性はどう見てもバトルタイプではない僕を確認できたからか、同郷の気安さもあるのか親しげに名乗って来た。

「ごごっ、ごめ…なさい」

飛んで逃げようかとも思ったが、色々な責任を取る必要を感じ、僕は動けずにいた。

「いや、…マジで大丈夫なの…か?」

挙動不審の僕を心配して近寄ってくる男性だ。僕は分かりやすいくらいビクついているのだろう。

心臓のドクドクと言う音が聞こえるし、手も震えてしまう。

不審者すぎて、警察なら職務質問を受けるレベルだろう。

僕も流石にこのままではいけないと思い、事実の説明だけはしようと男性の顔を見る。

「……あの…どこかでお会いしませんでしたっけ?」

何故だかその顔には見覚えがあった。

「おいおい、おっさん捕まえてナンパかー?」

どう反応して良いのかわからず、ひきつる笑いを浮かべてしまう僕だ。

一連の僕の反応を見てだろう、男性は近寄ることをやめてその場に腰を下ろす。

座ってから男性は水を飲み始めた。休憩が終わっても、移動も話しかけようともしない。

どうも僕からの行動を待っている様だった。

「………僕・は、相田道流…です。UFOが出た初日の…お昼頃に、日本から移住しました。」

か細い声で説明を行う。

「おーマジか!オレらと一緒じゃん」

「えっ……あっ!」

言われて僕は思い出した。

男性は初日のチュートリアルの後、岩影にいた僕に声を賭けて来た四人組の内の一人だったのだ。

「何で?他の3人は!?」

感情が先走った僕の言葉に、男性は眉間に皺を寄せた。その表情を見て僕は目を逸らす。

指先が冷たい…。

「あー…ああ!少年はあの岩影にいた奴か‼︎」

男性は合点がいったと言う風に手を叩く。

「相田くん?いや、道流って呼んでいいか?オレもレンって呼んでくれ」

「………初めまして…レンさん。“ハス(蓮)“のレンですか?」

「いや、練習の“練“だな」

妙な所を掘り下げて聞く僕に丁寧に対応してくれる練さん。

「熟練の“練“なんですね…」

僕がそう言うと、練さんは目を細めて無邪気に笑った。

「道流、お前いい奴だな〜」

何故か気持ちの通じ合った僕らだった。

僕の名前も、漢字を聞かれたので“道に流れる“と説明をする。

吃りつつ辿々しいながらも、練さんの辛抱強さと理解力のお陰で、僕は会話を続ける事が出来た。

「それで…実は、練さんの言っていた邪竜っていうのは、僕の装備のことかもしれないんです。迷惑をかけていたみたいで、ごめんなさい…!」

僕はドラゴンヘルムを体の前に掲げ、練さんへ説明を行なった。

「なるほど」

腕組みをして頭を縦に振る練さん。納得のリアクションを行ってくれて、見ているだけで安心できる。

良い印象を与えて、誤解を受けない人は、こういう感じなんだろうなと練さんの態度を見て僕は感じた。


「道流、それってすげーじゃん!創世主の隠しクエストなんてオレは初めて聞いたわ。仲間にも言ってもいいか?」

「はっはい、もちろん!四方祇さんも本が売れたら喜ぶと思います…」

僕の返事を声を上げて笑いながら笑顔で見ていた練さんだが、笑顔のままヨモギって誰だ?と首を捻った。

僕は練さんに、創世記1の内容と、創世主の四方祇さんのざっくりとした説明を行ない、詳しくは本を読んで下さいと締める。

練さんは早速ショップから創世記1の購入を行った様だ。

購入後、天の声からの創世主クエストの通知がきたのか、一瞬驚いた様に彼の肩が揺れた。

「マジだ!すげえ!でもオレ感想文って昔から苦手なんだよなぁ…読んでから送るまでに1週間くらいはかかりそうだわwww」

苦笑する練さんは、本を一瞬開いて閉じた。

一連の話を仲間へもメッセージで送るのだろう。本を持っていない方の片手でスマホを操作する。

「そうだ、道流も入らないか?オレたちのチャットグループに。

あいつらゲームやり込み系だからさ、裏技情報をたくさん交換できるぞ」

僕が考える素振りをしていたら、練さんは地球で使っていた端末やアプリは、MPの消費でチャットが可能と説明してくれた。

それは僕も知ってはいた情報だが、自分以外の人の情報を聞けるのはありがたい事だ。

少し迷ったが僕はお断りをした。

“そっか“とあっさり引いてくれる練さんだ。

僕が対人が苦手だという事を練さんは分かっているのだろう。

おおらかな性格に見えるが、無神経な人では無かった。

誘ったついでに、と。練さんは自分と仲間の事を僕に教えてくれた。

現在は個人行動中らしいが、僕が初日に見た3人の仲間と連携して行動しているらしい。

彼等は効率を考えて、転移の書を4人で2冊所持しており、必要があればその書を使い、会いに行ったり、クエストで移動が必要なら場所まで送ったりしているそうだ。

グループに別れた時、内部に対等な人間関係があるという印象を持っていない僕としては、よく転移の書の所有権でモメなかったなと感じたが、練さんの様な人が一緒に行動をするタイプの人であれば、信頼関係も築かれているのだろう。

練さんが第二地球に移住するきっかけも、仲間の三人に誘われたからだそうだ。

一人は練さんの弟で、他の2人は弟さんの友達だそうだ。三人は元の世界では濃いめのゲーマーだったらしい。

ゲーム内では5年以上の付き合いだとか。

練さんの仲間を年齢順に並べると↓


エリーナ(女)

練(男)

塔矢(男)

忍(男)


になる。

練・忍は兄弟。

忍・塔矢は同級生。

エリーナ・塔矢・忍はオンラインゲームでの同盟主と同盟幹部という間柄だそうだ。

ちなみに、練さんは自分でおっさんと言っていたが、21歳で大学生らしい。趣味が筋トレだそうだ。

貫禄と包容力があるので、もっと年上なのかと思っていた。

弟の忍さんと塔矢さんは二人でYouTuberとしてチームを作り、ゲーム実況の配信を行っていたのだと。

それ聞いて僕は、配信にしても移住の判断にしても、練さんと仲間の人達は行動力があるんだろうなと思った。

練さんが単身この地に来た理由だが、各々でクエストを進めていた最中に、ギルドからの討伐依頼を受けての事だったそうだ。

クエストも進めると分岐があり、どのクエストを消化すると良いクリア報酬が貰えるのかを調査すべく、仲間内で分担して検証中との事だ。

「で、まあギルドからの依頼だが。達成って事で良いよな?」

「えっ!?」

練さんは指で僕のドラゴンオーラとドラゴンヘルムを指さす。

そうか。僕がこれを装備していたから獣が逃げて、現地人の人が食べ物に困っていたんだよな。仕舞えば元通りになるのか…。

さようなら、ケープコート。おかえり、虫よけメッシュパーカー………。

「でも、良いんですか?僕をギルドに突き出さなくて」

「良いんじゃないか?依頼は食料を確保するために邪竜をどうにかして欲しい、とかだったはずだし。該当アイテムは所持リストに仕舞って貰ったし、環境への変化はあるだろ。

そもそもマジな邪竜討伐だった場合は、依頼額とは見合わない仕事だったしな。

竜討伐って言うと、第二地球の4大難関クエストの一つにもなっている程だ。

魔獣討伐では最高難易度級だぞ」

………確かに。

一般的な異世界転生のストーリーでは、竜は最高位に君臨しており、創世記1の設定でもそうなっていた。

王国の近衛兵の大群を率いて挑んでも、倒せないのが異世界の竜という存在なのである。

そしてチートスキルを持つ主人公の仲間枠なのだ。

そんな討伐が大変な龍が素材になっているアイテムをどうやって入手したんだ?四方祇さん。

「それで、道流は今後どうするんだ?ドラゴンの装備ができなくなると、危険な目に遭う事も増えると思うんだが」

「………」

僕は黙ってしまう。今までは平穏無事に暮らせていたけれど、現地の人の食料になる程度の獣は居るらしい事も分かった。

ドラゴンの装備ができないとなると不安ではある。

「……………なあ、良かったらオレと一緒に来ないか?」

それは練さんからの驚く提案だった。

練さん曰く、比較的安全な地域まで僕を送るという事だった。

「この辺の川は病原菌がうじゃうじゃいて、本来は立ち入り禁止区域だからな…。

 道流も携帯食だけじゃ、今後暮らしていけないだろう?」

練さんの話を聞き、僕は凍りつく。川の魚に…病原菌…うじゃうじゃ……?

僕はロボットのように、硬い動きで左右をスイングする。どう行動を起こせば良いのか、脳がバグって分からない。

「あ…あの、食べてしまいましたけど…僕……」

「ははっ冗談だろ。マジで食ってたら今頃お前死んでるってw即死!」

冗談だと思ったのか、ウケてくれた練さんとは対照的に、引き攣った笑いを浮かべる僕だった。

今まで全く思い出しもしなかった、加護の“超絶健康“と、スキルの“抗体“の存在。

一人で生活が出来ていたと思っていたけれど、愛情に支えられて生きながらえて来れたのだなと、僕は改めて感謝をした。

それらを僕に授けてくれた、地球の母さんに…。

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