第8話 職業選択
天の声に注意をされた為、無心で行っていたマキマキ収穫は一旦中断となる。
刈込み鋏で刈った端から所持リストに勝手に追加されてゆくのが便利で、単純に思える草刈り作業も意外と楽しく作業できていたのだ。
ご注意の後僕は装備を完了させた。
動きやすさも考えて最低限の着用にしたが。イナワラ帽子(麦わらではないらしい)、足袋、虫除けメッシュパーカーを羽織り、鋏を高枝切り鋏にもちかえた。
刈込み作業中に移動をしていると、蔦が当たって邪魔になったので先に切り落とそうと考えたのだった。
『職業で、農業・林業を選択する事で、作業中のHP消費が0となり、作業効率も上がります』
蔦を切り落とそうとした僕に、天の声は驚くことを僕に伝えてくる。
説明に沿って農業を選択をしてみた所、実際その様になった。
ハサミの重さがゼロになり、上を向いての作業などでも首が疲れるなどの違和感も無くなったのだった。
プラス、刈り込んだ後の根や木を触ると、次回収穫までにかかる時間がわかる様にもなっていた。
こちらの世界での職業とは、かなり便利なものの様だ。
所持リストに入った蔦を見てみると名称は“ツタヤ“となっており、こちらもマキマキと同様料理や、そして漢方薬としても利用ができる食材の様だった。ただ、売り値はマキマキの方が高い。
薬として使うにも、一度蔦をすりつぶし水に溶かし、その沈殿物を乾燥させて利用するらしいので手間が掛かる様なのだ。
しかしお菓子にも使えるという事なので、甘いものが食べたくなった時は挑戦してみようと思った。
ツタヤの別の利用方法としては、籠なども編めるらしいが…これは無いかな。
自然装備を装着した事でも、入ってくる情報の詳細が増える様だった。
マキマキの情報も見直すと、さっき見た時よりも倍以上に情報が充実している。
対モンスターへの使い方等の記載だ。
頼もしい限りだが、そういう機会は無い事を願う‼︎
僕は高枝切り鋏でツタヤを切り落とし、刈り込み鋏に持ち替えてマキマキを収穫する。
農業や林業を選択し、武器の鋏を持っていると全く体が疲れない。労働をしている充実感は得られるのに疲労は一切なく、収穫だけができる。これはますますハマりそうだ。
しかし楽しい作業は日が暮れ前までしか続けられなかった。
夕日に気づき作業を止めると、ものの10分で真っ暗になってしまったからだ。
これが農業、自然相手の職業か…。
「この暗さだと移動もできないし、今日はここで寝るしかないな…寝具6点セットは確か貰ってたけど、直に土の上に敷くのは嫌だなぁ」
何か使えそうな物は無いかと所持リストを見るが、僕が持つのは見事にキッチン用品ばかりでリビング要素はゼロだった。
「そういえば、料理人に職業を変えるとどう見えるんだろう…」
農業の時のように使える情報が増えるのかもしれない。
農作業は今日はもう終わりだろうし、職業を料理人へ変更を行ってみる。
「う、うーん…レシピがめちゃくちゃ増えた?」
マキマキやツタヤの調理法が、空中ディスプレイの画面をスクロールして行っても、底が見えないほど増えていた。
試しに所持リストから自分の鍋を取り出すと、こちらは武器扱いとなっており、持っても重くない。
農業の鋏と同様に、消費HPも0になる様だ。
便利と言えば便利だが…今日収穫したマキマキを調理して食べてみるくらいしか思い付かないな。
「この卵焼きフライパンが大きくなれば、ベッドの代わりにできるかもしれないけど…最悪宝箱の空き箱に吸血鬼みたいに入って寝るか…な…っ!?」
僕としては実現不可能な事を口にしたつもりだったのだが、持っていた長方形のフライパンは10倍程のサイズに伸びて驚く。質量とかは無視の世界なのね。
10倍のサイズになっても重さゼロで持ち運び可能だったので、日中にマキマキを収穫し終えた場所に巨大フライパンを置いてみた。
その場所は他よりも、木が植る間隔が広くなっているせいで、空からは多めの月明かりが届いている。
月明かりが照らすのはフライパンと布団セットなので雰囲気が有るというよりは、違和感しかないのだが…。
そのテフロン加工のベッドの横で、僕は改めて所持リストを確認し、カセットコンロ・土鍋・水・食材を取り出した。
満月に近い月の灯りのお陰で、簡単な料理くらいならできるはずだ。
カセットコンロに、お粥を作る時によく利用していた1人用土鍋を置き、水、鍋キューブの素(キムチ味を一つ)投入し火に掛ける。
キムチスープにマキマキの葉と、乾燥野菜ミックス(キャベツ・にんじん・ほうれん草・玉ねぎ)、高野豆腐を適量入れて、簡易キムチ鍋にしてみる事にした。
蓋を閉める前にふと気づく、水分が半分近く減っている事に。
水で戻さず直接入れた野菜ミックスと高野豆腐に大半のスープが持って行かれていたのだ。
すかさず水分を足してみるが焦った。危うく焦げつかせてしまう所だった。
もうスープが吸収されなくなったのを確認し、土鍋の蓋をして、あとは蒸気穴から湯気が出るまで煮込み作業だ。
マキマキを取り出した時に感じたが、多分職業を料理人にしたせいなのだろう。
収穫の時には表面を毛が覆う種類のマキマキがあったのだが、所持リストから取り出した時には同様に巻いている形状だが、毛が着いていないツルンとした物のみが選ばれていた。
どうも毛がついている方は食用ではなかったらしい。
火の周りにいると鍋のスープの沸騰に伴って体にも熱が伝染してきた。日中よりも少し寒くなっていたので手を温めるように鍋に寄せる。
もしかすると、ソロキャンプをすると、こういう感覚なのだろうか。細部の神経に気持ちが届いて、自分の等身大がわかる感じがする。
月明かりとガスコンロの火しか光源がないので自然と五感が鋭敏になった結果なのだろうか。
その敏感になった所に、加熱に連れて食欲をそそるキムチの香りが漂い、僕の食欲を刺激してくる。
料理人の職業のせいなのか、はたまた料理人スキルのお陰なのかわからないが、鍋を見ると出来上がりまでの時間がタイマー表示される様になっていた。
マキマキにさえ火が通れば、あとの具材は乾物なので完成まで3分だった。
しかしその短い間も、僕は食べる事ばかり考えてしまう。
たくさん収穫されたマキマキの別の調理法や、玄米や無洗米も所持リストにあったので次の機会があれば土鍋で米を炊く事などである。
待ち遠しかった3分後、僕はコンロの火を止めた。
取り皿とお玉、お箸は既に手の中で使用される機会を待っていた。
土鍋の蓋を開けると酸味を含む刺激的な香りが湯気とともに立ち上る。
さて、マキマキはどんな味なのだろう…?
取り皿に掬い出し、まずはマキマキを一口。
マキマキが、どんなに癖のある食材でも食べれるだろうと、安全の為にキムチ味にしたが、ほぼ癖や苦味などもなく、ゼンマイの様な筋が残る感じも無かった。
むしろ一緒に煮ている乾燥キャベツよりも柔らかく、とろりとした食感だ!
似ている食材を挙げるならば、えぐみが消えたほうれん草みたいな?山菜というよりは葉物の様な食材だったとは意外だった。
加熱直後の高野豆腐もふんわりとして、とろける食感だ。
煮た後に冷やしてしまうと、再びボソボソ食感に戻ってしまうので嫌いな人も多い食材らしいが、僕はかなり好きだ。
とろける食感のマキマキと高野豆腐が特に美味しくて、一瞬で飲む様に食べてしまった…。
食材も美味しかったが、味付けは流石の鍋キューブさん。異世界の新食材と合わせても美味しく食べさせてくれた。
熱々で、ピリッと刺激的なのだが、内臓を痛めつける重さではなく、じんわりと体に染み入り、早速栄養になってくれる感覚だ。
凄い幸福感。
自然と笑顔になって、僕は鍋を食べ進めた。
最初はスープは残して、生米を入れて雑炊にしようかと思っていたけど、吸収されて残りはしなかった。
その後、同じ具材+今度は鳥だし味のキューブに変えて、鍋2周目に突入した。
食器は職業を料理人にしておくと、所持リストへの収納時に食洗機ボタンが発生する。そのボタンを押すと、一瞬で高圧洗浄乾燥した状態になるのでとても便利だった。
2週目の鍋を煮込む、完成までの3分間。
「父さんと母さんも、ご飯食べてるかな…
僕が急に居なくなったから探してるかな」
不意に家族を思い出す。
逆に言えば、移転してから家族を忘れて作業していた事に僕は気づいた。
『第二地球に移転した場合、第一地球での存在は抹消されます。関係者の気持ちはスキルや加護となり、第二地球での生活に引き継がれています』
「そ、そうなんだ!?」
天の声さんが急に参加してきてびっくりだ。
「天の声さんもご飯食べます?あはは…」
自分の家族の話をしてしまったのが気恥ずかしくて、上掛けで余計なことを言ってしまう僕だった。
『天の声さんとは私を指しているのでしょうか?…私は食事での栄養摂取が不必要な体となっております。
稀に大気中のプラーナを自然に摂取する場合があります』
えーっと、プラーナって何だっけ?後で調べる事にしよう。
「そっか…僕の存在は消えてるんだ。じゃあ心配はされなさそうだよね………」
加護の欄を確認し直すと、母を感じて胸に込み上げてくる感情が湧いた。鼻の奥がツンとする。
泣きたくなるが、とはいえ寂しさとは少し違う気もする。
例えば、家でご飯を食べている時。僕は孤独だった。
両親は理解を示してくれて、僕の行動を強く怒らなかったが、それが逆に僕が自分を自制して、団欒を得ようとしない気持ちにさせてしまっていたのかも…。
家族にも自分の気持ちを表せない、他者を信用できない自分への違和感。
狭くて暗い場所に投げ入れられ、その容器が軋み、割られ、壊れてしまうような気持ちが常に有った気がする。
今日、1人だけの世界に移住する事になって、自分だけの為にご飯を作る事になり、本来なら今まで以上の孤独を感じる所なのだろうが…。
美味しかったのだ。
こんなに美味しいのは初めてだと感じる程に、僕の古い記憶はこの半日程で遠くに行ってしまっていた。
「明日絶望しません様に…」
ジャングルの中、見上げた月を独り占めしてつぶやく。
ネガティブな発言も笑顔でのセリフになってしまう所、どうも僕は自分の感情に素直なじゃない様だ。
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