第7話 装備一式セット宝箱
見回すと鬱蒼とした緑の壁。首を逸らせて見上げると、木々の隙間から気持ち程度の面積の空を眺めることができた。
熱帯雨林という物だろう。
巨大な原色の花を咲かせる植物がアートの様に点在し、足元はゼンマイ系の新芽が渦巻いた不気味な造形の植物が大地を覆う。
高い木の枝にはロープの様に絡む蔦が目立つ。
ちなみに、ぐるっと一周見回したが、この熱帯雨林を抜け出せそうな方位は見付けられなかった。
周囲から聞こえるのは、木々が立てるざわつきや、聞いた事もない様な鳥の、囀る声だ。人と遭遇しない静かな自然豊かな場所を好む僕でもこの状況は恐怖しか感じられない。
「どうしよう、どうしよう、ど・どど…どうししたらいい!?」
本日、ミスで転移する事2回目。しかも1時間も経っていないのに。
さすがに自分の性格が嫌になって来る…。
『どうとは?この場から、前回の場所に戻る事を希望ですか?』
「あるの!?」
僕の慌てっぷりに天の声が勝手に反応してくれた。
『ショップにて転移の巻物の購入は可能です』
「ありがとう天の声‼︎」
僕は何年かぶりにテンションが上がった。
が、ショップ料金での転移の巻物を見ると100万YENで、凍りつきそうになった。
「……高いですね」
所持金額で購入出来なくもないが、そうすると1日で預金の半分近くを使う事になる。
転移の巻物を利用するのは最後の手段だとして、もう少し考えてからにしよう。
「あれ?意外と暑くないんだな、ここ…」
赤道の熱帯雨林というイメージで想像していたのだが、日本の春くらいの気温か?日中の日陰でこれなので、夜は肌寒いくらいになるのでは。
だからシダ系の植物も生えているのか…と思い僕は足元のゼンマイに似た植物を毟ってみた。手元で観察しようと思ったからだ。
しかし瞬時に植物は僕の手の中から消えて所持アイテムの方に入ってしまった。
「ええー…取り出すの面倒だな…あれ、美味しいんだこれ?しかも購入すると高い!?」
植物はマキマキという名称の植物だった。
茹でて食べたり、乾燥させれば保存が効くらしい。貧血や便秘に効果的らしく、主にそういった症状に悩む女性が高額でも購入するそうだ。
勝手にアイテム欄に入ってしまって困ったが、説明欄を見て勉強になったな。
あと、生鮮品は消費時間も存在したので、期限内に天日に干す(マキマキの場合)か、消費をしなければと感じた。
マキマキという植物だが、手軽に収穫しやすいのに大量に発生している。人も居ない場所に転移したので競合相手も居ないだろう。
猛獣などに襲われる危険がなく生活できる様であれば、この場所でマキマキの収穫をして、ショップで販売を行う事で生活費が稼げるのでは?と僕は感じ始める。
「もうちょっと、この地域の情報が欲しいなぁ…」
『畏まりました。調整します。
…所持リスト中のiPadでの検索が可能となりました。
iPadの使用には、1分毎に1MPを消費します。
MPの消費により、第一地球と第二地球のウェブデータにアクセスが可能です』
天の声は相変わらず機械的な音声だが、最初の頃より人間の感覚に近くなって来ている気がする。どうなっているのか分からないが、凄いものだ。
それにしても、この世界…第二地球もネット環境があるのか。転移の巻物の映像ではビルなどが見当たらなかったのでかなり意外だ。
「エムピー?マジックポイントって事?載ってたっけ??」
僕の声に反応してか、空中ディスプレイが出現した。
表示されていたのは目を閉じていた時に見えていたマイアカウントのページの一部で、僕のプロフィールが勝手に自動入力掲載されている。
◆相田道流◆
◇HP 19970/20000
◇MP 2700693/3000000
所持総額 2.570.032YEN
職業/未設定
スキル/料理人(天職) ー薬膳
ー美容
ー栄養士
ー抗体
加護 /超絶健康・幸運・危機回避・限界突破・独立成功
『職業は、装備装着後に設定できます。
HPは体を鍛える、食事、防具の装備、睡眠等で上昇します。
MPは研鑽を積む、書物を読む、装飾の装備、精神の向上などで上昇します。
HP・MPとも1分ごとに1回復します。
怪我や空腹、ストレスなどで低下します。』
MPに比べてHPの少なさや、スキルで料理人(天職)となっているのに職業未設定とは。ツッコミ所多々に見えるが、とりあえず低すぎるHPを上げておかねばと感じたので、装備一式セットを開封することにした。
装備の種類はシンプルに3パターンだった。
剣、魔法、自然。
流石に中身は見れないが、開封をする前に各種宝箱を押す事で、装着後のHP・MPの上昇率や発現する職業が先にシミュレーション出来る様だ。
『あなたへのおすすめは自然装備です。
職業“料理人“との装備適性が高く、HP向上、猛獣忌避の効果があります』
天の声の言う忌避効果につられて、僕は迷わず自然装備を開封することにした。
いざ、装備一式セット宝箱の開封である。
所持アイテム欄の宝箱の画像を押すと、画像が虹色に塗りつぶされて、その後消える。
画像が消えた瞬間、実物大の宝箱が僕の足元に出現した。
今まで取り出してきたアイテムと違い、実際に見た事のないものが出て来たのが衝撃だ。ファンタジー世界の洗礼か。
大きすぎる宝箱に面食らったが、そりゃ今から装備するものが入っているのだからね…実寸だよね…。
先程、偶然遭遇した移住者の人達の装備を思い出し、コスプレをして生活をするのかと想像を巡らす。
少し恥ずかしいような、それでもわくわくする様な不思議な気分だ。
引きこもり生活では味わえなかった感覚に、こっちの世界も楽しいのかもと僕は思い始めていた。
手を触れると箱が開き、僕は自然装備と対面する。
「………こっこれはっ……」
アイテム
・イナワラ帽子
・虫取り網
・虫籠
防具
・足袋
・ジャージ上下セット
・虫よけメッシュパーカー
武器
・ショベル
・高枝切り鋏
・刈込み鋏
・万能鋏
計10アイテム。出てきたのは夏休み満喫セットの様なアイテムだった。
ファンタジーさのカケラも無いのだが…さっきのコスプレ四人衆は装備一式セットの装備ではなくショップでの購入品だったのだろうか?
普段怒らない僕も流石にふざけてんのか運営?とクレームを入れたくなる心境だ。
多分ゲームでこれを開封した場合、鬱箱と呼ばれる類だろう。
虫を追いかける装備の割りに虫除け衣装が入っているし、ハサミばっかり3つもあるしっっ!全体的に見てワンパクかよっっ!!
箱がやけに大きいと思ったら高枝切り鋏のせいだったとは…。
試しに刈込み鋏を持つと、職業選択欄には、料理人(天職)の後に農業が発現していた。
ちょっと期待してしまった後のこの惨劇に、気持ちをぶつける場所がない僕は、天の声に“装備と職業選択を完了させてください“と言われるまでの間、その鋏でマキマキを黙々と収穫するのだった。
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