第5話 チュートリアル

「…うそ……だろ。ここって………」

世界は一瞬の内に、オーロラ色々の光に包まれたと思ったら、道流の目の前から母が消えていた。そして、今までの人生では見たこともない広大な平野風景が出現していた。

その平野だが、木々が風になびき、空では雲も流れている。

しかし、通常時では耳に届くであろう草原の草を風が撫でる音も、歩く僕に踏まれた草が擦れる音も消されていた。

ミュート状態の世界だ。

不安感から自分の体を手で触り存在を確認した後、改めて細部を見ると。

最初は眩しくてわからなかったが、薄いグリーンのレイヤーを全面に乗せたかの様な、少し彩度の落ちた世界となっていることに気づく。

『第2ステージへの移転に伴い、新規ユーザーギフトが届きました。』

無音の世界を崩したのは、例の微妙に機械的な音声による通知だった。



(第2ステージぃぃぃーーーー!!!)



ショックのあまり、僕は草原に膝から崩れ落ちる。

さっきまでの自分の行動を思い返して吐きそうである。

齢16歳にして、引きこもる以上に取り返しのつかない事をしてしまった…。

遠くにはヨーロッパの田舎風景にありそうな、石造りの民家が見えた。平野で感覚が麻痺するが、その民家まで、直線距離で5キロ以上ある気がする。

……そもそもの話、この1年実の親とすら話せなかった僕なのだ。そんな僕が民家にたどり着けたとしても、初対面の相手に、家や食事を与えて下さいなど交渉できる訳もない‼︎

頭を抱えて目を閉じると、暗くなった視野中ではプレゼントの様な画像が点滅しているのが見えた。

錯覚かと思ったが、目を開けると消える。

目を閉じているのに見えるというのが何とも不思議である。

「…そういえばさっきギフトがどうとか言っていたな。

 ギフトはいいけどさ、このプレゼントはどうやって確認するんだよ。教えて欲しい………」

『現在可能な操作方法ですが。

 ・視野を合わせる

 ・音声で指示を出す

 ・視野内に映る様に手をかざし数秒待機することで、操作が可能です』

「か…会話出来たんですね………」

僕の独り言に、例の天の声が反応して腰を抜かすかと思った…。

とはいえ、既に地面に這っていたのでそうはならず、操作をする為にも僕は体育座りに足を直した。

一応言われた事を素直に試すべく、手を顔の前に翳してみる。

そのまま2秒ほど待つと矢印マークのポインターが現れ、画像がクリックできるようになった。

開いたページの操作はスマホやパソコンと同様だった。右上部にある“×マーク“で消したり、画面を指でスライドする事で移動ができる

目線での操作も眼筋で位置を合わせて2秒ほどだったが、どうも押す方法が分からない。なので疑問を呟いてみると…。

『現在可能な操作方法を組み合わせる事でスムーズに行えます』

という事らしい。

独り言を人に聞かれると恥ずかしいので却下した。

目につく範囲では誰も居ない様なので、そう言った心配は杞憂かも知れないのだが…。


さて、目を閉じた視野内にはプレゼント画像以外の画像ボタンがあり、設定ボタンも存在した。

どうも効果音も音声も、ミュートはOFFになっており、正常であれば音が流れる仕様になっている様なのだが。

じゃあ何で音が聞こえないんだよとツッコミを入れたくなる。

「ソシャゲだ。ソシャゲの世界だこれは…」

一通り画像ボタンを押して閲覧を済ませた結果、僕が出した結論はこれだった。

現在閲覧中のページはSTORYのページだ。


◇◆STORY◆◇

魔法が存在し、魔物と人間が共存する第二世界。

そんな世界に降り立った君の願いは次々と達成するだろう。

様々な存在との交流を行い、第二世界を攻略しよう。


以上3行。

どうやらこの世界の住人と交流するのが鍵らしい。

無理ゲー過ぎて、元の地球に帰りたい。

「この世界で死んだら元の地球に戻れるのかな…」

『第二世界で絶命した場合、第一地球と同様の魂の転生が行われます。

 転生先は他の天体の場合もあり…様々です。

 全ての魂が、第一地球に生まれ変わる訳ではありません。』

もう面倒なので天の声と名付ける事にするが、君の常識が僕の常識と同じだと思わないでくれ…。

世界の秘密に触れた気がして、僕は汗をかく。

一旦STORYページを消した後、画像の上に③と数字の通知が乗っている事に気づいた。クエストのページだった。

案内人(天の声)との会話や、基本操作を行ったことで、設定されていたクエストが達成出来たようだ。

そのクエストのクリア報酬押して、受け取りを行なった途端だった。

世界の色が瞬時に鮮やかになり、無音だった世界に様々な音が吹き込まれた。

どこからともなく鳥の囀り、虫の鳴き声が聞こえてくる。

今までの状態は、第2ステージへの初回ログインユーザー用のチュートリアルだった様だ。

「……今までの僕の日常は、とても狭かったんだな」

目の前に現れた壮大な情景に。

僕は、大きく息を吸い込んだ。

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