第4話 『YES』or 『NO』

2階に上がった母は今日は問答無用でドアを開けた様だ。

しかし僕はいなかった。

僕の名前を呼びながら別の部屋の中を確認している物音が聞こえる。

僕は、iPadのアプリから家族チャットに送信をしようと、キーボードや電源ボタンを押してみるが、別窓で移住ガイドブックは操作できるものの、YES・NO画面から固定されたままだ。…肝心なときに使えねぇな!(暴言)

現状見ている場合では無いものの、ガイドブックの画面には第2ステージでの所持可能リストなる項目があった。

現在読み込み中なのか、データが重いときによく見る、グルグルタイマー表示が出ている。

何というか、この雑なシステムは誰が管理されているのだろうか…?いちいち突っ込みたくなるぞ。

空欄状態の枠の羅列…という、ほぼ線で構成された所持リスト画面から、意味を持つ単語を探して解決を探ると、所持可能リストにはオススメ表示と、選択表示が存在する事が分かった。

デフォルトではオススメ表示らしい。

データの読み込みが終わり、リストの表示がなされ始めた。

(えーっとなになに…米、味噌、醤油、塩……食器洗剤。キッチンペーパー??)

長方形で囲まれた品物リストには生活必需品が羅列されている。

下部までスクロールしても鍋や食器、緊急避難用具とも取れる品物などが含まれているくらいである。

移住という名のサバイバル生活を送ることになるのでは?と僕は思った。

その直感は半分正解だった事を後で知ることになる………。

所持可能リストを下まで見終わると、“スキル“、“加護“という項目が出現していた。

スキル欄には“調理“と記されていたが、加護は空欄である。

(…オススメ表示というのは、自分を中心に4㎥内にある品物がリストアップされる。選択表示とは文字入力や思考での取捨選択でリストが可能??)

そういえば第2ステージはゲームだとか言っていた記憶がある。

(つまり、自分が欲しい能力を記載すれば、第2ステージに移動した時にそれを貰えるって事か?)

僕は一瞬、貰えたら最強となりうる能力は何かと考える。

しかしその思考は強制停止するのだった。2階を探し回った母が1階に降りてきたのだから。


絶対絶命のかくれんぼに動揺し、僕は設置面積2畳ほどのパントリー内を右往左往する。

逃げる事もできず、追い出す事もできず、………詰みだ。

悪あがきにパントリー無いの電気を消して薄く息を吐いて気配を殺していたのだが、テレビ前のに置かれた食べ終わった食器を見た母は名探偵の如く察しする。

「ここね!居るのね!?」

声を発すると同時にパントリーの引き戸に手をかけた、が。

ガツッという短い音がして、扉と壁に数センチの隙間ができただけで扉は閉じたたままだ。

我が家はパントリーとして利用しているが、個室としても利用可能設計したのだろう、部屋の内部からもフックで鍵がかけられるようになっているのだ。

扉の前には苛立った様な興奮した様な、母の息遣いがする。

対人恐怖状態であり、怒られると感じた僕は、なるべく扉から遠くに離れる訳だが、1メートルも空いていないだろう…無駄な努力である。

「…勝手に第2ステージとかいうのに行っていたら、どうしようかと思ったじゃない……」

「……」

僕は言葉を発する事も出来ないまま、母がその場から離れるのを待った。

しかし母は諦めないようで、浄水器を通した水を飲んでいる音が聞こえる。

「道流。今朝からとんでもない事が起きているみたいだから、一度家族で話し合わない?」

母は扉の前に立ち直した様だ。引き戸の扉に使われている木材が、声を吸い込み僕のいる庫内に響いた。

「…お母さんはね、あなたが健康に生きているだけで嬉しいんだからね。

負い目なんて感じなくて良いの、今も苦しいなら高校を辞めてもいいんだからね。

……た・多分、今後生活してゆく上で、学歴で苦労もするかもしれないって感じているだろうけど。

大丈夫だから!1年悩んだ分、たくさんの幸運に気づける様になってるはずだから。

………もっと、好きな事を見つけて欲しいし、やりたい気持ちが沸いたときに、他人の目を気にしなくていい、自分を抑えつけなくて良いんだよ……」

母は僕に話しかけながら、泣いている様だった。

普段明るい母の様子に、僕は緊張して口の中がカラカラに乾いてしまって。

飲み込む唾もなく、ゴホっと咳き込み存在を知らせてしまう。

意識の全てが母に向いている僕は気づかなかったのだが、iPadの加護の表示には“超健康“・“幸運“・“限界突破“という項目が出現していた。

「ぉ……お母さんにも、何か作ってくれない?お母さんは道流の作ってくれる料理が大好き…。

……お父さんが、お米や炭水化物が大好きだから…病気の予防に糖質制限食メニューも、作ってくれたり。

私がダイ…エットの時は、低カロリーメニュー……にしてくれたり………。

学校の…勉強に関係ないのに、栄養学をいっぱい勉強してくれて…」

鼻詰まりのの母は、僕へ伝える言葉の合間合間で、ハァと息を吐く。

相変わらず僕が見ていないスキル欄はオススメ表示にて、自動変更がなされ、“調理“は“料理人(天職)“に変更され、サブ項目が発生しツリー表示で“薬膳“・“美容“・“栄養士“が出現した。

「…インフルエンザで寝込んだ時は、部屋の前まで…食事を運んでくれたりしたよね。

私は道流に移したらどうしようって思ってた…あなた絶対病院には行かないでしょ…?

でもあなたの作った物を食べたら…すぐに治って。

ーー思い出したけど…あなたって昔から感染症とかは貰ってこなかったよね。

凄く健康なだけかもしれないけれど、私が仕事があるからかな。

保育園からの、呼び出しがない様に道流が頑張ってくれていたのかな……って今思ったよ」

加護の“超健康“は“超絶健康(MAX)“に上書きされ、“危機回避“も出現し、もう1段下に“独立成功“も追記された。

スキルの料理人のサブ項目にも“抗体“が追加されている。

「………母さん………………分かったよ。……出るから。父さんとも話し合う…

でも、やっぱり無理だったら、……ごめん。」

どれくらい時間が経ったかわからなかったが、啜り泣きを続けていた母に僕は声をかけた。

母に話しかけられて、過去の思い出をお互いに思い出していたに違いない。

学校の思い出はフラッシュバックして、その記憶を消したくなる気持ちが強いけれど、家族の思い出は全て楽しい思い出だ。

家族の優しさに甘え、母をこんな風に追い詰め、泣かせてしまったことに対して後悔しかない。

そして、心から安心させる事は、原因である僕にしかできない事なのだ…。

今出て、母と顔を合わせる事で、たとえ再び引きこもりになっても、今は行動をしなければいけない気がした。

それに、第2ステージについても話し合わなければならないと思う。普段会話に利用していたアプリも操作が出来ないのだ。

地球第2ステージとやらに『行ける』のかどうかは定かではないのだが、家族が第2ステージへ行く方向に纏った場合、学生での僕は家やお金がなくなるだろうから自動的についてゆく事になるのだろう。

僕は引き戸の鍵である、引っ掛けフックを上げる。

鍵は空いたが、母は気づいていないのか開ける事はなかった。

(……自分で出なきゃ。………外に、出るんだ…!)

取手に手をかけ開ける前に、僕は持ち込んでいたiPadを掴む。

入り口側に立っていたので、跨いで越したiPadの画面は逆を向いていた。

なので利用規約なるものが迷惑広告の様に追いかけバナー状態になっていた事に気づかなかった。

しかも僕が掴んだ指の位置は利用規約の、読了の□部分にチェックマークを入れていたのだ。



『ご利用ありがとうございます、第2ステージへの移動の準備が完了しました』



チェックが入ると自動で流れるシステムだったらしく、効果音と天の声が僕の脳内に響く。

気づいて居なかった僕は意味が分からず慌てて画面を見た。

「は?移動って何!?」

「…え?移動って何って、なんなの!!準備!!?」

天の声はチェックを入れた僕にしか聞こえていなかった様だ。

言葉の内容に胸騒ぎでも感じたのか、母が引き戸を勢いよく開けた。

「あっ…ッっう…ごめん!僕が間違えて押して……て…」

覚悟は決めたはずだったのだが。

母の突入に慌てた僕は、別窓で出ていた画面を指でスライドして片付けてゆく。

急に母と顔を合わせるのが気まずかったので目線を伏せながら、画面を見ているふりをして指を動かしていた。

なので、片付かない部分まで片付けようと、押してしまっていたのだ。


iPadの画面に固定されてあるように表示されていた、『地球第2ステージへ移行しますか?』の回答である『YES』の文字を。



「……………あれ?私、ここで何してたんだろう」

誰もいないパントリー内に片足を突っ込んだ母はそう呟き、何度か首を捻りながら、おかしいなぁ…と回れ右をして出ていった。

「変なUFOが現れてみんなパニックで、安全の確保に電車も動かなくなってるみたいだし、武志もそろそろ帰ってくるのかな…」

目についた食器を洗い始める母。道流がテーブルに置いていたままだった食器だ。

また、武志というのは彼女の夫で、道流の父の名前である。

道流が消えたと同時に、引き戸が全開になっているパントリー内も実は変化していた。

室内の食材が消え棚のみになっている。

今まで何度も使っていた同棲の記念に購入した無水鍋や、お気に入りのカトラリー類の大半も消えていたのだが、まるでそんなものは最初から無かったかのように。

「スーパーでおかずを買って来なきゃ。お店開いてるかな…」

さっきまで道流の母だった彼女は、調理器具が消えたキッチンに応じた発想を自動的に行った。



地球第1ステージから、おすすめ所持リストに選ばれた商品の存在と、相田道流は消されたのだった。

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