第3話 地球第2ステージに移動しますか?

コーンスープを飲み終わろうかというくらいで、首相の生放送は始まった。

iPadも開くと、オンラインでも緊急記者会見の配信がある様で、ニュースサイトの上部にリンクが出来ていた。

内容としては首相官邸からは学校の休校、国民へ自宅待機を促されていた。

航空自衛隊が出動するかどうか検討中だとも言っている。

もっとも、海外では既にに出動したらしく、SNSではニュースで放送されたであろう画像が、海外アカウントの人の動画リンクが上がっていた。

そういうレアなツイートはすごい勢いでリツイートやお気に入りのカウントが回転している。

その他の流れてゆく文章を見ると、帰宅を喜ぶコメントが多い。

朝練をする部活の学生は既に登校済みだったようだが、移動中だった者は駅などで足止めを食らっていた様だった。

自宅待機は僕には関係が無い情報ではあるが、通学している学生にとっては重要なのだろう。

ちなみに、引きこもりの僕だが高校自体は、まだ辞めてはいない。

西暦2019年末に新型コロナウイルスが発生した後から、立て続けに毒性の強いウイルスも発生したのが原因でオンラインでの授業も可能になったからだ。

現在、それらのウイルスの感染や症状は薬で抑えられるものの、一度罹患してキャリアとなった者は、自己免疫力が低下すると症状が再発症し、合併症を引き起こす可能性が高いらしいのだ。

それからオンラインでも授業が可能な様に、動画の配信が行われる様になっている。

そんな訳で、引きこもり不登校になった僕だが、オンライン動画での授業を引き続き受けていたりする。

体育などの実技では評価が全く得られないが、座学の場合は期限内に授業の動画を見て、範囲の課題を翌日の始業までにネット経由で提出する事で出席扱いとして貰えていた。

家庭科の調理や選択授業などは、動画撮影を行い課題を提出も可能。

もう少し細かく言うと、テストの際は教師とアプリで監視されつつ、オンラインで同時刻に試験が行われるのだった。

しかし、オンライン授業可能の原因のウイルスパンデミックを通り過ぎた事で、人々は外出の自由や、他者との対話の喜びを知った。

外出をしたいのに行えないウイルスキャリアの人の苦労を基準に考え、引きこもりは甘えという風潮が過去に増して強くなっていた。

……僕だって外に出ようと何度か考えてもみたが、ぬかるみに突き落とされ、抜け出せずにいると泥が乾燥し重くなり身動きできなくなる様なーー自己強迫観念とでもいうのだろうかーー高校での空気がフラッシュバックする。

僕は人の事を考える事、会う事、話すことが無理になった。

なので家の外には出ず、両親のどちらかが在宅している時も部屋からは出ることができない。

両親が家に居ても部屋から出る場合は、尿意が限界に達した時に自室から近い2階のトイレに行くぐらいだ。

それも両親が2階にいたら断固として出て行かなかった。


僕の基本の生活だが、以下の通りだ。

・夜、正社員で働く両親が寝室に入ってから1階へ移動。

・自分の夕食兼、両親の朝食(朝食で残ったおかずは母がお弁当にして持って行   

 っている)を作る。

・両親が起き出してくる前、午前4時には時室に戻り寝る。

・昼前に起きて朝食を食べながら午前の授業を確認してゆく。

・その後シャワーを済ませて洗濯乾燥機を回し、ロボット掃除機での掃除が困難

 な段差のある部分にペーパーモップをかける。

・午後からの授業はリアルタイムで受ける。

・高校の授業が終わる頃、僕の昼食兼・家族の夕食づくりを開始。

・母が帰宅する前に自室へ戻り、課題を終わらせ寝る前に学校に提出しておく。


土日の調理や掃除は両親のどちらかが休日なことが多いので、部屋から出ない僕は2人に任せているが。

週5日の家族の食事の調理は、小学校高学年の頃から僕が担当していた。

物心ついた頃から共働きの為、半調理のミールキットを母が購入していた事もある。

その頃は流石に簡単な作業だけ。

無洗米と水をセットして炊飯、レタスを手でちぎってサラダとして盛ったり、ホットプレートでミールキットを調理する程度だった。

変わったのは、僕が包丁を握れる様になっているのでミールキットは使われなくなった事と、暇つぶしに料理動画を見ると作って試したくなってしまうので、作れる料理のレパートリーが増えたくらいのものだ。

料理が楽しいので苦にならないという事もあるけれど、引きこもりになっても両親の足を引っ張るまいと食事の用意や一部の家事は続けたかった。

2人とも、本当は顔を見て話したいそうだが、一応家族間のグループアプリでチャットも出来るので、両親も今は誰にも会いたくないという僕の気持ちを尊重してくれて意見を押し付けては来なかった。



不意に世界から音が消えた。


その静寂の後に、ピンポンパンポーンという学校でよく聞くタイプのアラートが鳴る。

なんだか間抜けで気が抜けそうな音だったが、再び後に続く無音で奇妙さを感じ周囲を見回す。

なんというか、ノイズキャンセルのヘッドフォンを装着して無音を聞かされている状態に似ていた。

恐怖なのか、どう処理を行なって良いのかわからない感情で、自分の心臓が大きく音を打っている感覚が分かった。

さっきまで音声が流れていたはずのテレビに目をやると、画面に文字が表示されていた。


『地球第2ステージに移動しますか?』


その下には『YES』と『N O』のクリック可能なバナーのような画像が配置されていた。



『只今より、地球第2ステージ移行の説明を行います』

無音の世界に、どことなく機械的な女性の声が広がった。

『〜地球第1ステージは攻略まで2000年以上の歳月を費やしました。

 ですので第2ステージの創世主である“四方祇“様は、ゲーム感覚で簡単に楽しく攻略できる世界を創生したとの事です。

現在の第1ステージでは、プレイヤーの増加・環境資源媒体への負荷につき、システムの自己修復が幾度となく発生し、自然災害が増加傾向にあります。


これは、第1ステージの創世主“ماه طولانی با دم“様の提唱した「全てに平等で美しくあれ。反する者は無に帰すべし」という意志に従うものであり、今後の災害は、これまで以上に増大して行くと予想されております。


第2ステージへの移動を希望される方は利用規約に☑︎を入れて『YES』を押し、速やかに移動してください』


そこまで言い終わった後、世界の音は空気の振動を拾って正常へと戻った。

…ここまで大人しく聞いて、“昨今の自然災害の原因はこれか〜!!“…と、世界の人口のどの程度が納得しただろうか。

空に浮かぶUFOや、謎の音声…今までの常識から突き抜けている事が起こってはいるのだが、言われた事をすんなり聞ける訳は無い。

例えるならば、“テストの問題の意味が全く分からないので、答えが出せない“というやつだろうか。

もしかすると利用規約を読まないタイプの人や受け身な人だと“YES“を押してしまうのかも知れないな。

僕は、SNSでの他者の現状を確認しようとiPadを見る。しかしネットは見れず、こちらもテレビ画面と同様の表示のままだった。

しかし、テレビの画面とは少し違う所に気づく。

テレビ表示でもよく確認すれば、右上に見切れた画像は表示されてはいたのだが、“第2ステージの世界移住へのガイドブック“という画像付きバナーがあった様なのだ。

これは予想だが、スマホの横画面サイズの縮尺をテレビの画面に当てはめていたのでは……?

僕がガイドブックのリンクを踏んだ直後だった。

玄関で鍵を施錠する音がした。

「ただいまー!道流、起きてる?…お願いだから、今日はお母さんに顔を見せて!」

母の声だ。

(無理ーーー!)

僕は、本日一番のパニックを起こした。

玄関を入ってすぐに2階へ上がる階段があるので、居間に僕がいると知らない母は玄関から直通で僕の部屋へ駆け上がった様だ。

心臓がバクバクと音をたてるのを聞きながら、僕はiPadを持ち、小走りにキッチンへ避難した。

キッチンの奥の扉付きのパントリー(食料貯蔵室)があるのだ。

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