遅めのプレゼント
六花
短編
冬――子供達が楽しみにしているイベントが今年もやってくる。
それは地球、二次元、異世界、殆どの世界で恒例の行事――――クリスマス。
この異世界の小さな村でも子供達はプレゼントを心待ちにして家族と楽しい夜を過ごし、恋人達は良いムードに酔いしれる、そんな日を一週間後に控えていた。
しかし、村外れに一人で暮らす少女だけは違った。
少女は『まりあ』十歳。
産まれて直ぐに両親は他界し、祖母と一緒に村外れの小さな家で暮らしていたのだが、その祖母も三年前に他界してしまった。
まりあはとても頭のいい子で純粋な女の子。
祖母が残してくれた家から離れようとせず、自分一人となった今も花売りや村でのお手伝いでお金を稼ぎ村外れで一人寂しく細々と暮らしている。
お金を稼ぐ為にお仕事をしているまりあは学校にも行けず、あまり感情を外に出さず言葉数が少ない所為か友達もいない。
祖母が亡くなった年のクリスマスイブの日にまりあが村で花売りをしている時に同年代位の子供達の会話を小耳に挟んでビックリする。
それは『クリスマスにはサンタさんがやってくる』と言う事。
ちゃんと会話が聞こえていればまりあは勘違いしなかっただろう。
そう、まりあは中途半端に聞いた会話をその賢い頭で推測して純粋に信じてしまっていたのだ。
その中途半端に聞いた内容が――。
『クリスマス』『サンタと言う赤服の奴』『夜に煙突から家へと侵入』『寝ている子供』『届ける』と言う単語だった。
単語からまりあは――。
年に一度、クリスマスにサンタがこっそり煙突から家に入ってきて子供を攫って売人に届け、売り飛ばすと言う推測に行き着いた。
その年のクリスマスからまりあは何とか攫われないようにと試行錯誤してクリスマスの日を怯え隠れながら過ごしていた。
しかし、この二年間。
サンタは姿を現していない。
本当はいないんじゃないかと安心しかけていたまりあは三年目のクリスマスを迎える一週間前にお手伝いしたおウチのおばさんの口から出たセリフに驚愕する。
「今日もありがとね。そうだ、もう直ぐクリスマスだけどまりあちゃんのおウチにはサンタさんきてる?」
「……きてない……」
「あら。村外れだから気付いてないのかしら。じゃあ、おばさんがサンタさんに連絡してあげるから今年は絶対、サンタさんくるわよ」
「……っ!」
「それじゃあ、またお願いね」
まりあは言葉が出なかった。
今までサンタに脅えながらも平和に暮らしてきたのに、今年は奴が来る。
しかも、お手伝いの仕事を頼んでくれる優しいおばさんがサンタの手先だと思い込んでしまったからだった。
まりあは重い足取りで家に帰って考えた――。
自分が攫われたらこの家には誰も居なくなり、祖母との大切な思い出が詰まったおウチがなくなってしまう。
しかし、おばさんの報告により今年のクリスマスには必ずサンタがウチにやってくる。
結論――攫われる位ならいっその事、サンタを抹殺してしまえばいい。
まりあにはサンタに対抗するだけの物があった。
クリスマスまでの一週間の準備時間、欲しい物も買わずに約三年間貯めたお小遣い、サンタに対抗し得るだけの頭脳、周りに迷惑をかけない孤立した家、そして極めつけはずっと暮らしてきた土地での地の利。
クリスマスまでの一週間、まりあは家計簿の紙の裏に書いた『サンタ抹殺計画』に必要な物を揃えながらサンタの情報を出来る限り集めた。
調べた結果、新たな情報が幾つか手に入った。
『ソリと言う乗り物で高速移動する』『トナカイと言うお供の生物兵器を複数連れている』『沢山の武器を袋に詰めて持ち歩いている』『沢山の家を一日で回る為、超人的な肉体の持ち主』『サンタは複数人居て各地域に一人だけ派遣される』『サンタの年齢性別は幅広い』。
これらの情報も加えて、まりあは『サンタ抹殺計画』を立て直し、準備を着々と進めていった。
そして一週間後――――クリスマス当日の夕方。
まりあは心身共に疲れきっていた。
予想より費用が嵩んだ所為で食べる物を削る羽目になり二日前から何も食べておらず、サンタに負ける事を許されない張り詰めた緊張感と三日間の寒い中での準備による疲労。
それでも、今日訪れるサンタを抹殺すれば恐れをなした他のサンタはこの先、自分を攫いに来なくなると推測して信じているからこそまりあは動けていた。
負けたら最後の晩餐となる夕食はコップ一杯のお湯。
ゆっくりとお湯を飲み干したまりあがコップをテーブルの上に置くと同時にお腹が悲鳴をあげる。
「……おなかすいた……」
空腹に耐えながらサンタがやってくるとされる夜中まで待つ。
そして夜が更けて来た頃、サンタを視認するべく玄関近くの窓から監視をしていた。
一方、まりあの地区担当のサンタは――――。
村の子供達全員にプレゼントを配り終えて残すはまりあのみ。
外に四匹のトナカイを繋いだソリを停め、村の酒場で食事をしながらプレゼントのリストを見て悩んでいた。
「次が最後なのに、どうするんだよこれ」
悩んでいるサンタに女店主が声をかける。
「おや? 今年からこの地域に来るサンタさんが変わったのかい?」
「ああ。前の人は定年になっちゃったから今年から私になったんだよ」
今年からこの村の担当になったサンタは長い銀髪で男の子っぽい喋り方をする二十歳くらいの女性。
「そうかい。じゃあこれからもよろしく頼むよ」
「ああ」
「ここで飯食ってるって事はもうプレゼントは配り終わったのかい?」
「あと一軒で終わりなんだけどさ……。はぁ……」
女店主の質問で溜息をついてリストに視線を落とす。
その様子を見た女店主はサンタに尋ねた。
「どうしたんだい? 難しい顔しちゃって。最後の一軒に何かあるかい?」
「これ、最後の子のなんだけど」
リストの束から一枚取り出し、女店主に手渡す。
「あら。まりあちゃんじゃない」
「おばちゃんその子の事、知ってるの?」
「知ってるも何も、亡くなったまりあちゃんのお婆ちゃんとは長い付き合いでね。亡くなってからも、まりあちゃんには良くウチの手伝いにきて貰ってるのさ」
「ちょっとその子の事教えてくれない?」
「構わないよ。そうだねぇ。まりあちゃんは産まれて直ぐに両親を亡くしてね。お婆ちゃんと二人で暮らしてたんだけど三年前にそのお婆ちゃんも亡くなっちゃってねぇ。一人になったまりあちゃんを知っている村の大人達が心配して一緒に村で暮らさないかって言ったんだけど、今まで暮らしてきた大切な家から離れたくないって聞かないんだよ」
「だから、子供一人で村外れに住んでるのか」
「それで生活をする為にお金を稼ぎたいって言ってきたから、ウチらは仕事をまりあちゃんに手伝って貰ってるのさ。小さいのに大人が顔負けするくらい働く頑張り屋さんさ。だけど、あんまり感情を表に出さないし、口数も少ない子だから友達が一人も居なくてねぇ……」
困った顔をする女店主は少し黙って、自分のグラスに酒を注いでそれを一気に煽る。
「で? まりあちゃんがどうかしたのかい?」
「それがさ。調査不足で今までプレゼントを届けられてないんだよ」
「そうだったのかい。可哀想に」
悲しそうな顔をする女店主にサンタは、
「可哀想なんだけどさ。問題はその下にあるんだよ」
コップを揺らして半分位入っている酒を弄ぶ。
「下? 希望プレゼント……。何も書いてないけど」
「それなんだよ。村の住人からの報告で村外れに子供が居るって事がわかったんだけどさ。その子がサンタの存在を知らない所為か、プレゼントの手紙がこっちに来てなくて何も用意出来てないんだよ」
プレゼントの手紙とは専用の靴下にサンタ宛の手紙を入れると自動的に手紙がサンタの本拠地に転送され、それを基にリストが作成される。
「じゃあ、今年もまりあちゃんにはサンタもプレゼントも来ないのかい? 一人ぼっちになっても泣き言一つ言わず頑張って働いているあの子にそれはあんまりじゃないかい?」
「でも……私、何もプレゼント持ってきてないし……」
「そんなの簡単じゃないか! 直接まりあちゃんに欲しい物聞いて直ぐに用意したらいいじゃないか!」
女店主は怒り気味でサンタに物言いをする。
しかし、サンタは、
「それが出来れば苦労しないんだよ。サンタのルールってのがあってさ――」
冷静にサンタのルールを女店主に教える。
この世界においてのサンタのルール。
その一。子供との接触をした者は減給をした上で配置換えとする。場合によりクビ。
その二。姿を見られたり声を聞かれるのはサンタが実在すると教える為なら最低限は良しとする。
その三。クリスマスのサンタ業時以外で子供にサンタと名乗るのは禁止。この禁止事項を破る若しくは子供に正体がバレた場合、地下の牢獄に十年間収容される。
その四。サンタと接触した子供はサンタからその後、一切のプレゼントを無しとする。しかし、この項目に至っては例外あり。
その五。その四の例外も含め、以上の項目の成否判断はサンタ協会のトップである五大サンタにより審議される物とし、その審議された結果は絶対であるとする。
「――このルールがあるから困ってるんだよ」
「そんなものがあったんだね……。でもさ、あんた、サンタなんだろ? 欲しい物が分からなくても子供にプレゼントを届けるのがあんた達の役目だ。希望の物じゃなくてもいい。自分にもサンタさんが来るって希望を与えるだけでもいいんじゃないかい?」
「……希望か……」
サンタは席から立ちカウンターに食事代を置いて店の出入り口へと歩き出す。
「おや? 帰るのかい?」
「プレゼントを届けに行くのさ。まだ決まってないけど、今の私が届けられる最高のプレゼントを届けてみせるさ」
振り向かず言葉を放つサンタの背に向かって女店主は、
「頑張んな。店開けとくから、届け終わったらウチに寄りな。あたしの奢りで好きなだけ飲み食いさせてやるよ」
拳を作り親指を立ててニカッと笑う。
店を出たサンタはソリに乗り込み、
「さあ、今年一番の大仕事に行こうか! ベル、ブラウン、イブ、クロス。行くぞ!」
四匹のトナカイの名を呼び、号令を出し手綱を引いて空へと飛び立った。
数分後――。
そんなやり取りがあったとも知らないまりあが家の前方上空に情報通りの物体を視認する。
――――サンタがやってきた。
「……いち、に、さん……敵は五体……」
サンタ側の数を確認した後、まりあは直ぐに戦闘態勢に入る。
まずは定番通りに煙突から中へ入ろうとサンタは煙突の横にソリを停めて煙突に潜り込む。
「これが一番簡単なんだよな。……ん? 何か煙いな。……っ! 熱い熱い!」
煙突の中腹位まで降りたサンタは下で大量の薪が物凄い火柱を立てて燃え盛っている事に自分のスカートが焦げてから気付いた。
慌てて上がり煙突から脱出したサンタは炙られたお尻を屋根に積もった雪に突っ込み冷やす。
「危うく焼け死ぬトコだった。こりゃ煙突からは無理だな。仕方ない、裏口に回るか」
お尻を冷ましたサンタはソリに乗り裏口へと降り立つ。
「……チッ……」
サンタを丸焦げに出来なかったまりあは暖炉の火を小さくして裏口のドアへと来ていた。
「サンタ極意その一。煙突がない場合用の鍵開けテク」
鍵が掛かっていた裏口のドアの前にしゃがみ、ピッキングツールで鍵開けを始める。
しかし、鍵はまりあによって、とても難解な物に取り替えられており中々開けれない。
ドアノブの下に気付かれないように付けておいた覗き穴からサンタが鍵開けに集中しているのを確認したまりあは、
「……女の人……? ……なら、これで死ぬかな……?」
ドアの内側に張られたピアノ線を枝切りバサミで切る。
すると、裏口の軒に仕掛けてあった棘付きの大きな鉄球が鍵開けをしているサンタの横っ腹目掛けて振ってきた。
「ぐふっ!」
鉄球が直撃したサンタは五メートル程吹っ飛び地面に転がる。
まりあはその様子を裏口の小窓からみていた。
「……くっ……。す、凄いセキュリティーだな……」
手足を震わせ、産まれたての子鹿の様に起き上がるサンタ。
「……あっ……生きてた……」
サンタは一度ソリで家の近くの林に行き、そこから徒歩で家に近付いていく。
「サンタ極意その二。セキュリティーが強固な場合一度離れて全体を観察し、侵入経路を見つけるべし」
サンタが次に目を付けたのは家の側面にある窓。
そこへ向かって真っ直ぐ歩いていると足の下からカチッと言う音がした瞬間、
「へ?」
光と共に大きな爆発が起こった。
「ふぎゃっ!」
爆発を起こしたのはまりあが仕掛けた地雷。
爆煙が引くとそこには服がボロボロになったサンタがフラフラしながら立っていた。
「……これでも死なない……」
窓からこっそり見ていたまりあは中々息の根が止まらないサンタを見て不満そうにしていた。
「横はダメだ。雪で何処に地雷があるか分からない。不本意だが玄関から行こう」
玄関前から村までの道の部分は雪かきがされていて地面が見える。
そこに目を付けたサンタは地雷がないか確かめながら玄関へとその道を歩いていき、玄関のドアへと辿り着いた。
「地雷はなかったな。軒にも罠はなし。さて、鍵は……あれ? 開いてる……ラッキー」
サンタが音を立てないようにドアを開けると、
「……早く死んで……」
玄関の内側に設置しておいたバリスタの紐を切り槍を放った。
「ちょ!」
辛うじて受け止めはしたが勢いで三メートル後方まで押し戻されてしまう。
「……これもダメ……つ……ぎ……」
次の武器を取りに行こうとしたまりあはその場に倒れた。
意識が朦朧とし、立とうとしても手足に力が入らない。
「危ないな~。普通の人だったらとっくに死んでるよ。……あっ!」
槍を道の脇に捨てたサンタは玄関口で倒れているまりあに気が付いて、駆け寄って抱きかかえる。
「どうした!?」
サンタに抱きかかえられたまりあは、
「……やだ……連れていかないで……何でもするから……おねがい……」
普段は感情を表に出さないまりあが声を震わせ大粒の涙を零した。
「この子は何に脅えているんだろ……?」
「……おばあちゃん……たすけて……」
うわ言の様に助けを請うまりあのお腹から空腹を知らせる音が鳴ったのをサンタは聞いて、まりあを抱えて台所へと向かった。
「ちょっとここで待ってな。直ぐに食べる物探すから」
食卓の椅子にまりあを座らせたサンタは食べ物を探す。
台所や他の部屋を探しても何処にも食べる物がなく、まりあの所へ戻ってきたサンタは食卓の上に置いてあった紙に気付き、手に取って読んだ。
「サンタ抹殺計画?」
その紙にはまりあがサンタについて手に入れた情報や罠の設置場所、必要な道具と費用まで細かく書かれていた。
その計画は家計簿の裏に書かれており、サンタはそこにも目を通し衝撃を受ける。
「もしかして……この子は……私に脅えてたのか? 欲しい物も買わず、食費まで削って、貯めたお金をサンタを倒す為だけに全部使っちまうなんて……」
サンタはまりあの手を見て涙を流し、
「可愛い小さな手がこんなボロボロに……。ベル! おいで!」
立ち上がると窓からトナカイを呼んで素早く手紙を書いた。
「これをさっきの酒場のおばちゃんに急いで届けてくれ!」
手紙をベルに銜えさせて遣いに出した。
ベルが駆け出した直後、家の中を探し回り、まりあの防寒着を持って台所へと戻ってきた。
そこには椅子から降りてフラフラになりながらもサンタに向かってナイフを構えるまりあがいた。
「……一人でも……まりあは負けない……」
その姿を見たサンタはナイフの刃を強く握る。
掌から流れ落ちる血には見向きもせず真っ直ぐにまりあの目を見つめ、
「大丈夫。サンタは君を傷つける事はしない。信じてくれ」
涙を流しながら真剣に語りかけるサンタに心を許したまりあはソッとナイフから手を放した。
ナイフを床に置いたサンタはポケットからハンカチを取り出して傷口に巻き付け、まりあに防寒着を着せながら笑って話す。
「ははは。身体は凄く頑丈なのに掌だけ弱いんだな~、これが」
「……まりあは連れていかれるの……?」
「サンタは人攫いじゃないから。私達は年に一度、良い子にプレゼントを届ける人さ」
サンタの言葉にまりあは耳を疑う。
「……プレゼント……?」
「そう、プレゼント。君は何か欲しい物ないか?」
欲しい物を聞かれたまりあは、
「……ない……」
即答した。
「何でもいいんだよ?」
「……ない……」
決してまりあは遠慮しているわけじゃない。
本当に欲しい物がないのだ。
「う~ん。じゃあ、聞き方を変えようか。君のいつも考えてる事は何だ?」
サンタの質問に下を向いてまた涙を零すまりあは答えた。
「……一人は嫌……寂しい……」
涙と共にまりあが今まで抑えていた心の声が溢れ出した。
「そっか。君はずっと寂しいのを我慢して一人で頑張ってきたんだな」
サンタは指でまりあの涙を拭い、
「よし、決まった! 今の私が君にあげられる最高のプレゼント。これが最初で最後のプレゼントになるかも知れないけど受け取ってくれるか?」
優しく微笑みかける。
「……最高のプレゼント……?」
「そう、私というお友達。一年に一度しか会えないし、下手したら次に会えるのは十年後になるかも知れないけど、そんな私でも良かったら、このプレゼント受け取ってくれないか?」
サンタの手を取ったまりあは、
「……初めてのお友達……まりあ……嬉しい……サンタさん……ありがとう……」
祖母が亡くなってからまりあは初めて笑顔を見せた。
まりあの頬に手を当てたサンタは照れくさそうに笑う。
「お友達になったんだからサンタさんじゃなくて名前で呼んで貰おうかな。私の名前は『ルビ』だ。よろしくな。まりあ」
「……よろしく……ルビ……」
まりあも照れくさそうに笑った。
その時、使いに出ていたベルが戻ってきた。
「良い所に帰ってきた。今日の仕事は終わったし一緒にご飯食べに行こうか!」
立ち上がって手を差し伸べるルビの手を取らず、下を向いてしまうまりあ。
「……まりあ……ごはん食べるお金……ない……」
落ち込むまりあを抱き上げたルビは、
「大丈夫! 今日は聖なる夜。どんな奇跡だって起きる素敵な日なんだ。ちょっとスピード出すから落ちないようにしっかり摑まってろよ!」
ベルをソリに繋いで手綱を握ると、全速力で村の居酒屋へとソリを走らせた。
流れる景色を見ること数秒――。
酒場の前にソリを停め、店内へとまりあを連れて入るルビ。
入って直ぐ左にあるカウンターの上には沢山の美味しそうな料理が並べられていた。
「遅かったじゃないかい、早く座りな。折角の料理が冷めちまう」
二人は女店主に促されてカウンター席に座ったが、まりあは浮かない顔をしている。
「……おばさん……ごめんなさい……まりあ……食べれない……」
料理に手をつけようとしないまりあに女店主は尋ねた。
「おや? 嫌いな物が入ってたかい?」
首を横に振ってまりあは、
「……まりあ……お金ない……」
自分の上着の裾をギュッと握り締め、泣きそうになるのを堪える。
更に暗い顔をするまりあに女店主は怒っている様な声で言葉を浴びせる。
「まりあちゃん! 手を出しな!」
料理を粗末にしてしまうから怒られると思って恐る恐る手を前に出した。
女店主は出されたまりあの手にフォークを握らせると、
「この料理はあたしからまりあちゃんとその友達のサンタへのクリスマスプレゼントさ。だから、遠慮しないで食べな!」
鼻息を荒くして満面の笑みを見せた。
女店主の優しさにまりあは深く頷いて答えた。
「……うん……おばさん……ありがとう……」
お礼の言葉を発したまりあの頬を涙が伝う。
しかし、それは悲しくて流れた物ではなく、嬉しくて自然と流れた涙だった。
その証拠に、まりあの見せた笑顔には一片の濁りもなかった。
「おやまぁ。こりゃ最高のプレゼントを貰っちまったよ。さ、早くお食べ」
まりあが食べ始めると女店主はルビに手紙を見せて話を切り出した。
「あんた、こんな事して大丈夫なのかい? 行く前はルールがどうとかって悩んでたじゃないか」
「そりゃルールの事は少し気になるけど、今はまりあと友達になれた事の嬉しさで胸がいっぱいなのさ。私もずっと一人ぼっちだったからね」
そう言ったルビはすっきりとした顔をしていた。
「そうかい。その気持ちはサンタのお偉方にもきっと届くはずさ」
「そうだといいな」
三人での楽しく喋りながらの食事を終え店を出る。
――時刻は夜明け前。
二人が乗ったソリが空へと飛び立つとルビがまりあを抱き寄せ囁いた。
「もう少しだけ時間があるから、お散歩しようか」
「……うん……」
寄り添う二人を乗せたソリはゆっくりと夜空を走る。
やがて別れの時刻を迎え、ソリはまりあの家の前に降り立つ。
ルビはベッドまでついて行き、布団に入ったまりあの頭を撫でて別れを告げる。
「まりあ、今日はありがとう。じゃあ、私はもう行くよ」
去ろうとするルビの袖をまりあが掴んで止める。
「……ルビ……いかないで……まりあを一人にしないで……」
「まりあ……」
離れたくない――ずっと一緒に居たい。
ルビもまりあと同じ事を思っていた。
だけど、ルールは絶対。
そのルールを破り、罰から逃れ、サンタ協会から隠れて暮らす、そこに自分達の求める本当の幸せはないと考えたルビはまりあに優しく言い聞かせる。
「離れていてもずっと友達だ。何年かかっても、どんな罰を受けても、きっと私はまりあに会いにここへ来る。だから、な?」
ルビの気持ちを察したまりあは袖から手を放して、
「……わかった……ルビ……きっと会いにきて……まりあ……いつまでも待ってるから……やくそく……」
放した手を握り、小指を立てた。
ルビはその小さな小指と自分の小指を結び指切りをする。
「うん、約束。さ、お休み。まりあ」
白んできた夜空をソリが駆け抜けていく。
そのシルエットを店先で女店主が眺めてポツリと呟く。
「また来年おいで。はあ……他の四人は何て言うやら……。さて、もう一仕事するかね」
出掛ける準備をしに女店主が通り過ぎた明かりの落とされた店のカウンターの上には、窓から差し込んだ沈み行く月の光に照らされる手紙が一枚。
『友達を連れて行くから、とびっきり美味しいご飯を用意しといて』『まりあの友達のサンタより』
ルビとまりあが約束を交わした日から数年。あの日からまりあの所にはクリスマスプレゼントは届かず、ルビも姿を現さない。
そして今年のクリスマスが終わった翌日の朝。
クリスマスが来るたびに寂しさを感じていたまりあが仕事へ行く準備をしていると、コンッコンッとドアをノックする音が聞こえてきた。
「だれ?」
問いかけても返事をしない来客。朝早くから訪れた客に恐る恐るドアを開けて覗き見たまりあと目が合うと、来客は寒さを吹き飛ばすくらいの笑顔で言葉を発した。
「遅めのクリスマスプレゼントをお届けに参りました! 一生の友達はいかがかな?」
「ルビ!」
ドアを開け放って飛びつくまりあをギュッと抱きしめたルビはサンタの衣装ではなかった。
配置換えと数年の絶対任期という最小限の罰を終わらせた彼女は、サンタを辞めてまりあと暮らすことを選んだのだ。
「これからずっと一緒に居られるよ」
「うん! ずっと一緒、嬉しい!」
この日訪れた遅めの最高のプレゼントはまりあにとって掛け替えのないものになった。
遅めのプレゼント 六花 @rikka_mizuse
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