第71話 私は犬になりたかった。
翌朝。私はキッドのとても小さな鳴き声で目を覚ました。
「キッちゃん…?キッド!?」
私は直ぐ様キッドを抱き抱え、苦しそうに小刻みに呼吸をするキッドの背中を何度も撫でた。
「クゥン…」「苦しいの?痛いの!?」
痙攣が始まる。私は座薬を入れ、様子を見る。
でも、いつもとは違うキッドの様子に私は「その時」が来たのだと確信した。
もう充分頑張ったじゃないか。
脳炎という完治しない病に侵され、徐々に全てを奪われ…
それでもこうしてここまで生きてきたじゃないか。
私はこれ以上、キッドに何を望むの?
目の前でこんなにも苦しんでいるのに、それでも「生きろ」と言うの?言えるの?
キッドはもう、限界なんだ…。
「キッちゃん、逝けるなら逝きなさい。」
「もう、苦しい思いはしなくていいのよ。」
あの日、ショッピングモールでキッドと出逢ってから、沢山楽しい事をしてきたね。2人で沢山、沢山色んな場所にも行った。
お泊まりもしたり、ミルキーちゃんにも出逢えた。
もう一度、ミルキーちゃんに逢わせてあげたかったな…。
ペットを通り越して、キッドは私の恋人だった。愛しいと思える素敵な彼氏だった。
…もっと、沢山の事を経験させてあげたかった。
ごめんね、キッちゃん。
「キッちゃん。キッちゃん。」
私は犬になりたかった。
そして、言葉を交わしあいたかった。
「ありがとうね。本当に…今までありがとう、キッちゃん。楽しかったよ。幸せだったよ。」
少しのお別れ。
キッちゃん、私はキッちゃんといてとてもとても幸せでした。
「…キッちゃん?」
胸に耳を当てる。
「トクントクン」という音が小さくなる。
早朝、私は急いでやっているはずもない病院へと向かう。
ドンドンドンドンッ!!!!
「先生っ!!キッちゃんの心音がっ…!!先生っ!!」
数分後、ドアが開き寝癖頭の先生と、初めて顔を見せる奥様らしき女性が出てきてくれた。
「先生っ!!キッドがっ!!」「…確認させて下さい。」
先生がキッドの瞳孔を確認し、聴診器で心音を確認。
「キッドちゃん、よく頑張ったね。辛かったな。偉いぞ。」「先生、キッドは虹の橋に向かったんですか?」「看取れましたか?」「はい…」「キッドちゃんは凄く強い子でした。きっと、うちの子と虹の橋で遊んでると思います。」
我が家に来てから1年9ヶ月。
キッドは脳炎という病気でこの世を去った。
元気いっぱいで好奇心旺盛で。とてもとても可愛い私の彼氏だった。
「旅立ちのお手伝いをさせて下さい。」
そう行った先生が、キッドに段ボールで出来た棺桶と、キッドの首もとにスタイを巻いてくれた。そして、お線香とキッドの周りにお花を敷き詰めてくれた。
「…余計なお世話かもしれませんが、これ…動物霊園のパンフレットです。よかったら。」「ありがとうございます。」「キッドちゃんのお母さん。」「…はい?」「決して忘れないで下さい。」
「キッドちゃんは世界一幸せだった事を。」
私にできることって何だろう?
私には何ができるだろう?
不器用で未熟な私が、
あなたにできる事って何だろう…。
その答えに、私はいつかたどり着ける事が出来るのかな?
平成27年。とある春の木漏れ日がさす暖かい日。
大型ショッピングモールで、私はあなたに出逢った。出逢って間もなく、私はあなたに一目惚れをした。
あなたは私の家に来ることになった。
初めて会った人の、どういう人かも分からない人の家に行くという事は、とっても勇気がいることだったでしょう。
これから私はあなたに何をしてあげたらいいのだろう?どうなっていくのだろう?喜びと期待しか浮かばない。嬉しさを抱えたまま…ううん、嬉しさしかない中で、あなたは私の家に着いた。
「ただいま。ゆうたさん。今日から家族が増えるんです。この子が新しい家族。可愛いでしょ?」
「はぁ?勝手に買って来たのかよっ!?何が新しい家族だ!知らねーよ。俺はソイツの面倒なんてみねぇからな。全部かおりがやれよ。」
「大丈夫。あなたに迷惑はかけないから。私が責任を持ってこの子を育てるから。だから、家族として迎え入れていいでしょ?」
「ふんっ!勝手にしろ‼️」
あなたを私ははこれから一生をかけて守り抜いてみせる。あなたは一人では何も出来ない。だから、私を沢山頼って欲しい。
だって、私は…
人間なのだから。
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