第72話 もぬけの殻。受け入れられない現実。

「ただいま…」


キッドの棺を抱き抱え、私は玄関でボーっと立ち尽くす。

私は今まで何をしていた?キッドはこの中で寝てるだけ?

そろそろ起こして朝御飯をあげてお薬を…


「キッちゃん、起きよっか。」


私はリビングへと向かい、閉じてある棺の蓋を開けた。


「ご飯食べよう?お薬飲まなきゃ。」


何も現状が把握出来なくなってしまっていた。

だって、何も変わらぬ1日の始まり。

今日はとても天気がいい。

朝の出来事が夢で、ここからが現実としか思えない。


「キッちゃん、ごはんだよ。起きて?」


棺の中で横たわり、眠っているキッドはいつものキッドと何も変わり無い。

私はキッドの身体を触り、口の所で手を止めた。


「息…してないね。」


こんなに可愛い顔をして寝ているのに。

名前を呼べば今にもピクリと身体を動かしそうなのに。

…まだまだ生きていて欲しかったのに。


本当にキッドは私を置いて行ってしまったの!?


「キッちゃんっ…!!起きて!?やっぱり私はキッド無しでは生きて行けないよっ…!!」


『虹の橋』


キッドは動物達の天国であると言われている場所へと旅立ってしまった。

まだまだ子供で、余りにも若すぎた。

脳炎が発症してから、どんな辛いことにも耐え抜いてきた。


虹の橋は、沢山の動物達がいて、水や食べ物が沢山あり、常に明かりが照らされていて幸せだと言われている。


私はキッドの幸せを願わなければならない。

なのに、それをまだ受け入れられない。

受け入れたくない。

私は携帯を手に取り、ある人に電話を掛けた。


そして、数時間後…「ピンポーン」というインターホンと共に、風間さんの姿がそこにはあった。


「かおりさんっ!!」「風間さん…」「キッドちゃんは!?」「棺の中です。」「なんて事なの…キッドちゃん。」


風間さんはミルキーちゃんを私に託し、キッドの頭や身体を優しく撫でてくれた。


「頑張ったのよね。限界を通り越して、かおりさんの為に頑張ったのよ」「私はこらからどうしたらいいんでしょうか?」「無理に現実を受け止めなくてもいい。でも、キッドちゃんをこのままにしておいたら可愛そうだわ。ちゃんとお葬式の支度をしてあげないと。」「葬式…?」


先生からもらったパンフレットを思い出した。動物の『霊園』。

火葬も出来て墓石も立てれる。いつでも会いに行ける。

目を通すと、飼い主にはとても優しい場所がそこには書かれてあった。


「あっ、ミルキーちゃんが!!」「ほら、ミルキー。キッドちゃんよ。」クンクンとミルキーちゃんはキッドの匂いを嗅ぎ、頬をペロペロと嘗めてくれた。


「私も手伝うから、ちゃんとキッドちゃんを送り出してあげましょう!?」「…はい。」「かおりさん。」「はい?」


「1番大変だったのはキッドちゃんだったのよ。」


そうだ…、そうだったんだ。

悲しみに浸りすぎて1番肝心な事を忘れていた。

長い闘病生活と闘い、それでも頑張って生きてきたのは私じゃない。


キッドだ。


「ちゃんと安心してキッドちゃんが虹の橋で過ごせるように、準備をしてあげましょう?」「…はい。」


こうして、私と風間さんはキッドと『本当の別れ』をすべく支度を始めた。








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