第70話 生きたいと願う命、生かしたいと願う想い。
「ダメだ、また痙攣だ。」
ある日の朝。
キッドに座薬をいれても痙攣がなかなか治まらない状態が続いていた。
朦朧とした意識の中、それでもキッドは私の行動を把握しようとしているのか、耳をピクピクさせている。
「今日は病院お休みの日なんだよね…、どうしよう。」
座薬を入れてまだ2時間。6時間は空けて下さいと言われていた座薬を使っていいのか聞くのを忘れていた。どうしたらキッドが楽になるのか分からず頭を抱える私。
「…そうだ!!MRIを撮った病院に聞いてみよう。」
大きな大学動物病院。悩むより行動。私は携帯を手に取り、直ぐ様病院へと電話を掛けた。
「もしもし。あの、以前そちらでMRIを撮らせて頂いた者なのですが…はい、名前はキッド、オスです。」
「少々お待ち下さい。」
女性にそう言われ、保留のアナウンスが数分流れた後聞き覚えのある男性の声に切り替わった。
「もしもし。朝早くからすみません。実は、そちらでお世話になりましたキッドの飼い主なのですが、座薬を入れても痙攣が治まらなくて…」「そうですか…。では、もう1度座薬を入れてあげて下さい。」「分かりました。あの先生、キッドは大丈夫なのでしょうか!?」「痙攣が止まらない症状は、もう限界のサインなんです。キッド君はおそらく…どんなに頑張っても3ヶ月が限界でしょう。」「え…?あと3ヶ月…ですか?」
キッドが?あと3ヶ月で?どんなに頑張ってもあと3ヶ月…。
これは…夢?
「そんなっ!!」「キッド君の生命力に賭けるしかありません。座薬は今いれたら4時間は置いて下さい。」「先生…、キッドは今苦しいのでしょうか?」「頑張って生きてます。貴方の為に。だから…」
「しっかり看取ってあげてください。」
この言葉がズシンと心に響いた。
お礼を告げ、電話を切った私はキッドの頭を無言で撫でた。
そんな合間にも、キッドの痙攣は未だに続く。しっかりしろ、私。キッドには私しかいないんだから。泣いてる場合なんかじゃない。
「キッちゃん、座薬いれるね。」
2個目の座薬を入れて数分後。
少しずつ痙攣が弱くなってきたのを見てホッと胸を撫で下ろす私。
「キッちゃん、一緒に頑張ろうね。脳炎なんかに負けないで。」
キッドは眠くなったのか、そのまま深い眠りへと堕ちていった。
そして、痙攣も完全に治まり、目を覚ましたのは夕方。
「キッちゃん、おはよう!お外の空気吸いに行こう!!」
私はまだ少しだけぼんやりとしているキッドを毛布にくるみ、優しく抱き抱えながら外へと出た。
「もうすぐ1歳7ヵ月だね。」
当たり前のようにお祝いをしていた頃が懐かしい。
元気にケーキを食べてくれていたキッドを嬉しく思っていた自分が遠い昔の様。
きっと、今回のお祝いも必ず出来る。
ううん。絶対するんだ…。
「また、2人でケーキでお祝いしようね。」
今はもう食べることが出来ないけれど、形だけでもちゃんと変わらずにお祝いをしてあげたい。
そして、その日の夜。
痙攣がまた始まった。
キッドの体力はどんどん消耗されていく。
これだけ痙攣が続けば、身体はとっくに限界を超えているに違いない。
「楽にしてあげたい。」
そう思ってしまう時が少しずつ芽生えて来てしまう。
そんなんじゃダメなのに。生きて欲しいのに。
「苦しい?キッちゃん。今、座薬いれるね。」
こうして、今夜も痙攣との闘いが続く。
私はキッドの胸に耳を当て、心音が聞こえる事が唯一の救いだった。
「良くない状態ですね…。」
あれから2ヶ月。キッドはついに聴覚も臭覚も奪われてしまっていた。
お薬も、私が無理矢理キッドの口を開き、ゴクンと何回も失敗をしながら飲み込む日々。
「全ての機能が失われてしまっています。」「先生、キッドは…」「もって1ヶ月でしょう。」「…1ヶ月?」「どんなに頑張っても限界です。」「…そうなんですね。」
診察台の上に横たわるキッド。
痙攣は24時間止まる事なくキッドの身体と心を痛め付け、小刻みに震わせながら身体を硬直させる。
座薬を2回に分けて入れる事により、徐々に落ち着くキッドは眠りへと入る。
ここ最近はその繰り返しのみ。
「最近、朦朧としてるんです。」「身体が限界なんでしょう。よくここまで頑張ってると思います。」「どうしたらいいですか?もう、辛いキッドはみたくないんです。」「…安楽死もあります。」「安楽死?」「確かにキッドちゃんは苦しむ事なく旅立てます。あなたの同意書1つで。」「苦しまないで…?」
「でも、僕の病院ではお勧めしていません。どんなに大変でも、生きる限り頑張って欲しいんです。」「私も同じ気持ちです。出来る限りの事はしてあげたいです。」「いつ、キッドちゃんの心臓が止まるか分かりません。離れずに看取りの準備をお願いします。」「分かりました。」
絶対に安楽死なんてさせない。見捨てたりなんてしない…。
キッドの「その時」を、私はちゃんと看取る。
「ありがとうございました。」「キッドちゃんのお母さんも、休める時は休んで下さいね。」「はい、ありがとうございます。」「キッドちゃんは生きます!必ず…。」
ここはどこだろう?ユラユラ揺られたから家なのだろうか?僕はフカフカのベッドに横にされ、かおりさんは何をしているのか分からない。
「キッちゃん、1才9ヶ月のお祝い、おめでとう。」
お祝いを迎えられることが出来た。キッドからしたら、もうそれどころではないのかもしれない。
「生きてるのが辛い」「どうして死なせてくれないの?」
そう思っているかもしれない。
ごめんね、キッド。
キッドが家族になった以上、簡単に命を投げるような事はしたくない。
全力でサポートするから…。
「…また痙攣だ。」
身体が強張って行く。キッドにとってはすごく嫌な強張り。またこの辛い思いが始まる。それでもキッドは負けない。だから、あたしも負けていられない。
生きる、生かさなきゃ…。
「座薬入れるね。」
こんなにも薬漬けの日々。それでもキッドの心臓は動いてくれている。
キッちゃん、あたしの存在が分かるかな?まだ感触や温もりを感じてくれてるかな?
ごめんねしかキッドには言えない。その言葉しか出てこない。
私が人間だから。
犬じゃないから痛み分けをしてあげれない。
「キッちゃん、ごめんね。言葉が分からなくてごめんね。私が犬だったら、キッちゃんの苦しみも分かってあげれるのに。」
「あたしが犬だったらよかったのに。」
そして、翌朝。
「その日」は突然として訪れた。
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