第69話 何でもない暮らしが1番の幸せ

「なんだか、沢山泣いてすみませんでした。」「いいのよ、少しはスッキリした?」「はい。ありがとうございます。」


今までの不安、全てを吐き出すかの様に私は風間さんに身体を預け、とにかく泣いた。

1人では出来なかった事。風間さんだから出来た事。

「朝、私が目を覚ましたらキッドが冷たくなってるのではないか。」

「「その時」は明日なのではないか。」


キッドの症状が悪化すればするほど、私不安は募り、心が削り取られる様だった。大好きだからこそ、キッドを心から大事に想っているからこそ、考えてしまうネガティブな考え。

それを全部、風間さんにぶつけ…私は赤子の様に甘えてしまった。


「キッドは…こんな泣き虫な飼い主で嫌でしょうね。」「泣き虫な飼い主だからこそ、ほっとけなくて生きてるのよ。」「私の命よりも大事な…彼氏なんです。」「それなら、尚更弱音を吐きながらでも守りとおさないとね!」「…はいっ!!」


犬の想い。人間の想い。

それぞれ考えはまるで違うかもしれない。でも、「守りたい」「生きたい」と思う気持ちは命ある限り同じだと私は思う。


私は犬じゃないからキッドの気持ちが分からない。

キッドは、私の為に生きる選択を選んでくれているのだろうか?

「頑張ろう」「生きたい」と、思ってくれているのだろうか…?


「じゃぁ、そろそろ帰ろうかしらね。」「え、せっかくですから夕飯食べて行って下さい。」「でも、悪いわ。」「全然!むしろいて欲しいんです。側に。」「…そう?それじゃぁ、お言葉に甘えて…」「あっ!!そうだ!!」「え?」


こうして、夕飯を食べ終えた私達はまったりと時間を過ごし…私のワガママな希望で「お泊まり」をしてもらう事になった。


「何だか至れり尽くせりで申し訳ないわね。」「いえいえ、とんでもないです!!沢山泣いてスッキリしました!!」「お布団まで用意して頂いて…」「ミルキーちゃんと、ゆっくり休んで下さいね。」


「また明日。」


そして、次の日の朝。

外の空気を吸う為に外へ出た私達の前に、元気ハツラツのこてつが現れ…

まぁ、とにかく凄かった(笑)


「まだまだ寒いわねぇ。」「そうですね、でもこうして2匹と2人、朝を迎えられるなんてとても嬉しいです!!」「本当、親子みたい(笑)」「前世では親子だったかもっ!!(笑)」


家の周りをウロウロ。キッドもミルキーちゃんも歩けない為、私と風間さんそれぞれが抱っこをしている。

すると…


「待て!!こてつ!!」


「え?」「な、なんかキッドちゃんにそっくりなチワワちゃんだけが…逃げてきたのかしら?」


よくよく見てみると、こてつがちあきちゃんのリードから離れて、こちらへ向かってダダダッと走って来ていた。


「あらあらあら(笑)元気なチワワちゃんねぇ!!」「こてつ君じゃない!!…あ、ちあきちゃん!」「お姉ちゃん!こてつ捕まえて!!」


私はキッドを片手で抱き抱えながら、ハッハッと荒ぶっているこてつのリードをパッと捕まえた。


「お姉ちゃん、ありがとう!」「どうしたの!?」「外に出たら突然こてつが走り出したから、ちあき思わず転んじゃってっ…」


「ギャオオオオーーーーーン!!」


「こ、こてつ君、どうしたの!?」「こてつ、可愛い犬を見掛けると興奮するの…」「あ、あはは…、そうなんだ。」「ミルキーの事、気に入ってくれたのかしら?」「絶対そうだと思う。」


「ギャウォウォォォォーーーーン!!」


「こてつ!!うるさい!!」「こてつ君はミルキーちゃんに恋したのかもね(笑)」「あら(笑)ミルキーはモテモテね(笑)」「キッちゃん、ライバルじゃない?(笑)」「犬で三角関係だなんて、羨ましいわぁ(笑)」


「ウ、ウォン。」


こてつ君が尻尾をブンブン振りながら、風間さんの足元にすがりつく。きっとミルキーちゃんの匂いを嗅ぎたいのだろう。


「こてつ、ミルキーちゃんとお友達になりたいみたい。」「ミルキー、少しだけご挨拶する?ほら。」


風間さんが、ミルキーちゃんを地面スレスレに降ろす…と!!!!


「こ、こてつ!!」「あらあら!!」「こ、こてつ君!!」

こてつ君が突然、ミルキーちゃんに腰フリフリをし出した。

全ご主人、呆然…。


ちあきちゃんが「こらっ!」とこてつを叱り、無理矢理ミルキーちゃんから剥がす。そしてお尻をペシンと叩く音が聞こえた。それに対して、こてつ君はガオーッと威嚇。


…まぁ、若気の至りって動物にも使えるのかな?


こうして、ミルキーちゃんにガルルと起こられたこてつは尻尾をフリフリさせながらご帰宅。

それと共に、私達も家の中へと入りミルキーちゃん達は帰り支度を始めた。


「また来てもいい?」「是非!ミルキーちゃんも来て下さいね!」「ありがとう。」「必ず、次もまた。」「えぇ、必ずね。」


別れの時。

「それじゃぁ、また。」


そう言ってサヨナラをした私達。

またいつもと変わらぬ生活が待っている。

でも、それが何よりの幸せであって、かけがえのない日々。


私はキッドを生きさせる為に全力を尽くす。

そう思いながら今日も病院へ向かった。


「キッドちゃん、最近どうですか?」「発作は落ち着いてます。ただ、目は相変わらず見えなくて完全に歩けなくなりました。」「食欲はありますか?」「それはあります。」「名前を呼んだら耳を動かしますか?」


私と先生の話が続く。聞かれるがまま、私はそれに淡々と答えるだけ。先生はそれをカルテに記入しながらキッドの様子を触診して伺う。

キッドは、先生にお腹を抱えられながら立とうとするが、すぐにペシャンとなり力が入らない。

目は相変わらず右往左往していて落ち着きのない状態。薬でなんとか抑えられてはいるものの、それでも完全に治まってはくれない。


「キッドちゃん、凄く頑張ってます。このまま僕達も頑張りましょう。」「はい。そういえば、先生のワンちゃんはどうですか?」「…うちの子は…」「…え?」


「先々週亡くなったんです。」


同じ脳炎で闘ってきた仲間。

会ったことも話した事もないけれど、それでも勝手に「仲間」と感じていた。

「亡くなった」

そう聞いて、私は急にキッドの病魔が更に怖くなった。


「だから、余計にキッドちゃんには頑張って欲しいんです。」「そんな…」「あの子も凄く頑張りました。最期も看取れました。だから、あの子はもう辛い思いをしなくていいんです。」


「うちの子は虹の橋に向かいました。だから、キッドちゃんに僕の想いを託したいんです。」


そう言ってくれた先生の声が震えているのが分かった。


脳炎は完治しない。

だからこそ、いつ、何が起こるか分からない。

今のキッドは、お薬によって「寿命」を遅らせてるだけ。

治りはしない。


だからこそ、しっかりお薬を飲ませなければならない。

キッドの為に。


そして、私のためにも。


「何かあったらすぐ来て下さいね。」


これで今回の診察は終了。

お薬を貰い、家に帰宅した私はキッドを膝の上に乗せながら一言だけ呟いた。



「絶対に死なせない」と…。


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