第63話 それぞれの考え。それでも言われたくない言葉。
「ねぇ、キッちゃん。今年のお正月は初日の出を見に行かない?」
無事に年が越せた。それだけでも一安心。
私は少し前から計画していたキッドとの初日の出旅行を実現させる為、少し前から貯金をして来ていた。
「先生に聞いてみてOKが出たら、車で少し遠出して、2人で初日の出を見たいなぁ。」
小さな小さな私の彼氏。沢山の思い出を作ってあげたい。犬だって感情がある。嬉しい、楽しい…。
きっと同じ感情を抱く事だって沢山あるはず。
そんな思いを共有しあいたい。それが今回の私の望みでもあった。
そして、今年も終わりが近付き、病院も年末年始はお休みに入る。最後の病院で、キッドは「とても穏やかな進行状態です。」と言われ、プチ旅行のOKサインが出た。
「お正月、初日の出デート。」
12月31日。私はは沢山の暖房器具を積み込み、キッドの薬を忘れないように何回もチェックし…、とある県を目指して車を走らせた。
「キッちゃん、この辺でちょっと休憩しようか!」
長旅はキッドにとってストレスになってしまうだろう。
私は途中のインターで何度か停まり、キッドを車から下ろして外の空気を吸わせていた。
寒くて冷たい空気が鼻の中に飛び込んで来る。
「少しだけ歩こうか?」
ケージの中だけでさぞ退屈であろう。私はゆっくりとキッドを地面に下ろし、軽くおしっこをさせる為に散歩をしていた。
「それにしても寒い…。飲み物でも買おうかな。」自動販売機で温かいココアを買っていると、見知らぬ中年の女性が突然私に声を掛けて来た。
「あらっ!チワワ!?家でも飼ってるのよ!」その女性はキッドをジーっと見るなり、首を傾げて再び私にこう言った。
「歩き方、おかしいわね?」「あ、ちょっと病気で…」「病気!?怖いわねぇ~。」「でも、きっと治るって信じ…」
「うちの犬、健康で良かったわぁー。やっぱり、多少高くてもいい犬を買うべきよねっ!!」
「え…?」
耳を疑ってしまった。
「どういう事ですか?」「え?だから、安い犬を飼うと後々病気とかメンテナンスが大変になるのよねぇ。」「それは、うちの子への文句ですか!?」「違うわよぉ(笑)次、また犬を飼う時は気を付けなさいって言うアドバイス!!」
アドバイス?また次犬を飼う?安い犬?
この人はなんて世間知らずなのだろう?その台詞1つ1つが、どれだけ私を傷付けているのか理解できないのだろうか?
悔しい…そしてとても腹立たしい。
一瞬の出来事。
私は買ったばかりのココアを女性に投げつけた。
「痛い!!何するのよっ!?」「動物は家族同然ですっ…!!値段なんて関係ない!!」
「人間と同じ、「出逢い」じゃないんですかっ!?」
失礼にも程がある。
健康でいられるなら、勿論それに越した事はない。
好きでキッドは脳炎になったんじゃない。生まれつきでもない。
人間だってそうなんじゃないの?どうしてそれが分からない!?
私よりもずっと長く生きているこの人から出た言葉が余りにも幼稚過ぎて…、私は悔しいと同時に涙が溢れてしまった。
「何をムキになってるの!?教えてあげただけじゃない!!」「そんなアドバイス…逆に迷惑です。あたしはこの子と幸せに暮らしてるんです。楽しくて毎日が本当に幸せなんです!!」
「もっと相手の立場を考えて発言して下さい!!」
あたしに対する文句ならいくらでも我慢できる。それはゆうたさんの頃から何一つ変わっていない。
キッドの事だけは、悪く言われたくない。可哀想な思いをさせたくない。
守れるのは、あたしだけなんだから…。
「何をしてるんだ。」「あ、あなた…」「うちの妻が、何か?」「あ、あの…」「おっ、可愛いチワワちゃんだねぇ。…ん、怪我してるのか?」
突然現れた中年男性がキッドをひょいと抱き上げ、顔を擦り付けた。
「何ヵ月ですか?」「9ヶ月です。」「名前は?オスかな?」「はい、キッドです…」「キッドくん、早く怪我治るといいなぁ。話せない分、苦しいよなぁ。」
「次、もし会う時はうちのチワワと仲良く走り回って遊ぶんだぞ!!」
紳士的で穏やかそうなこの男性。動物が好きなのだろうか?キッドを抱き上げ、とても優しい笑顔でキッドの背中を撫でてくれた。
「ありがとうございます。」「妻がもし失礼な事を言っていたら申し訳ない。」「あ、いえ…」「僕、実は獣医なんです。」「え?」「キッド君は…脳炎じゃないですか?」「そ、そうなんですっ…」「やっぱり…でもね、奥さん。諦めないで下さい。」「え?」
「沢山頑張ってる子達がいます。長生きしてる子もいます。」
「諦めるのが1番良くない事です。頑張りましょう。」
獣医師と名乗るその男性は、キッドを優しく私のの元へと戻してくれた。
「うん、可愛い顔をしてる。キッド君、頑張るんだぞ!!」「ありがとうございますっ!!」「さて、行くぞ!!」「え、えぇ。」
長生きしてる子もいる。
諦めたらそこで終わり。
1人の人間として、そして獣医師として。
とても大きな教訓を教えて貰った。
…そう。完治はしないかもしれない。でも、長生きは出来る。
あたしがクヨクヨしていたらキッドに不安が伝わってしまう。諦めたりなんてしない。
あたしは、脳炎なんかに負けない。
こうして、休憩を終えた私とキッドは、再び車を走らせ…とある県に到着した。
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