第62話 懐かしきあの光景…、キッドの現状。
ある日の昼下がり。私はキッドと昔の散歩コースを歩いてみたくなった。
勿論、嫌な思い出が全て拭い去ったとは言えない。でも、キッドが元気なうちにどうしても…
そんな考えが強く芽生え、私は昔住んでいた家の近くまでドライブに行くことに決めた。
「キッちゃん、今日は久々に前のお散歩コースに行ってみようか!!」
私はキッドをケージに入れ、車に乗せた。そして、30分程で到着したのは懐かしい景色。
「キャンキャン!!」「キッちゃん、分かる?覚えてる!?」
あれからまだ1年も経っていないのに、何故かあたしの目に映る景色は清々しくて…。以前の重苦しい空気とは全然違っていた。
そして、キッドとよく歩いたこのお散歩コース。しっかりと覚えてる。
「本当に懐かしい…。」
「キャンキャン!」「よぉーし!!今日はここで4時のお散歩しよう!!」
いつもより少し早めのお散歩デート。
キッドも覚えているのか、あちらこちらに歩きながらクンクンと匂いを嗅いでいる。
「来て良かった。ね、キッちゃん。」
微笑ましくキッドのフリフリしたお尻を見ていると、突然背後から肩をポンポンと叩かれた。
「…え?」
「お久しぶりね!!お元気だった!?…色々と大変だったのね。」「こんにちは!!覚えていて下さったんですね!はい。細々とですが、この子と元気に頑張ってます。」「でも、あの頃よりも笑顔が素敵よ!!」「ありがとうございます。」
そこには、ミルキーちゃんの飼い主、風間さんの姿があった。とても懐かしく感じてしまい、ついつい会話が弾んでしまう。
「今日は?ドライブ?」「えぇ…、この子が歩けるうちにこの場所でお散歩をさせてあげたくて。」「え?」「実は…」
風間さんにキッドの脳炎の話を全て話した。風間さんも初めて聞く病名だったらしく「治るんでしょ?」と言われた時はとても胸が痛かった。「完治しない病気なんです。」そう言うと、風間さんは口に手を当て、暫くの無言状態が続きとても悲しい表情でキッドを見つめていた。
「キッドちゃんが…そんな病気だなんて…。」「完治は無理ですが、少しでも長生きして貰えるように祈るばかりです。」「せっかく2人穏やかな生活が始まったのに…」「必ず…、必ずまたここに連れて来ますね。」「何の力にもなれないけど、話位は聞けるから。」「ありがとうございます。」
私と風間さんの話も一段落し、キッドをふと見ると、ミルキーちゃんと鼻をツンツンと擦り付け合い、なんだか人間には分からない犬同士の会話をしている様だった。
そして、一時の別れの時。
「ウオオオウオーーーン!!」
「キッちゃん、ミルキーちゃんが「またね」って言ってくれてるよ?」
ミルキーちゃんの鳴き声が車の中に響き渡る。
「キッちゃん、ミルキーちゃんに「またね」したら?」
「ギャオオオウォーーン!!」
「必ずまた来るよ。」キッドがそう言っている気がして涙が溢れた。人間しか分からない言葉。動物同士にしか理解できない会話。でも、心は繋がっていると私は信じている。
だから待ってて、キッちゃん。私はキッドを初の「脳炎完治」という症例を作ってみせるからね。だから、頑張ろう。
私は、また必ず来ると心に誓い、懐かしき想い出の地を後にした。
ある日の朝。
「キッちゃん、行ってくるね!」「クゥン…」
今日も私は仕事。段々とこの生活にも慣れてきた。
ただ…キッドはとても退屈そう。仕事に行く時間帯になると、わざと玄関前の床にドシンと寝そべっては「行くな」アピールをしてくる。
夕方には帰って来てこれるけど…とてもキッドの病気が気がかりであった。
最近は走り周っていても片方の手足に力が入っていない。ズルッと滑ってしまう。
私は滑り対策として、全部の部屋にマットを敷いてみた。それでも、ガクンと足が折れてしまう。
少しずつ悪くなっている事は明らかで…私の不安は募るばかりだった。
それから。
キッドの片方の目は全く見えなくなってしまった。
異変に気付き、すぐに病院に連れて行ったが「失明」しているとの事だった。
もう片方の目は、少しだけボヤけ始めているらしいが、まだ失明には至っていない。それだけが救いだと思っていた。
しかし、ジッとしていれない時間が時折起こり…。
キッドは家の中を右周りでグルグルと旋回して歩く。
何の理由なんてない。呼んでもいない、ご飯の時間でもない。「落ち着いていられない」のだ。
先生曰く、これも「脳炎」が引き起こす症状だと言っていた。
それでも、ご飯はモリモリ食べるし、匂いにも音にもまだまだ敏感。
私が帰って来ればすぐ分かるし、遊ぶとなれば楽しそうに尻尾を振ってくれる。
時間は短くなってしまったけど、夕方4時のお散歩もちゃんと楽しんでくれているみたいで…でも、今後のキッドとの生活の仕方にもっと工夫が必要だと感じた。
嫌な薬だって、最近は我慢して頑張って飲んでいる。
きっと…きっと良くなると私は信じている。
「ただいまーっ!!」「キャンキャン!」「キッちゃん、ただいま。大丈夫だったかな?お散歩行けそう!?」「キャンキャン!」
まだまだお散歩は欠かせない。
「散歩」
この言葉を言うだけで、あたしの周りをグルグル回って「早く行こう」と急かして来る。
ほんの少しのお散歩でも、キッドにとっては気分転換になっている様であたしも出来る限りの事はしてあげたいと考えていた。
「…歩き方、酷くなってるね…」
私はしゃがみこみ、片足を引きずりながら散歩をするキッドを見て心が痛くなった。
「明日、病院に行こうね。今日はもうお家に帰ろうか?」「クゥン…」「もう少し?じゃぁ、おしっこだけしたら戻ろうね。」
最近、キッドは寝ている事が増えた。体調が悪いのだろうか?それとも、単に疲れているのだろうか?寝て起きると大体元気なキッドに戻るのだが、それでも私の不安は拭えなかった。
そして、病院の日。
先生は少しずつ悪くなっていくキッドの病気に対し、私にこう接げた。
「これからは、家で完全介護をお願いします。」
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