第61話 大学病院へ。初めてのMRI検査。

「着いたよ、キッちゃん。先生に診てもらおうね。」


車から下した瞬間に聞こえてくる他のワンちゃん達の「助けて」と言う鳴き声。キッドもそれに気付いてしまったのか、尻尾を隠してしまっている。


「クゥーン…クゥーン…」「大丈夫だよ。先生に診てもらおう?」


とある動物病院。先生はとても丁寧で有名。クチコミを見ても、優しくてしっかり診てくれるとの事で今回この病院を選んだ。


受付を済ませ、1時間近く待った後でようやく呼ばれた。


「キッドちゃーん」「はい。宜しくお願いします。」

名前を呼ばれ、診察室の中に入ると、白衣を着た優しそうな男の人が「こんにちは。」と、笑顔を向けてくれた。

キッドは診察台の上に乗せられ、ブルブルブルブル震えている。


「今日はどうされました?」「昨日初めて気付いたんですが、右側に顔を傾けるんです。」「ちょっと眼圧調べてみましょうか。」


凄く眩しい光が僕の両目を交互に照らす。

何度も何度も…先生は険しい表情でキッドの右目を確認してくれる。


「これ、昨日からですか?」「いえ…気付いたのが昨日なんです。」「確かに…、右目があまり見えていません。」「えっ!?」「最近思い切り頭を叩いたり、何処かにぶつけたりはないですか?」「無いです。」「そうですか…」「病気でしょうか!?」


「とりあえず、採血を採らせて下さい。」


ブスッ……


「キャウーーーーン!!」「キ、キッちゃん!!」「グルルル…ヴーギャンギャン!!」「あはは!元気ですねぇ!!」「す、すみませんっ!!」「いえいえ、元気な事はいい事ですからね。」


余程痛かったのか、それとも驚いたのか…。キッドは身体を震わせながらも威嚇を辞めない。…まぁ、初めてだからね。あたしだって病院大嫌いだし。

今日はとことん甘やかしてあげよう。


「元気はとてもあるんですが…」「キッドちゃんのお母さん。とりあえず暫く点眼薬で様子を見てみましょう。」「は、はい…」「悪化する様であればいつでも来て下さい。」「ありがとうございます。」



こうして、キッドは1日2回、右目だけに目薬を点眼開始。良くなる事を祈り、普段通りの生活をしていたが中々改善に向かわない。

むしろ、日に日に酷くなっている気がしていた。お散歩の時も私を右側にして寄り添って歩く。今までとは明らかに違う行動だった。


それは家の中でも同じで、右周りをしながら歩く。

そんな状態に不安に募り、私は仕事休みの日を狙ってまた病院に連れて行った。


「やっぱりおかしいんです。」「あれからどうですか?」「何となく、右側に傾き方が酷くなった様な気がして…。」

すると、先生はまた眩しい光をキッドの両目に当て、それを左右に振りながら瞳孔の確認を行う。


「右目の視力が殆どありません。」「やっぱり!散歩をしてても、右側にあたしを付けて寄り添う様に歩くんです。」「歩き方なんですが、旋回する様に歩きませんか?」「家の中ではそうなんです。左周りをしてくれなくて…」


しばしの沈黙が続く。


そして、先生は険しい表情で口を開いた。




「壊死性白質脳炎かもしれません。」「壊死性…?」


壊死性白質脳炎。

犬種がほぼヨークシャーテリアとチワワに限定され、しかも体重2kg以下の小さな個体で発生率が高いとされており、主に若齢から中齢に発生。

壊死性白質脳炎の原因は不明と言われている。

その犬種の平均寿命までの生存は通常困難であり、多くが発症から半年〜数年以内に進行して亡くなっているのが実情である。


「まだ決まった訳ではありません。ただ、我が家で飼ってる子の中に壊死性白質脳炎を患ってる子がいます。うちの子はパグなんですが…」「キッドはどうなるんですか!?助かるんですか!?」

「お母さん、落ち着いて下さい。まだ決まった訳じゃありません。でも、精密検査が必要になります。」


そんな難しい病気にキッドがなるなんて思いもよらなかった。元気だったから。いつも走り回っていたから…。


発見が遅くなってしまった?本当はもっと以前から発症していた?


…あたしが悪い。


「この病院にはMRIの機械がありません。紹介状を出せるのは県外になりますが大丈夫ですか?」「構いませんっ!宜しくお願いしますっ!!」「すぐに行って検査をして下さい。」


こうして、あたしとキッドは病院から帰って来て夕方4時の散歩デートへと出掛けた。私はどうしてもキッドの病気が頭から離れず、キッドの行動1つ1つに過敏になりずっとキッドを見つめてしまう。


「キッちゃん、明日新幹線で少し遠出するけど我慢してね。」

初めての大きな動物大学病院。数々の難病を抱えた動物達が集まる総合病院だと言う。新幹線で約2時間、そこからタクシーでおおよそ15分…。

キッドにとって、決してノンストレスの旅ではない。むしろ、検査も含めとても長丁場で体力消耗の1日になるであろう。


「今日は少しだけの散歩にしようね。」

あたしは明日の状況を踏まえ、早めに就寝する事を決意。

散歩から帰宅したキッドはとても元気でご飯をペロリ。そしておやつをもらって私のお膝の上でウトウト…。


「壊死性白質脳炎」


生存率は極めて低い。完治した症例も確かに見当たらない。

どうしてキッドが?まだこんなに小さいのに。完治しないだなんて…。


「キッちゃん、もっと早く気付いてあげられなくてごめんねっ…!!」

辛いのはあたしじゃない。これから様々な症状が出てくるであろうキッドだ。でも、あまりにも…、あまりにも悲しすぎる。


「明日、辛い検査があるけど頑張ろうね。キッちゃん。」

私はそう言ってギューッとキッドを強く抱き締めた。

キッドはあたしの顔を見て軽く首を傾げている。

何で私が泣いているのか…分かる訳もない。

明日、自分の身に何が起こるのかも分からず、ただ私の涙をペロペロと拭ってくれていた。


そして翌日。

小型のケージバッグにキッドを入れ、私はキッドと一緒に新幹線に乗り込んだ。

ケージから人間の足元しか見えないキッドは、時折「クゥン」と不安そうな声をあげたが、少し経つと落ち着いたのか眠りに就いていた様子だった。

新幹線はとある県に到着。

そこからタクシーに乗り換え、ついに大学病院へと到着した。

受付を済ませた私は、目を覚ましたキッドと待合室にて待機。


「初めまして。宜しくお願いします。あの…これ、紹介状です。」「えーと、キッドさんですね。どれどれ。」

ご年配の獣医師。ネームには「教授」と名前の上に記載されてある。

先生はキッドの右手足や目を触り、ライトを当て…カルテに何かを書いている。

「分かりました。では、ここでお預かりとなります。」「私はどうすれば…」「これから、首元から全身麻酔を掛け、暫くの間眠ってのMRIを撮ります。おそらく2時間程掛かりますので、それ位になりましたら待合室で座っていて下さい。」「…分かりました。」


「キッちゃん、頑張ってね。」

キッドのおでこにキスをし、私はは部屋を出て行く。

今から2時間。とてもとても長い不安の時間。


「どうか、何でもありませんように…」

私は1度外に出て外の空気を大きく吸った。そして、青空に願いを飛ばし、キッドの検査終了をただひたすら待った。







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