第59話 DV加害者の心情。明るい未来。

警察署へ行き、私は今までの全てを話した。

別室では裸になり、身体や顔の証拠写真も撮られた。

「DVは犯罪」「DVのサイクル」について、女性警察官から全て私が当てはまっている事が分かり…そしてようやく目が覚めた。

私はゆうたさんを既に愛してなどいなかったこと。

私はただ、ゆうたさんのDV後の優しさに流されてしまっていた事。

そして、離婚という「世間体」を気にしていた事…。


「我々が加入してもいいですか?」との言葉に頷いた私は、綿密に警察官と今夜起こるであろうDV対策を話し合い、ゆうたさん逮捕に向けて計画を進めた。


そして、その日の夜。

「まだ晩飯も用意されてねぇのかよっ!!」「ごめんなさいっ…、用事があって外出していて。」「そんなもん数分で済ませろよ!このクズが!!」


また始まった。もう慣れているはずが、今夜はソワソワしてしまいいつも以上に恐怖感が増している。


「飯は?風呂は?ビールはっ!!」「お風呂を先にっ…!!」「ビールが先に飲みてーんだよっ!」


今夜は更に機嫌が悪い。

何があったのかは知らないが、箸やおしぼりがどんどん私の顔に当たる。


「ギャオオオーーン!!」「ギャンギャンギャオオーーーーーン!!」「キッちゃん!吠えちゃダメ!!」「…っせぇなぁ!!このボケ犬!!」


ゆうたさんが突然ケージを開けた。


「辞めて!キッドには手を出さないでって約束したでしょ!?」「何言ってんだよ!俺との約束も守れてねーのに何が約束だよっ?あぁっ!?」「今すぐやるからキッドには手を出さないで!!」「何だ?その言い方はっ!?」


ゆうたさんは私の身体を振り回し、床へと転ばせる。そして、今度はティッシュBOXを投げつけ、足で私の頭を何度も押し潰した。


「痛いっ…、辞めて!」「ギャンギャン!」「どいつもこいつもうるせぇーなぁ。まとめて大人しくさせてやるよ!!」


私はゆうたさんに掴まれ、殴られる。

そして、キッドが足で蹴飛ばされ、「キャウン!!」と悲鳴をあげる。


辞めて。

キッドには手を挙げないで。お願い。

早く、早く……。



その時だった。


「ピンポーンピンポーンピンポーン!!」

何回も聞こえるインターホン。ゆうたさんは舌打ちをしながら玄関へと行く。


「ガチャ…」


あいつがドアを開けた瞬間だった。


「警察だ。」「え!?」「工藤ゆうただな!?」「はっ!?な何だよ急に!?」


「令状はもう降りている。暴行罪、及び傷害罪で逮捕する!!」


「ちょ、ちょっと待てよ!何も知らない癖にっ…!!」「何も知らない!?」「だってそうだろ!?逆に訴えるぞ?良いの

か?」


これで助かる…助けられた。

長い間の苦しみから、ようやく解放される日が訪れる…

そう思った瞬間、なんとも言いようがない感情が溢れだし、涙がぶわっと溢れた。


「奥様の携帯はずっと繋がっていた。それが何よりもの証拠だ!!」


「け、携帯っ!?おい!かおり!どういう事だ!?」「これ以上近寄る事は出来ない!!署まで来て貰う!!」「この野郎!はめやがったなっーー!!」


ゆうたさんは警察官に連行され、私は女の警官に身体を抱き上げられた。


「大丈夫ですかっ!?」「は、はい…。」「このまま病院へ。診断書を書いて貰いましょう。」「はい。」「ワンちゃんはちょっと待っててね。」


外は、犬の鳴き声が響き渡っている。

近隣の人達も、外に出て来ては何が起こったのかと興味津々。


それでもよかった。あたしの呪縛は解き放たれた。ありがとう。キッド。警察官の方々。


あたしは…ようやくDVのサイクルから抜け出せた。


そして、病院にて診断書を書いて貰い、様々な検査を受け夜遅くに帰宅。キッドは尻尾をブンブン振り回しながら私へと近寄って来た。


「ごめんね、キッちゃん。1人にして…」「キャンキャン!」「もう大丈夫。ママもようやく目が覚めた。2度とあの人は現れないからね。」


私は携帯を取り出し、母に電話を掛けた。

「あ、お母さん?」「どうしたの?」「ゆうたさんを逮捕してもらった。やっと…目が覚めたの。」「そう。でも、それでよかったのよ。ずっと心配していたんだからね。」「今までごめんね、お母さん。」「安心したわ。」


母の声で「あたしのした行動は間違っていなかった」のだと確信させられた。もう、恐れながら彼の帰宅を待つ事もない。何かし忘れていないかハラハラする事もない。殴られるのではないかと瞬時に頭を抱える事もない…。


「これからどうするの?実家に戻って来たら?」「この先?キッドもいるし、ペット可のアパート探して住むつもり。」「そうなの。でも、無理はしないでね。あなたには帰る家があるんだから。」「…うん。今より少し離れた場所に部屋を借りてとりあえず暮らしてみる。ありがとう。」


「詳しくはまた明日ね。」そう言って私は電話を切った。


「キッちゃん、今よりだいぶ狭いお家になるかもしれないけれど、我慢してくれる?」「キャウン!!」「ごめんね。でも、これからは2人で沢山笑って過ごそうね!!」


数日後。

引っ越しの準備をしている時、女の警官が訪れた。


「旦那様から事情聴取を取りました。」「あの人は何て…?」「今は反省しているみたいですが、全てはかおりの為を思っての行動だったと何度も繰り返しています。」「そうですか…。 」「それからもう1つ…」


「全ては俺なりの愛情表現だと思っていた。」


という、狂った言葉だけだった。

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