第57話 戻りたくない現実
「戻りました!」「キッドちゃん、おりこうさんでしたよ!」「ありがとうございます。わぁ!キッちゃん可愛くなったねぇ~!!」
うーん!!やっぱりうちの子は世界一可愛い!!
…って、どこの飼い主さんも思うのかな?(笑)
とにかく、綺麗になったし男前になって大満足!!
「ありがとうございました。」
私はそう言い、キッドを抱き抱え車へと乗せた。
「キッちゃん、このまま海に行ってみようかっ!!」
40分程走らせた距離にある海。
何事も経験。キッドには沢山のものを見せてあげたい。
さざ波の音。久しぶりに来た。
海へ来ると、日頃のあたしの悩み事なんてちっぽけに思えてしまう。
私は履いていた靴を脱ぎ捨て、足をパシャパシャとさせてはしゃいだ。キッドは初めての海が怖かったのか、ピョンピョンと跳び跳ねながら押し寄せる海と格闘。
「キッちゃん(笑)何してるの!?(笑)」「グウゥゥ…」「威嚇しても海には勝てないよ(笑)」
こうして、楽しかった時間も終わり。
あたし達は家に帰り、あたしは自分の足とキッドの足を綺麗に洗った。
「キッちゃん、もうすぐ8ヶ月のお祝いだね!!」
早いなぁ。この家に来て3ヶ月が経つのかぁ…。
まだまだ赤ちゃんのキッド。ちゃんと守ってあげなくちゃ!!
…なんだか、年下の彼氏が出来たみたい(笑)
その夜。
出張から早くも帰って来てしまったゆうたさんは、とても機嫌が悪かった。
そして、またあの「お仕置き」が始まった。
「何で風呂沸かしてねぇんだよっ!!」「だって、今日帰るとか言って無かったからっ…!」「だったら毎日俺が帰る時間帯風呂沸かしとけよ!!」「明日からそうしますっ、ごめんなさいっ。」「毎日毎日ごめんなさいばかり言いやがって…聞き飽きたんだよっ!!」
ゆうたさんは私のの首元を掴み、何度も頬を叩く。
痛くて怖くて身体が震え上がるが、ここで抵抗をしてしまうと更にヒートアップしてしまい、キッドに火種が飛びかねない。
…我慢するしかない。
「ギャンギャン!!ギャンギャン!」「キッちゃん!大丈夫だからね。」「ビールも冷えてねぇし、俺の飯は!?あ!?何処なんだよっ!」「い、今からすぐ作ります!」「俺はなぁ…今すぐ食いてーんだよっ!!」
ガツンッ…!!
お盆で思い切り頭を叩かれた私は、鈍い音と共に床に倒れた。
「やべっ…!!」ゆうたさんがさすがにマズイと思ったのかあたしを抱き抱え、慌てて流れ落ちる血をタオルで押さえてくる。
その時だった。
「ピンポーン…」
インターホンが鳴った。「声を出すなよ。黙って待ってろ。」そう言い残し、ゆうたさんは私を寝かせ、玄関に行く。
混濁していた中で、チラリとだけ見えた警察官の影。
「◯◯警察署の者ですが、近隣から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえると通報が入りまして…」
意識が朦朧とする中、ここで「助けて」と声を張り上げたかった。でも、また倍になって殴られるのが怖くて声がすくんでしまう。たった3文字の言葉すら恐怖で出てこない。
「あははっ!気のせいですよ(笑)僕の家じゃないです。」「ご結婚されてますか?奥様はどちらに?」「今、お風呂に入ってるので。隣の家とかじゃないですか?実は僕も聞いた事ありますし。」
「御協力ありがとうございました。」
そう言い、警察官は帰って行ってしまった。
身体が言うことを聞いてくれない。起き上がれない。すると、ゆうたさんがまた部屋に走って来た。
「おい!かおり、起きろ!!」「ん…」「警察が来たんだよ、今。お前が騒ぎすぎるんだよっ!!」「そんな…」「今夜はもう寝る。早く起きて布団敷けよ!!」「わ、分かりました。」
どうしてそんなあたしは言うことを聞いてしまうだろう!?
ゆうたさんの何処が好きなのだろう!?
どうして逃げないのだろう…?
どうして、こんな事されてまで一緒にいるのだろう?
「キッちゃん、今日は長くケージに入れちゃってごめんね。」「クゥーン…クゥーン。」「心配してくれてるの?もう大丈夫だよ。気分転換に、夜のお散歩付き合ってくれる?」
キッドにリードを付けたあたしは夜のお散歩へと出た。
空には綺麗な三日月。星も綺麗に見えていて涙が勝手に流れてくる。
そして、キッドを連れたあたしは近くの公園にあるブランコに座った。
ふとキッドをみると、不思議そうに首を少しだけ傾げながら見つめている。
ごめんね、キッド。
あんな場面、見せたくて迎え入れた訳じゃない。
助けて貰いたくて家族にしたんじゃない。
それなのに、嫌な所ばかりを毎日毎日…。
「うっ…うぅっ…!」
今だけ。キッドと2人きりの今だけ。
思い切り泣かせて欲しい。キッドごめんね。明日からはまた笑顔に戻るから。本当にごめんね。
「キッド、おいで。」テクテクと私のの元へ歩き、目の前にちょこんと立ったキッドを抱き上げ、あたしは顔を擦り寄せる。
「キッちゃん、あたしが悪いんだよね?だからゆうたさんは怒るんだよね?」
「あたしが我慢して、ちゃんと言われた通りにさえやれば、ゆうたさんは優しいんだよね?」
泣きながら問い掛ける私の濡れた頬を、キッドはペロペロと舐めてくれる。
「キッちゃんがいるから頑張れるよ。ありがとうね、キッちゃん。」
涼しい夏の終わりの夜。
私は涙を流しながらスゥスゥ眠るキッドの顔を何度も拭きながら眠りについた。
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