第51話 君の為に出来る事。してもらえる事。

「かおりさん、睡眠だけは取ってね。」「はい。またキッドを連れてあそびに来ます。」


車に乗り、また暫しの別れの時。

ミルキーちゃんが家の中でサヨナラの遠吠えをしてくれている。

僕も返してあげたいが、そこまでの体力がもうない。


「それじゃぁ、また。」「えぇ、キッドちゃん!頑張ってね!」


この懐かしい景色にサヨナラを告げ、僕とかおりさんは我が家へと戻った。


「キッちゃん、お外の空気吸いに行こうか。」

4時のお散歩デートの代わりに、4時のお外デート。

何も見えないですが、少しだけ肌寒い気温とこてつがあちらこちらに残しているふざけたお手紙が風に乗って僕のもとへ届いてきます。


「キッちゃんに、あと何をしてあげれるかな…?」

かおりさんが僕を抱っこしながら問い掛けて来る。


大丈夫ですよ。かおりさん。もう充分楽しいし幸せです。

僕の為にそんなに悩まないで下さい。

僕はかおりさんといられたら、それだけでしあわせなんです。


そう考えていると、身体中が突然硬直し、勝手に震え出した。

僕の意識は徐々に遠退いて行く…。


「キッちゃん!?痙攣だ。」


かおりさんは僕をすぐさま家の中へと戻し…そこからは記憶がない。目を覚ました時は、病院で点滴をされていた。


「キッドちゃん、目を覚ましましたね。」「良かった…」「今夜は様子を見て下さい。痙攣が続くようであれば、また明日も来て下さい。」「分かりました。」


グッタリしている僕を優しく抱き抱え、かおりさんはケージバッグに僕を入れ帰宅。

この日の夜ご飯はどうしても食欲が無く、一口も食べる事が出来なかった。

そして、夜にまた痙攣。

かおりさんは僕に痙攣止めの座薬を入れる。

座薬が切れると痙攣が僕を襲う。


その度に僕は意識を失い、口から泡をはく。

完全介護の生活。


痙攣は夜中だろうが朝方だろうが、容赦なく僕に迫ってくる。

かおりさんは1時間おきにアラームを予約し、僕の様子を伺ってくれる。


かおりさんも僕も、穏やかに眠る事が出来ない。

…僕の身体が悲鳴をあげ始めていた。


「キッちゃん、大丈夫?」

ごめんなさい、かおりさん。

全然寝れてないですよね。僕の痙攣が日に日に増えていくせいで、何も出来ないですよね。


僕は、とうとう寝てるばかりの生活になってしまいました。

かおりさんの声はうっすらと聞こえます。臭覚も、麻痺さえ起こらなければなんとか機能があります。


その他は、まるで電池の切れたオモチャの様で…。

自分からかおりさんのもとへ歩いて行きたいのに。

また走ってオモチャで遊びたいのに。

ケーキを沢山食べたいのに。

4時のお散歩デートを楽しくかおりさんと歩きたいのに。


それがもう全て出来ません…。


それでも生きたいと思うに気持ちは変わらない。

かおりさんの為に。

1日でも長く、一秒でも長く。


神様、お願いします。

かおりさんの笑顔をまた戻して下さい。

僕を一瞬だけでいいから元気にさせて下さい。


これが、僕の最後のお願いです。


僕の身体はほぼ脳炎に侵されてしまっていた。

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