第37話 片手スマホ自転車の怖さ。

「キャンキャン!」「今日は元気だね!!久々に昔の公園に行こうか!?」「キャンキャン!!」


薬が効いてるのか、ここ数日体調がいい。痙攣も起きない。

とても気分がいいです!!


「車に乗るよー!」


ケージバッグに入れられ、僕は懐かしい公園に向かう。

もう、窓から見えるぼんやりとした景色で分かる。

もう少し、もう少しで到着する!!


僕の胸は久しぶりに弾んでいた。


「着いたよ!」かおりさんに抱き抱えられ、僕は公園のブランコに座った。クンクン…、懐かしい匂い。

またこうしてここに来れるとは、つい先日までの僕にはとても想像が出来なかった。


素直に、ただただ嬉しい…。


「かおりさんっ!!」「ミルキーちゃんのお母さんっ!」

ん?ミルキーちゃん!?

僕はかおりさんの膝の上で辺りをキョロキョロ。でも、何処を探してもミルキーちゃんの姿は見当たらない。


「あれ?ミルキーちゃんは!?」「それが…あの旅行から帰って来てすぐに事故に遭って…」「事故にっ!?」「普通に散歩をしていたの。そうしたら…」


スマホを見ながら自転車を漕いでいた学生に、ミルキーちゃんは思い切りぶつかったらしい。

急いで病院に連れて行ったが「脊髄損傷」と診断され、歩く事も、1人で立つことすらも出来なくなってしまったという。


人間の不注意で起こってしまった事故…。

突然の出来事に、ミルキーちゃんのご主人様は泣き崩れながらかおりさんに話してくれた。


「そんなっ…!!」「ミルキーがキッドちゃんの気配に気付いてソワソワしてるの。会ってくれないかしら?」「勿論です!キッド、行こう!!」


ミルキーちゃんに何が起こったのか…、かおりさん達の早口では理解が出来なかった。でも、どんなに風の空気をクンクンしてみても、ミルキーちゃんのお手紙が鼻に入って来ない。


僕は違和感だらけのまま、ミルキーちゃんのお家へとお邪魔した。


「ミルキー、キッドちゃんが会いに来てくれたわよ。」「…ミルキーちゃん、なんて事…」


衝撃を受けた。

あんなに元気で綺麗でフサフサで…笑顔が素敵だったミルキーちゃんがベッドの上で立とうとしても立てず、お尻にはオムツを履いていた。


「キッドさん…」「ミルキーちゃんっ!!」「会いたかった…」ミルキーちゃんが、ガクンと崩れ落ちる。

「大丈夫っ!?」「身体が…言うことを聞いてくれないんです。」「そんなっ…!!あんなに元気だったじゃないか!沢山吠えてくれたじゃないかっ!!」「私だってなりたくてこんな身体になったんじゃありませんっ!!」


ミルキーちゃんの目から沢山の涙が溢れる。

あまりにも無惨な姿に、興奮してしまった僕は、徐々に落ち着きを取り戻し…ミルキーちゃんに問い掛けた。


「痛くない?」「感覚がないんです。」「僕と同じですね。」「キッドさんも?」「うん、僕は最近痙攣もするようになって来ちゃったんだ。」


痛み分けなんて気休めかもしれない。

それでも、僕は今まで沢山勇気や元気をくれたミルキーちゃんに少しでも恩返しがしたかった。


「キッドさん、少し太りました?(笑)」「え?あ、分かりますか!?」「なんだかコロコロしてますっ(笑)」「酷いですねぇ!元々はスマートなんですからねっ!」「うふふふっ」


ミルキーちゃんが笑ってくれた。

でも、心の痛みは僕とミルキーちゃんとでは全然違う。僕は勝手に病に支配された。誰に何をされる訳でもなく、身体の中で「脳炎」という病が進行してしまった。

でも、「人間が大好き」なミルキーちゃんは、その人間が運転する自転車によってこうなってしまった。

きっと、心の中で人間に対する不信感、恐怖心…、そして2度と歩く事の出来ない悔しさが葛藤しているに違いない。


「ミルキーちゃん、いつもみたいに僕の鼻をクンクンして下さい!」「え?う、うん。」「グシュンッ!!」「きゃぁ!!ちょっと!!キッドさんっ!?」「あははっ!」「あははじゃないです!汚いですよ!」「…怒られました。ごめんなさい。」「あ、いえ、本気で怒った訳ではなくて…」「プスゥ~?」「げ、下品過ぎます!!」


こんなやり取りでいい。

一時でも、「心の傷」を忘れてくれたら…それでいいんです。


「ミルキー、楽しそうだわ…」「少しそっとしておいてあげましょう。」


僕達は、他愛もない話で笑いこけ、そしてミルキーちゃんは少しずつ元気を取り戻した。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る