第36話 少しずつ少しずつ…。

「キッちゃん、4時のお散歩行く!?」「キャン!」

あれから数週間。

僕の右足は完全に力が入らなくなってしまった。

使えるのは3本の手足だけ。

散歩もかおりさんが抱っこしてくれ、おしっことうんち、それと軽くお友達の手紙を読む程度でおしまい。


ツルツルの床では滑って転んでしまう。

歩き方も更にぎこちなくなってしまい、病院の先生からは「1番強い薬です。」と言われ、それを朝ごはんと夜ご飯の後に飲んでいる。


そして、少し困った事がある。


「右側の口、痙攣してるね…」


ピクピクと右半身が痙攣する時があり、その時は目も勝手に右へと動いてしまう。左に戻しても、すぐに右へと目が移動してしまう。

これが僕にはとてもつらくて、車酔いに近い感覚を引き起こしていた。


「キッド…、大丈夫?」

かおりさんが心配している。手をペロペロして「大丈夫だよ」と伝えてあげたい。それが嘘だったとしても、「平気だよ」と教えてあげたい。


でも、痙攣が起きてる今はとても出来る状態じゃない。

ごめんなさい、かおりさん。弱気になっちゃ駄目なのに。チャコにもあんなに言われたのに。


僕も怖いんだ…

これからどんな僕になっていのか、明日が来るのが怖い。


「痙攣止めの座薬、入れるね…」


「痙攣の発作が1分以上続いたら使ってください。」


病院の先生がそう言っていたお尻に入れるお薬。

本当は大の苦手ですが、これを入れるとピクピクしてるのが止まる。楽になれる。

少し眠気が来てしまうけれど、かおりさんも痙攣が止まるとホッとした表情を見せてくれる。


「キッちゃん、ちょっとだけ我慢してね。」「キャイン…」「これでもう少しすれば良くなるからね。」


せめて、かおりさんの前でだけは元気な姿でいたい。

尻尾を振っていたい。

それなのに、ゆっくりゆっくり…「病」は僕を襲ってくる。

逃げても逃げても追いかけては闘いを挑んでくる。

もう、闘いたくないのに…、ほっといて欲しいのに。


「…あ、治まって来たかな?」「クゥン…」「眠いでしょ?少し休みな。」


かおりさんのお膝の上で、身体をゆっくり撫でられながら僕は眠りにつく。

ポタポタと背中に落ちて来るのがかおりさんの涙とも分かっていた。

こんな僕を見て苦しいのだろう。もしかしたら、もう嫌気がさしてるかな?

「こんな犬、飼うんじゃなかった」って後悔してるかな?

ごめんね、かおりさん。

泣かせてごめんね。でも、出来るだけ頑張るよ。まだまだ吠えれるし、何とか歩く事も出来る。ご飯だって、ボロボロ溢しちゃうけれど1人でなんとか食べれる。おしっこもうんちも…


「ごめんね、キッド…」


深い深い眠りに入り込む寸前に聞こえたかおりさんの泣き声に、僕の目からも涙が溢れた。


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