第9話 DV旦那のオンとオフ。それにハマってしまうママしゃん。

「何で風呂沸かしてねぇんだよっ!!」「だって、今日帰るとか言って無かったからっ…!」「だったら毎日俺が帰る時間帯風呂沸かしとけよ!!」「明日からそうしますっ、ごめんなさいっ。」「毎日毎日ごめんなさいばかり言いやがって…聞き飽きたんだよっ!!」


男はママしゃんの首元を掴み、何度も頬を叩く。


「ギャンギャン!!ギャンギャン!」

辞めろ!!ママしゃんは何も悪くない。お前が勝手に帰って来たんじゃないか!!

これ以上ママしゃんを叩くなっ!!


僕がいくら吠えても男は止めない。

「ビールも冷えてねぇし、俺の飯は!?あ!?何処なんだよっ!」「い、今からすぐ作ります!」「俺はなぁ…今すぐ食いてーんだよっ!!」


ガツンッ…!!


鈍い音と共に、ママしゃんは床に倒れた。


「やべっ…!!」男はママしゃんを抱き抱え、慌てて赤く流れ落ちるものをタオルで押さえている。


その時だった。


「ピンポーン…」


お家のベルが鳴った。男はママしゃんを寝かせ、玄関に行く。

チラリとだけ見える男の人の影。

クンクンと僕は男の人の匂いを嗅ぐ。

でも、僕にはこんな事しか出来ない。


僕はケージから声を聞く事しか出来ない…。


「◯◯警察署の者ですが、近隣から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえると通報が入りまして…」


ママしゃん!起きて!誰か来たよ!助けてって言うんだ!!


「あははっ!気のせいですよ(笑)僕の家じゃないです。」「ご結婚されてますか?奥様はどちらに?」「今、お風呂に入ってるので。隣の家とかじゃないですか?実は僕も聞いた事ありますし。」


「御協力ありがとうございました。」


そう言い、その人は帰って行った。

ママしゃんはまだ起きてくれない。すると、あいつがまた部屋に走って来た。


「おい!かおり、起きろ!!」「ん…」「警察が来たんだよ、今。お前が騒ぎすぎるんだよっ!!」「そんな…」「今夜はもう寝る。早く起きて布団敷けよ!!」「わ、分かりました。」


どうしてそんな男の言うことを聞くの!?

そんな奴の何処が好きなの!?

どうして逃げないの!?


どうして、こんな事されてまで一緒にいるの!?


僕は犬だから分からない。

悔しい。大好きなママしゃんを守ってあげれない。

こんな男より、僕の方がずっとずっとママしゃんを笑わせてあげれる。

僕の方がもっともっとお手伝いしてあげる。

僕が人間だったらきっと。


きっと、幸せにしてあげられるのに…。


「キッちゃん、今日は長くケージに入れちゃってごめんね。」「クゥーン…クゥーン。」「心配してくれてるの?もう大丈夫だよ。気分転換に、夜のお散歩付き合ってくれる?」


僕はリードを付けられ、ママしゃんと夜のお散歩デートへと出た。

お空には、おいしそうな真ん丸のお菓子みたいなものがあって。

その周りには、僕がお菓子を散らかした時の様に、沢山の粒がキラキラと光っている。


近くの公園にあるブランコに座ったママしゃん。

僕は、そんなママしゃんを首を少しだけ傾げながら見つめる。

すると…


「うっ…うぅっ…!」ママしゃんが突然唸り声を出し始めた。

どうしたの?お腹いたいの?それとも、さっきぶつけた頭が痛いの?ねぇ、ママしゃん。どうしたの…!?


「キッド、おいで。」僕は暗い中、テクテクとママしゃんの元へ歩き、目の前にちょこんと立った。すると、ママしゃんは僕を抱き上げ、顔を擦り寄せて来た。


ママしゃん、泣いてるの…?


「キッちゃん、あたしが悪いんだよね?だからゆうたさんは怒るんだよね?」


違うよ、ママしゃん!ママしゃんは何も悪くなんてないんだよっ!!


「あたしが我慢して、ちゃんと言われた通りにさえやれば、ゆうたさんは優しいんだよね?」


泣きながら問い掛けるママしゃんの濡れた頬を、僕はペロペロと舐めてあげる事しか出来ない。


「キッちゃんがいるから頑張れるよ。ありがとうね、キッちゃん。」


涼しい夏の終わりの夜。

僕はその日の夜、ママしゃんの寝顔を見つめながら、ママしゃんを守れない事の悔しさを思い出し、1人で泣いた。




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