一緒になりたかった
* * *
家に着いたときには、どっぷりと日が暮れていた。
危ないから、と狩人が家まで送ってくれた。
家に入り、静かに茜の部屋へと向かう。
途中で、マスターキーを壁から取りながら。
本当なら、吸血鬼の力が弱まる朝やお昼がいいだろう。
だけど、もしも力加減を間違えてしまったら。
回復力も下がってしまっているそんな時間にそんなことをしてしまったら、茜が死んでしまうかもしれない。
そう考えれば、やっぱり今の時間が一番いい。
それに昔から、善は急げっていうし、なによりも、茜の体がいつまでもつのか、わからない。
コンコン、とドアを叩けば、くぐもった声が私の名前を呼んだ。
「ごめん、今精一杯抑えてるから……今日も、ドア越しでごめんね」
ごめん。
そう、何度も謝ってくる声は、先週からは考えられないくらいに弱々しい。
わたしは荷物を置いて、カバンからナイフを取り出す。
そして一つ息を吐くと、部屋のドアの鍵を開けた。
「舞白……?」
逃げられないように、わたしはすぐにドアを開いた。
真っ暗な部屋の中、壁をなぞり、電気をつける。
ベッドの上。
横たわったままの茜は、ほっそりとしていた。
血の気をまったく感じられない肌の上に、ぽっかりと浮かんだ黒い瞳は、信じられないと言わんばかりに見開かれている。
「どうして……」
きっと元気だったころなら、そんな言葉を吐く前にずかずかと近寄ってきて、部屋から追い出されていただろう。
もう、そんなに体力が残っていないのか、なんとか上半身を起き上がらせることはできたようだけど、そのまま壁にもたれてしまった。
夜色の髪は、すっかり絡まってしまっていて、艶が失われている。
そっとそっと、近づいて、わたしは手に持ったナイフをそっと入れ物から抜いた。
ギラリと、照明に反射したそれは、まるで吸血鬼の牙のよう。
「俺を、殺すの……?」
じっと、茜の静かな瞳が、わたしを見上げる。
今までずっとわたしが見上げる側だったのに。
ベッドの横まで来て、わたしはそっと首を横に振る。
「一緒に生きるの」
「生きる?」
いぶかし気に眉を寄せる茜を安心させようと、わたしは微笑む。
「今日ね、この間会ったコウモリの狩人に会ったの。それで、教えてもらったんだ、茜を助ける方法。わたしが、茜と一緒になればいいって」
茜の表情が、強張る。
どうしてそんな表情をするのかわからない。
「吸血鬼になれば、わたしはもう人間じゃない。わたしの血を茜に与えても、茜は化物にはならない」
「舞白、聴いて。人間は、吸血鬼にはなれない」
「それがね、なれるんだって。吸血鬼の血を、人間が飲めば」
膝を、ベッドの上に乗せる。
ぎしっと、軋む音が鼓膜を揺らす。
「舞白、待って」
「待たない。だって、もう時間がないんだもん」
どこが一番痛くないんだろう。
できれば飲みやすい位置がいい。
そっと這いよって、わたしは茜の手の上に自分の左手を乗せる。
茜の喉仏が、上下に動いた。
「もしもそれで本当に人間が吸血鬼になれるんだとしても、俺は君には人間でいてほしい」
「わたしはっ!」
我慢を、させている。
それが、すごく嫌だった。
わたしは餌で、彼は捕食者。
一生を一緒に過ごすことが難しい関係。
それも、すごく嫌だった。
なによりも、
だから。
「わたしは、ずっと茜と一緒になりたかった……っ!」
左手に全体重を乗せる。
茜の顔が歪む。
「舞白っ!」
わたしは茜の右手目がけて、ナイフを振り上げた。
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