背中を、押されたんだ
+ + +
夜空に浮かんだ月は、まん丸で。
普段より輝いているそれは、まるでぽっかりとあいた穴のようだ。
ジジジッと音を立てる街灯に照らされた、アスファルト。
静かな空間に、足音を置くように立てて歩く。
知らないのに、知っているような、不思議な道だった。
ほどなくして、その理由が判明した。
「ここ……」
見覚えのある、こじんまりとした公園の前を通ったのだ。
止まりかけた足を、意識して前に動かす。
そうしないと、懐かしさでその場に居座ってしまいそうだったから。
ベンチに、滑り台に、ブランコ。
学校帰りに何度も来た、公園。
何時間も話しつづけて、遊具で遊んだ場所。
ああ、滑り台に茜が、ブランコに舞白が見える。
いつだって、立ち止まってしまえば、舞白が笑顔で寄ってきてくれた。
なにがあっても、茜が隣にいてくれた。
どうして、今二人は傍にいないんだろう。
急に、一人ぼっちになってしまったような、そんな心細さが芽生える。
舞白が、茜をとったから。
でも、本当に?
本当に、それだけ?
すべての始まりはなんだった。
舞白を茜が美味しそうだと言ったこと?
舞白から吸血鬼に噛まれた人間特有の甘い香りがしたこと?
それでも、私たちは仲良く三人でいたじゃないか。
じゃあ、茜が舞白への想いを自覚したこと?
でも、一緒に花火に行ったじゃないか。
あのときはまだ、舞白を守ろうと思っていたし、茜は隣にいてくれた。
舞白への茜の想いがだんだん強くなっていったこと?
茜が私を見ている時間よりも舞白を見つめている時間のほうが多くなっていったこと?
きっと、それもある。
舞白が怪我をして、茜が吸血鬼になってしまったこと?
そうだ、だけど、そのときだってまだ茜は隣にいた。
なにより、一緒に舞白から離れることを選んだのだ。
舞白を失ったのは、間違いなく、茜が吸血鬼になったからだ。
だけど、それだけじゃない。
ああ、そうか。
舞白が、私のことをいらないと言ったからだ。
ふ、とそこまで思い出して、あれ、と心の中で首を傾げた。
それは、舞白から直接きいたんだっけ。
いや、違う、私は、狗狼さんからきいたんだ。
歩幅がだんだん狭くなっていくのを感じる。
私は、なにかを掴みかけている。
心臓が、はやくそれに気付け、と囁くように、喚くように、ドッドッドッと強く鳴る。
そうだ、それをきいて、私は。
ずっと守ってきた存在に、いらないと言われて、頭に血が上っていた。
狗狼さんから話を聞く前に会った舞白の様子がおかしかったのに、それについてちゃんと考えることもなく。
私は、三年間ずっと一緒にいた友人より、たまに会うことがあった、あまり仲の良くない知人の言葉を、信じたんだ。
その変化に、生まれてからずっと隣にいた茜が、気づかないはずがない。
離れてしまったのは、当然だったんだ。
初めてできた友人を、勝手に裏切り者扱いして。
そして、吸血鬼への生贄状態になっている友人を、見捨てようとしたのだから。
怒って、当然なのだ。
しかもそれが、彼にとっての大切な人なら、なおさら。
舞白が、奪ったわけじゃない。
確かに茜の心を奪ったけれど、でも、舞白が意図して奪っていったわけじゃない。
今だって、二人が隣にいないのは、私が二人から離れたからだ。
そして、そのきっかけを作ったのは。
私が舞白を憎み、恨み、そして茜から離れる決意をするための背中を押したのは。
「どうした、足が止まっているぞ」
今、私の顔を覗きこんできた、この男だ。
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