夜明けに、黒い点

 * * *



 小鳥のさえずりが聞こえて、目を覚ます。

 うずくまったままの姿勢からゆっくりと顔を上げれば、遮光カーテンの隙間から幾筋もの光が漏れて入ってきていた。


 どうやら昨日、そのまま眠ってしまったようだ。

 わたしは小さく伸びをしてから、のろのろと立ち上がる。

 ポケットからスマホを取り出して、クロくんへ定時連絡。

 それを終えれば、わたしは窓に近づいて、カーテと窓を開いた。


 身が引き締まるような、刺すような澄んだ冷たい風が、頬を撫でていく。

 どこか出会ったばかりの頃の薫のような風に、胸がギュッと締め付けられる。


 あのとき、わたしは吸血鬼に襲われた。

 だけどわたしは、あれが吸血鬼であることを知らなかった。


 不審者に襲われたのだと思っていたわたしは、薫の身を案じた。

 純粋に、心配したのだ。


 今とは、まったく違う。


 高校二年生の夏、三人で公園で手持ち花火を楽しんだ。

 夜中に人混みに行くことに、二人が反対をしたからだ。


 高校一年生のあの花火大会の日、きっとわたしは吸血鬼に襲われて、クロくんに助けられた。

 だから記憶がないし、一年生のときは賛成してくれたのに二年生のときには反対をしたんだと思う。


 わたしはきっと、いくつもの記憶を失っているのだろう。

 そしてその記憶は、二度とわたしの元へ返ってくることはない。

 どれだけ怖い記憶でも……大切だったかもしれない、家族の記憶でも。


 色鮮やかに火を放つ花火は、綺麗で儚くて。

 三人できゃいきゃい言いながら、はしゃいだあの夜は、消えていない。

 わたしの頭の中で、今でも鮮明に思い出せる。


 だけど、あの夜はもう帰ってこない。

 わたしたちは、離れるのだ。

 どういう結果になっても、それだけは変わらない。


 ふと、明け始めた淡い色合いの空に、似合わない黒い影を見かけた。

 あれは、コウモリだ。


  いつでも、あの広場の近くでお待ちしておりますから。


 そう言った、あの狩人が脳裏を駆け抜けていく。


 あの人から血をもらうことは、したくない。

 だって、あの人の血を飲んだ吸血鬼は、灰になってしまったから。

 でも、あの人に狩人を紹介してもらえば、もしかすると、茜は助かるかもしれない。

「よし」

 紹介してもらえるとは限らない。

 仮に紹介してもらっても、もしかしたらその人の血も、吸血鬼にとっての毒かもしれない。

 それでも、なにもしないよりはマシだから。


 わたしは窓を閉めて、机の上に置いてあったメモ用紙を手に取った。

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