彼らを化物にするのは人間で
* * *
決意をしてから数日が経った。
普段なら一度は姿を見せてくれる夕方になっても、茜は部屋から出てこなかった。
心配になって、夜寝る前に声をかけることにした。
コンコン、と茜の部屋のドアをノックする。
くぐもった声が、ドア越しに返ってきた。
「茜、大丈夫?」
「うん、大丈夫……悪いけど、ちょっと、もう、この部屋には近づかないで……」
苦しげな声。
茜に明確に拒絶されたことが初めてで、一瞬固まってしまう。
「……うん、わかった。茜」
「なに……?」
「薫が戻ってくるまで、頑張ろうね」
なんて、他人事染みた言葉だろう。
言っていて、悔しくなった。
狩人には全然会えない。
すれ違うどころか、気配さえしない。
「ありがとう」
かすれた声に、少しの笑みが混ざったのを感じた。
「わたし、もう寝るね。おやすみ」
「おやすみ、鍵をかけるのを、忘れないでね」
祈るようなそれに、胸がきしむ。
返事をしてから、わたしは部屋に戻り、言われたとおりに鍵を閉める。
そのままドア伝いに座り込んでしまった。
「薫……」
無事でいてほしい。
その思いは、純粋に薫の身を案じるものかというと、そうではない。
薫が無事でいてほしい理由なんて、決まっている。
無事でいないと、ちゃんと戻ってきてくれないと、茜が死んでしまうかもしれないからだ。
ギュッと自分を抱きしめる。
薫は、大事な友人だったはずなのに。
いつからわたしは、彼女を茜が生きるための道具のように見るようになったんだろう。
醜い。
他人を利用して生きていくことしかできない。
それが大切な人を守るためであっても。
わたしは、本当に、醜い。
そんな醜い人の血を飲んだ吸血鬼が、化物になってしまうのもしょうがないと思った。
静かに、目を閉じる。
今までわたしに襲い掛かってきた吸血鬼。
お仕事でわたしの血を与えた吸血鬼。
毒々しいほどにギラギラしている、真っ赤な瞳に、月の光を不気味に反射させる牙。
その末路はいつだって、キラキラと輝いて舞い降りて、床に触れることなく消えていく、真っ白な灰だ。
彼らを化物にするのも、退治のきっかけを与えてしまうのも、いつだって人間だ。
人間が、きっかけを与えてしまうのだ。
自分の腕を掴む手に、痛いほどの力を込める。
「薫、助けて……」
弱っていく茜。
姿を見せてくれなくなった茜。
何度も電話をかけてみたけれど、薫には結局つながらなかった。
クロくんは、電話はもちろん、メールにも返事をしてくれなくなった。
ゆるやかに、死へと道案内されている。
そんな予感に、ひんやりとしたものがお腹から這い上がってくる。
わたしが、わたしだけが、死ぬのならまだいい。
だけど、茜が死ぬのは。
血を断って餓死するのも、わたしや他の人間の血を吸って化物になって退治されてしまうのも。
どちらも、嫌だ。
「薫……!」
茜を助けられるのは。
吸血鬼と一緒に暮らせるのは。
狩人と吸血鬼だけなのだと言う事実が、途方もなく苦しかった。
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