おとうさん

 * * *



「舞白、狗狼君と知り合いだったのね」


 あの花火大会の夜。

 記憶のない夜。


 その翌朝に、お母さんにそう、声をかけられた。

 クロくんがどうしたんだろう、とそのときのわたしは首を傾げた。

「知ってるけど、どうして?」

「どうしてって……、ああ、うん、あんた昨日送り届けてもらって来たのよ」

 ちゃんとお礼を言っておくのよ、とお母さんはどこか落ち着きなく言って、背を向けてしまった。

 はーい、と返事をして、そのときはそのまま会話が終了した。


 再びその話題が出たのは、それから四年後の、二十歳の誕生日のときだった。


 外でいいもの食べようか。


 そう言われて連れられた場所は、個室のレストランだった。

 運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、いろんなことを話した。


「舞白に、話しておかないといけないことがあるの」

 それまでとは打って変わって、真面目な表情でお母さんが言った。

 心なしか、強張った表情をしていたのを、よく覚えている。

 そんな表情をされてしまえばわたしだって緊張してしまって。

 なに? と返した声は、きっととても硬かったと思う。

「お父さんが死んだの、実はあなたが中学一年生のときなの」

「え」

 頭を殴られたような、そんな衝撃だった。

 だって、わたしは。

「お父さんの記憶、ないよ……?」

 中学一年生のときなら、覚えているはずだ。

 お母さんが、こちらに手を伸ばしてきて、そっと私の手を包んでくれる。

 温かくて柔らかくて、優しい温もり。

 じっとまっすぐな視線が、わたしを見つめてくる。

「今からいう話は、あなたを責めたくて言う訳ではない。もしものとき、あなたが知っておいたほうがいいと思ったから、事実を伝えるだけよ。それだけは、ちゃんと覚えておいて」

 私は、舞白をちゃんと大切に思っているから。

 そうまっすぐに言ってくれた。うなずけば、柔らかく微笑んでくれる。

 でもその笑顔はすぐに消えた。

「単刀直入に言うけれど……お父さんは、吸血鬼から舞白を守って死んだの」

 思わず、え、と声が漏れた。

「お母さん、吸血鬼を、知ってたの?」

「お父さんが、よく襲われる人だったからね。あなたはお父さんに似ていたから、きっと襲われることもあるだろうと、覚悟をしていたし、実際にあなたは幼い頃に何度も襲われかけたわ」

 その度に守ってくれた人がいたのだと、お母さんは微笑んで言った。

「それって」

「あなたが幼い頃は、狗狼君のお母さんが、よく助けてくれたわ。そして中学一年生の、お父さんが死んでしまったときは、狗狼君があなたを助けてくれたの」

 なにかが、心の中でひっかかった。

 だけど、それは拾い上げる前に消えてしまう。

「私が駆けつけたときには、もうお父さんは死んでいて、狗狼君が吸血鬼を狩り終えていて、吸血鬼に噛まれたあなたの手当てをしてくれていた」

 ぎゅっとわたしの手を強く握る。

「狗狼君に、あなたからお父さんの記憶を消せるだけ消してもらうようにお願いしたの。……トラウマになってしまうのが、怖かったから」

 ごめんなさい。


 そう言って頭を下げたお母さんが、頭の中から離れない。

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