叫びを堪える

 * * *



 死に物狂いで夜の街を走る。

 綺麗に飾られた光が、線になってうしろへと消えていく。

 それがなくなれば、人通りも一気になくなる。

 路地裏を、一生懸命に頭の中で地図を広げながら駆ける。


 うしろから聞こえてくる足音は、一つ。

 もう、そんなに離れていない。

 やっぱり、家まで追いつかれずに走るのは、できないようだ。


 一か八か。

 誰もいないことを祈って角を曲がる。


 背後から、衝撃。

 同時に、地面に頭から叩きつけられる。

「うぐぅ……っ」

 突き飛ばされたのだと理解したときにはすでに、お腹の上に乗りあげられていた。

 苦しさに思わず押しのけようと手を伸ばすけれど、吸血鬼の体はびくともしない。

 あっと言う間に首元に顔をうずめられて、そして。

「っ!」

 皮膚に噛みつく音。

 傷口を抉るように舐めていく舌の感触。

 記憶にある限り、一度も体験したことのないような痛みと、寒気。

 叫ばなかったのは、下手をすれば、助けようとしてきてくれた人間を、巻き込んでしまうかもしれないから。

 家に吸血鬼を連れ込まないこと。

 なにがあっても叫ばないこと。

 そして、こと。

 繰り返し言われ続けた言葉たち。

 だからこそわたしは、下唇を噛んで、なんとか耐えていた。


 死ぬかもしれない。


 それは、とても怖い。

 でも、わたしは。


 わたしは、それを受け入れる義務が、あるから。

 

 痛みをこらえて、わたしはそっと目を閉じた。

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